※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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【挿絵表示】

間柴ゆき


210話 二人目の新入部員

間柴ゆき視点

 

 

 

 近いから、で決めた。

 

 家から通いやすい。朝も無理がない。帰りも遅くならない。

 それだけで充分だと思ってた。

 

 入学して、最初に気づいたのは――音だった。

 声が多い。足音が多い。笑い声が多い。

 

 教室に入って、次に気づいたのは視線だった。

 

 俺の方に向く。

 悪意じゃない。驚きと好奇心が混ざった、ただの目。

 

 でも、数が多いと、それだけで落ち着かない。

 

 昼休み。

 

 席に座っていても、休んだ気がしなかった。

 誰かが話しかけてくるとか、騒がれるとか、そういう派手なことじゃない。

 

 ただ、空気がずっと動いている。

 

 息が、浅くなる。

 

 そんな時に、相川先生が声をかけてきた。

 

「間柴くん」

 

 担任の相川美紀先生。

 おっとりした話し方で、表情も柔らかいのに、ちゃんと人を見ている。

 

「少しだけ、いい?」

「はい」

 

 俺は立ち上がって、相川先生の横に立った。

 

 廊下に出ると、教室の音が薄まった。

 それだけで、肩の力が少し抜ける。

 

 相川先生は歩く速度を合わせてくれる。

 急かさない。置いていかない。

 

「学校、慣れそう?」

 

 その聞き方が、優しくて助かった。

 大丈夫?って決めつけられる感じじゃなくて、答えやすい。

 

「……まだ、ですね」

 

 相川先生は頷いた。

 

「そうだよね。新しい環境だもんね」

 

 言い方が柔らかい。

 でも、そこで終わらせない。

 

「間柴くん。今、休めてる?」

 

 俺は一瞬迷った。

 

 休めてない。

 でも、それを言っていいのか分からない。

 

 相川先生は待った。

 急かさない。

 

 俺は息を吐いて、正直に言った。

 

「……あんまり。休み時間、落ち着ける場所がないです」

「うん」

 

 相川先生は、すぐに否定しなかった。

 

「どこにいても、目がある感じ?」

「……はい」

 

 相川先生は小さく頷いた。

 

「この学校、女子が多いからね。思ったより“密”になるんだと思う」

 

 淡々としているのに、こっちの気持ちを軽くしてくれる言い方だった。

 

「それでね」

 

 相川先生は歩きながら、ちらっと俺を見る。

 

「間柴くんが“唯一の男子”ってこともあって、周りも距離感がまだ分からないと思う」

 

 俺は苦笑いした。

 

「……分かられてない感じはします」

「うん。だからこそ、休める場所が必要だね」

 

 相川先生は、少しだけ方向を変えた。

 人が少ない方。旧校舎側。

 

 廊下の音が、さらに薄くなる。

 

「間柴くん」

 

 相川先生が言った。

 

「放課後だけじゃなくて、休み時間にも“息が抜ける場所”があると、学校はだいぶ楽になるよ」

「……そうですね」

 

 相川先生は、ふわっと笑う。

 

「ちょうど、あるよ」

「え」

「茶会部」

 

 初めて聞く名前だった。

 

 相川先生は、まるで当たり前みたいに続ける。

 

「放課後に集まって、お茶とお菓子で落ち着く部活。無理に喋らなくてもいい場所になると思う」

 

 相川先生は少しだけ言い方を柔らかくして、続けた。

 

「それに、休み時間も使っていいから、放課後だけじゃなくて、息を整えたい時にも行けるよ」

 

 俺はその言葉だけで、少しだけ興味が湧いた。

 

「……そういうの、あるんですね」

「うん。最近できたばかり」

 

 相川先生は前を向いたまま言う。

 

「しかもね。そこには、男子の先輩が2人いる」

「……男子が?」

 

 思わず反応が出た。

 

「うん。上級生の男子生徒が2人。落ち着いた子たちだよ」

 

 その情報が、俺の中で重く働いた。

 女子が多い場所で、男子が2人いる。

 

 “自分だけ”じゃない。

 それだけで、少し楽になりそうだった。

 

「体験入部、できますか」

 

 俺が言うと、相川先生はすぐに頷いた。

 

「もちろん。今日はちょうど活動してると思う。見学だけでもいいよ」

「……お願いします」

 

 相川先生は歩く速度をほんの少しだけ落とした。

 俺の呼吸が整う。

 

 旧校舎の廊下は静かだった。

 この静けさ自体が、もう救いだった。

 

 相川先生が扉の前で止まる。

 

「ここ」

 

 相川先生は、軽くノックしてから言った。

 

「失礼します。茶会部のみなさん、いますか?」

 

 扉が開く。

 

 中から、柔らかいお茶の香りが流れてきた。

 

 見えたのは、整った部屋。

 ソファーとテーブル。執務机。電気ケトル。

 

 それだけで、“休める”って分かった。

 

 相川先生が俺を振り返る。

 

「紹介するね。新入生の間柴ゆきくん。体験で来てもらったの」

 

 部屋の中の視線が、俺に向く。

 

