※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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211話 お茶の香り

 昼休み。

 

 俺は旧校舎の廊下を歩いて、鍵を取り出した。

 相川先生から許可はもらっている。昼休みも使っていい。

 

 鍵穴に差し込んで、回す。

 小さな音。扉が開く。

 

 教室のざわつきが、遠くなった。

 

「うわ、ほんとに開いたっす!」

 

 結陽が一番に入ってきた。

 声の勢いも、そのまま。

 

「やっと来れたっす!」

 

 次に入ってきたのは、ゆきだった。

 扉の中に一歩入った瞬間、肩が少し下がる。

 

「……お疲れ様です」

 

 小さく言って、ゆっくり息を吐いた。

 

 俺は扉を閉めて、鍵を確認した。

 昼休みは短い。出る時の確認を怠ると、放課後が崩れる。

 

 部屋は整っている。

 恵が用意したソファーとテーブルが左右にあって、執務机と執務椅子が奥にある。

 

 恵は今日も手ぶらじゃなかった。

 小さなクッションと、テーブルに置ける程度の小物。

 

「これも置くんだ」

 

 日和がクッションを受け取って笑う。

 

「使いやすいように置いておきますわ。座る場所が整っているだけで、落ち着きますもの」

 

 命はティーカップを丁寧に並べ始めた。

 

「命注いでくれるか?」

「わかりました」

 

 命は頷いて、ケトルの位置を確かめる。

 熱さを急がない手つきで、カップを順番に並べた。

 

 湯気が立って、紅茶の香りがふわっと広がる。

 それだけで、昼休みの空気が少しやわらぐ。

 

「はい」

 

 命が俺の前にカップを置く。

 

「ありがとう」

 

 俺が言うと、命は小さく頷いた。

 

 次に日和、レン、恵、結陽、ゆき。

 命の手が止まらず、全員の前に同じ温度が行き渡る。

 

 弁当の包みが開く音が重なる。

 

 教室で食べる昼飯より、落ち着く。

 理由は単純で、見られてないからだ。

 

 見られてないと、箸の動きが急がない。

 会話も、必要な分だけでいい。黙ってても変じゃない。

 

 ゆきがカップを両手で持って、一度だけ息を吐いた。

 

「……あったかい」

 

 その声が小さくて、でもちゃんと届いた。

 

 結陽がすぐに乗る。

 

「めっちゃあったかいっす! 昼にお茶って最高っすね!」

 

 日和が笑う。

 

「結陽、テンション上がりすぎ」

 

「上がるっす! だって、ここだと安心っす!」

 

 命はカップの向きを揃えながら、穏やかに言った。

 

「ゆっくりで大丈夫ですよ」

 

 その一言で、部屋がまた少し静かになる。

 

 弁当の包みが開く音が重なる。

 教室で食べる昼飯より、落ち着く。

 

「ここで食べると、うまいっすね!」

 

 結陽が弁当を広げて、満面の笑みを向けた。

 

「気のせい」

「気のせいでも最高っす!」

 

 日和が吹き出す。

 

「結陽、元気すぎ」

「元気だけが取り柄っす!」

 

 ゆきが、ほんの少しだけ笑った。

 その笑いが、無理してないやつだった。

 

 命が弁当の箸を揃えてから、俺を見る。

 

「ハヤトさん」

「何」

「ハヤトさんは、土日もバイトですか」

「そうだ」

 

 短く答える。

 

 日和が箸を止めた。

 

「今週も?」

「入ってる」

 

 レンが小さく言う。

 

「……忙しい」

「慣れてる」

 

 俺はそう返すしかない。

 

 恵が静かに頷いた。

 

「無理を積み上げないでくださいね、ハヤトさん」

「無理はしてないさ」

 

 命は少しだけ間を置いて、丁寧に言った。

 

「体は大事にしてください。続けるなら、なおさら」

「分かった」

 

 それ以上は言わない。

 でも、その言葉は残った。

 

 結陽がゆきの方へ身を乗り出す。

 

「間柴さん、弁当何っすか!」

「……唐揚げ」

「いいっすね! 私、卵焼きっす!」

「元気だね」

 

 ゆきが言うと、結陽は胸を張った。

 

「元気っす! ここ、落ち着くから余計に元気出るっす!」

「逆じゃない?」

 

 日和が笑いながら突っ込む。

 

「静かに元気っす!」

「なにそれ」

 

 日和が笑うと、結陽も笑う。

 そのやり取りが、部屋に馴染んでいく。

 

 俺はゆきを一度だけ見た。

 さっきより、呼吸が深くなってる。

 

 この学校は女子が多い。

 その空気の中で、休める場所がないって言ってた。

 

 今、ここでは休めている。

 

 日和が箸を動かしながら言った。

 

「昼休みってさ、休む時間なんだよね。本当は」

「そう」

 

 俺が短く頷く。

 

 命が静かに言う。

 

「ここでは、休めていますね」

 

 恵も続ける。

 

「整っているからですわ」

 

 結陽が口いっぱいのまま頷く。

 

「うんっす!」

 

 レンが小さく笑った。

 