 でも、さっきまでの教室の視線と違った。

 観察じゃない。受け止める方の目。

 

 俺は小さく頭を下げた。

 

「……1年の間柴ゆきです。よろしくお願いします」

 

 相川先生が、穏やかに言う。

 

「ここで少し休めるといいね」

「はい」

 

 返事をした瞬間、部屋の空気がさらに柔らかくなった気がした。

 

 最初に立ち上がったのは、男子の先輩だった。

 

 背が高い。動きが無駄に大きくない。

 目が合っただけで、変に緊張する。

 

「二年の天城ハヤト」

 

 簡潔な自己紹介。

 

「部長やってる。ルールは簡単。散らかさない。騒がない。片付ける。それだけ」

 

 言葉は短いのに、安心感がある。

 “ちゃんと守るべき線”がはっきりしている。

 

 近くで見ると、ハヤト先輩はイケメンだと思った。

 顔立ちが整ってるだけじゃない。立ち方と目線が落ち着いていて、余計に目を引く。

 

 でも、羨ましいとは思わなかった。

 むしろ、女子が多いこの学校なら、人気が凄そうで――大変そうだ、って先に思った。

 

 俺は、ああいう注目の浴び方をしたいわけじゃない。

 

 次に、もう1人の男子の先輩。

 

 静かで、でも存在感が薄いわけじゃない。

 視線が柔らかい。こっちを急かさない。

 

「佐久間レンです。よろしくね」

 

 それだけ言って、小さく頭を下げた。

 

 ……この人たちがいるなら、確かに“俺だけ”じゃない。

 それだけで息がしやすくなる。

 

 そして、女子の先輩たち。

 

 正直、最初に思ったのは――綺麗すぎる、だった。

 

 1人は、雰囲気が整っている。

 姿勢が真っすぐで、言葉も丁寧。近づきにくいタイプかと思ったのに、目はちゃんと柔らかい。

 

「恵ですわ。よろしくお願いします、間柴さん」

 

 声が落ち着いていて、品がある。

 呼び方も“さん”で統一している感じがした。

 

 もう1人は、明るい。空気を動かす人。

 ただ、うるさいんじゃなくて、場を軽くしてくれる。

 

「日和。よろしくね、間柴さん」

 

 言い方が自然で、距離がちょうどいい。

 笑い方も、押しつけじゃない。

 

 次に、もう1人。

 

 扉の近くに立っていた女子の先輩が、ゆっくり前に出た。

 

 綺麗、という言葉じゃ足りない。

 派手じゃないのに、目が勝手に向く。整っていて、静かで、空気まで変わる。

 

 この部屋にいる全員が美男美女だと思ったけど、その中でも一番だと思った。

 

「御堂命です。よろしくお願いいたします」

 

 声は丁寧で落ち着いている。

 近づきやすいわけじゃないのに、拒まれている感じもしない。

 

「……間柴ゆきです。よろしくお願いします」

 

 俺が頭を下げると、命先輩は小さく頷いた。

 

「間柴さん。体験でいらしたのですね。落ち着けると良いのですが」

 

 その言い方が優しくて、逆に緊張がほどけた。

 

 ……美男美女ばかり、ってこういうことか。

 見た目の話だけじゃない。空気が整ってる。

 

 相川先生が部屋を見回して、穏やかに言った。

 

「それと、同じ1年の子もいるよ。結陽さん」

「はいっす!」

 

 勢いよく立ち上がった子がいた。

 明るくて、反応が速い。動きが軽いのに、礼儀はちゃんとしている。

 

「1年の日向結陽っす。よろしくお願いしますっす」

 

 結陽はぺこっと頭を下げて、それから俺を見た。

 

「間柴さん、よろしくっす」

「……よろしく。間柴ゆきです」

 

 俺が返すと、結陽はにっと笑った。

 

「分かんないことあったら聞いていいっすよ。私、分かんないこと多いんで一緒に困れるっす」

 

 日和が小さく笑った。

 

「一緒に困るって新しいね」

 

 恵が穏やかに頷く。

 

「結陽さんは、切り替えが早い方です。助かる場面も多いと思いますわ」

 

 レン先輩が小さく会釈した。

 

「……よろしく」

 

 命先輩も静かに頷いた。

 

「よろしくお願いいたします」

 

 結陽はその場の空気を読んで、声の勢いだけ少し落とした。

 

「よろしくっす、命先輩」

 

 そして俺にもう一度、軽く頭を下げる。

 

「間柴さん、今日は体験っすよね。ゆっくりしていってくださいっす」

 

 俺はもう一度頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

 

 ハヤトが椅子を指で示した。

 

「座れ。今日は体験だ。無理なら無理でいい」

 

 その言い方が、ありがたかった。

 “入れ”じゃなくて、“選べる”にしてくれる。

 

 俺はソファーの端に腰を下ろした。

 

 沈む。

 落ちるんじゃなくて、受け止められる感じ。

 

 テーブルの上にはティーカップ。

 お菓子がいくつか、きれいに並んでいる。

 

「緊張してる?」

 

 日和が、少しだけ声を落として聞いた。

 

「……してます」

「分かる。ここ、最初は緊張するよね。でも慣れると、ただの居場所」

 