「……ちゃんと、昼休み」

 

 俺は弁当の蓋を閉めて、周りを見回した。

 

「時間までここにいる。出る前にゴミはまとめる。机は元に戻す」

 

「はーい」

 

 日和が返事をして、結陽も元気よく頷いた。

 

 この静けさが、昼休みをちゃんと昼休みにしていた。

 

 カップの湯気が落ち着いて、弁当の匂いが混ざっていく。

 昼休みの終わりのチャイムが鳴っても、すぐに立ち上がりたくなかった。

 

 でも、時間は時間だ。

 

「戻るぞ」

 

 俺が言うと、日和が箸を置いて頷いた。

 

「はーい」

 

 恵はゴミを小さくまとめて、端に寄せた。

 命はカップを重ねず、割れないように並べておく。

 レンは何も言わずに机を元の位置に戻した。

 

 結陽は勢いよく立ち上がって、空になった弁当箱を持つ。

 

「放課後も来るっす!」

「来れるなら来い」

「来るっす!」

 

 ゆきは少しだけ遅れて立ち上がった。

 でも顔は、昼前より楽そうだった。

 

「……ありがとうございました」

「礼はいらない」

 

 俺が言うと、ゆきは小さく頷いた。

 

 教室に戻る廊下は、昼より騒がしい。

 でも、さっき“静か”を挟んだぶん、耐えられた。

 

 ──放課後。

 

 授業が終わって、俺はまた鍵を回した。

 扉が開く。昼より長い静けさが入ってくる。

 

「ただいまっす!」

 

 結陽が先に入って、勝手に“帰ってきた”って言い方をした。

 

「ここ、家じゃない」

 

 俺が言うと、結陽は笑う。

 

「家みたいに落ち着くっす!」

 

 日和が後ろから入ってくる。

 

「分かる。ここ入った瞬間、肩が落ちる」

 

 レンは無言で頷いて、ソファーの端に座った。

 命は鞄を置くと、すぐに手を洗いに行って戻ってくる。

 恵は今日も何か小さな袋を持っていた。

 

「何それ」

 

 日和が聞く。

 

「紙ナプキンと、小さなトレーですわ。お菓子を置くのに」

「さっすが恵、気が利く」

 

 俺は机の方を見る。

 昼のままじゃない。少しだけズレてる。小さなゴミが端にある。

 

「まず掃除」

「はいはい、部長」

 

 日和が軽く手を上げる。

 

 俺は指を折った。

 

「机。床。ゴミ。カップ。ケトル周り。終わったら、だらだら」

「だらだらが報酬w」

「そう」

 

 命が頷いた。

 

「先に整えた方が、落ち着けますから」

 

 結陽が箒を手に取って、勢いよく動く。

 

「私、掃除得意っす!」

 

 勢いはある。

 でも雑じゃない。床の角までちゃんと見てる。

 

 ゆきは最初、立っていた。

 どう動けばいいか迷ってる顔。

 

 俺は言った。

 

「ゆき。無理なら座ってろ」

 

 ゆきが少しだけ目を丸くする。

 

「……いや、やります」

「じゃあ、ゴミまとめ」

「はい」

 

 ゆきは素直に動いた。

 やることが決まれば早い。

 

 レンはカップを洗い場に運ぶ係。

 命はテーブルの上を拭いて、布巾を丁寧に畳む。

 恵は備品の位置を揃える。

 日和は床のゴミを見つけるのが異様に早い。

 

 短い時間で、部屋が“戻る”。

 

「よし」

 

 俺が言うと、日和がソファーに倒れ込んだ。

 

「解放〜……」

 

 結陽もソファーの端に座って、足をぶらぶらさせる。

 

「だらだら最高っす……」

 

 ゆきは少し迷ってから、反対側のソファーに腰を下ろした。

 背もたれに軽く体を預けて、息を吐く。

 

「……ここ、すごい」

「だろ」

 

 俺は短く返した。

 

 恵が電気ケトルのスイッチを入れる。

 

「今日は、わたくしが淹れて差し上げますわ」

 

 命がティーカップを並べる。

 

「お菓子も、出しますね」

 

 日和が顔だけ起こした。

 

「今日、なにある?」

 

 結陽が鞄から紙袋を取り出す。

 

「私、持ってきたっす!」

 

 レンが小さく頷く。

 

「……楽しみ」

 

 ゆきはその様子を見て、少しだけ笑った。

 

 教室だと、こんなふうに笑う余裕はなかったと思う。

 

 湯気が立つ。

 甘い匂いが部屋に落ちる。

 

 放課後の時間が、ゆっくり動き始めた。

 

「……これ、毎日来たくなる」

 

 ゆきが小さく言った。

 

 俺は頷いた。

 

「来たい時に来い」

「はい」

 

 日和が笑う。

 

「ちゃんと部活っぽいのに、だらだらできるの最高」

「それが目的だ」

 

 俺が言うと、結陽が元気よく頷いた。

 

「目的、達成っす!」

 

 部屋に笑いが落ちて、また静けさに溶けた。

 

 この繰り返しが、居場所になる。

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