 その言葉で、肩が少しだけ下がった。

 

 恵が俺を見る。

 

「間柴さん。甘いものは大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

「よかったですわ。苦手なら別のものも用意できますので」

 

 配慮が自然だ。

 でも、過剰じゃない。

 

 レンが小さく言う。

 

「……紅茶、飲める?」

「飲めます」

 

 俺が答えると、レンは小さく頷いた。

 

「……じゃあ、淹れる」

 

 ハヤトがケトルを指差した。

 

「熱いから気をつけろ」

「うん」

 

 レンの返事も短い。

 

 この部屋は、言葉が少なくても成立している。

 それが、俺には合いそうだった。

 

 相川先生が、少しだけ距離を取って立っている。

 見守ってる、っていう立ち方。

 

 俺は息を吸って、吐いた。

 

 教室でできなかった呼吸が、ここではできる。

 

 ――体験入部。

 

 でも、多分。

 

 俺は、この場所が欲しかった。

 

 扉の方で、相川先生が小さく頷いて、部屋の様子をもう一度だけ確かめた。

 

「……いい雰囲気ですね」

「ありがとうございます」

 

 俺が頭を下げると、相川先生は柔らかく笑った。

 

「じゃあ、私は職員室に戻るね。何かあったら――」

「相川先生」

 

 ハヤト先輩が、短く呼び止めた。

 

 空気が変わる。

 言葉は少ないのに、“ちゃんとした話”だと分かる呼び方。

 

「どうしたの?」

 

 相川先生が振り返る。

 

 ハヤト先輩は部屋の中を一周見て、言った。

 

「部員、締め切りたいです」

 

 日和先輩が一瞬だけ目を丸くした。

 レン先輩は表情を変えないけど、視線がハヤト先輩に向いた。

 命先輩も静かに聞いている。

 

 結陽さんは「え」って小さく声を漏らして、すぐ口を閉じた。

 

 相川先生は驚いた顔はしなかった。

 ただ、ゆっくり頷く。

 

「理由、聞いてもいい?」

「これ以上増えると、部室に入りきれない」

 

 ハヤト先輩の言葉は、まっすぐだった。

 

 確かにこの部屋は落ち着く。

 でも、ロングソファーは2つ。シングルソファーが2つ、テーブルも2つ。

 人が増えたら“落ち着く”はすぐ崩れる。

 

 ハヤト先輩は続けた。

 

「居場所にしたい。ぎゅうぎゅうにしたくない」

 

 相川先生が目を細めた。

 

「うん。分かるよ」

 

 そこで終わらせないのが、先生だった。

 

「締め切るっていうのは、“断る”ってことにもなるけど、それは大丈夫?」

「大丈夫です」

 

 即答。

 

 冷たいんじゃない。

 線引きが、はっきりしてる。

 

 相川先生は一度、部屋の中を見回す。

 

「じゃあ、今この部屋で、無理なく座れるのは何人くらい?」

 

 日和先輩が指を折って数える。

 

「ロングソファーに3人ずつシングルに1人ずつの計7人」

 

 恵先輩が落ち着いて言った。

 

「詰めれば増えますが、それでは本末転倒ですわ。落ち着く場所ではなくなります」

 

 命先輩も頷く。

 

「……少人数の方が良いと思います」

 

 レン先輩は小さく言った。

 

「……静かなまま、がいい」

 

 ハヤト先輩は相川先生を見る。

 

「今の人数で限界に近いです。だから、新規は一旦ここまでにしたい」

 

 相川先生は少しだけ考えてから、頷いた。

 

「分かった。じゃあ、“募集は締め切り”にする。体験入部も、今日までで一区切り」

 

 先生の言い方は柔らかいのに、決定ははっきりしている。

 

 相川先生は俺の方を見た。

 

「間柴くん」

「はい」

「今日は体験だけど、どう? ここ、合いそう?」

 

 俺は少しだけ迷って、でも正直に言った。

 

「……合うと思います」

 

 言い終わった瞬間、ハヤト先輩の視線が俺に向いた。

 

「じゃあ」

 

 短い。

 

「入るか」

 

 俺は息を吸って、頷いた。

 

「……お願いします」

 

 相川先生が柔らかく笑う。

 

「うん。よろしくね」

 

 部屋の中の空気が、少しだけ温かくなる。

 

 日和先輩が笑った。

 

「これで、男女のバランスちょっと良くなるね」

 

 恵先輩が淡々と言う。

 

「バランスではありませんわ。落ち着く場所が増えただけです」

 

 レン先輩が小さく頷く。

 

「……うん」

 

 結陽さんが勢いよく手を上げた。

 

「間柴さん、よろしくっす!」

 

 俺は少しだけ笑って、頭を下げた。

 

「……結陽さん、よろしく」

 

 ハヤト先輩がノートを開く。

 

「じゃあ決まり。部員はここまで。続けるために、決めた」

 

 その言葉で、俺は確信した。

 

 この部は、ただの“集まり”じゃない。

 ちゃんと続くように作られている。

 

 だから俺は――ここを、欲しいと思ったんだ。

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