※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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217話 部室と春雅

 月曜の放課後。

 

「先輩! お疲れっす!」

 

 日向結陽が、椅子から半分跳ねて手を振った。

 

「お疲れ」

 

 俺は鞄を置いて、いつもの席に座る。

 何も言わなくても、勝手に“変化”だけは見抜かれる。

 

「先輩、今日……なんか違うっす。顔が」

「疲れてます?」

 

 間柴ゆきが、机の上の資料を揃えながら顔を上げる。

 一人称は僕。声は静かで礼儀正しい。目だけが妙に鋭い。

 

「疲れてはない」

「じゃあ、どうしたっすか」

「……子どもが生まれた」

 

 部室の時間が止まって、次の瞬間に弾けた。

 

「えっ!?!? 先輩のっすか!?」

「……おめでとうございます、先輩」

 

 ゆきは驚いても声が跳ねない。

 でも、指先が一度だけ止まった。そこが本音だ。

 

「先輩、もうパートナー作ってたんすか!? そこが一番びっくりっす!」

「今さらだろ」

「今さらじゃないっす! 先輩ってそういうの、もっと……こう、最後まで黙ってるタイプっす!」

 

 結陽は勝手に納得して勝手に混乱している。

 俺は短く息を吐いて、話を先に進めた。

 

「男の子だ」

「男の子……!」

 

 結陽の目が輝く。

 ゆきは小さく頷いて、落ち着いた声で言う。

 

「母子ともに無事、ですか」

「ああ」

 

 その確認だけで十分だ。

 ゆきは情報を整理する癖がある。最初に一番大事なところを押さえる。

 

「名前! 名前なんて言うんすか!」

 

 結陽が机に身を乗り出す。

 距離が近い。勢いが強い。でも悪意はない。

 

「春雅(はるまさ)」

「はるまさ……! めっちゃいい名前っす!」

「……綺麗なお名前ですね、先輩」

「先輩、かわいいっすか!? 自分の子!」

 

 結陽の質問が直球すぎて、俺は一拍だけ言葉を探した。

 

「……かわいい」

 

 それだけで、結陽が「うわ……」と変な声を出した。

 

「先輩が“かわいい”って言ったっす……やばいっす……」

 

 ゆきが結陽を一度だけ見て、ため息を吐く。

 

「結陽さん、騒ぎすぎです。先輩が困ってます」

「いやでも尊いっすよ! 自分の子がかわいいって、そりゃもう……!」

 

 その瞬間、部室のドアが開いた。

 

「お疲れー」

 

 入ってきたのは日和だった。

 

「なんの話?」

 

 その後ろからレンも入ってくる。

 落ち着いた足音で、部室の空気を一度見回した。

 

「お疲れ。……結陽、騒がしいね」

「レン先輩! 日和先輩! 隼人先輩が、さっき“かわいい”って言ったんすよ!」

「え」

 

 日和の声が素で止まる。

 

「……かわいい? 何が?」

 

 俺は短く答える。

 

「子ども」

 

 日和が固まって、次に一歩近づいた。

 

「待って。誰の?」

「俺の」

「……うそ」

 

 レンが確認するみたいに言う。

 

「本当?」

「ああ」

 

 日和がやっと息を吐く。

 

「おめでとう! 何人目だっけ」

 

 その問いが落ちた瞬間、部室の空気が一度だけ固まった。

 結陽が口を開けたまま止まって、ゆきの視線が一気に鋭くなる。

 

 そこでドアが開いて、命が入ってきた。

 いつも通り丁寧で、表情は読みにくい。けれど、状況を見てすぐに理解したみたいに目線を整える。

 

「失礼します」

 

 命は俺を見る。

 

「ハヤトさん。……今の話題でしたら」

 

 日和が即座に振り向く。

 

「命、何人目だっけって聞いたんだけど」

 

 命は一拍も置かずに答えた。

 

「4人目です」

「……」

 

 結陽が、机に手をついた。

 

「よ、よんにんめっすか!?」

 

 ゆきが小さく息を呑む。

 

「……先輩。4人、ですか」

 

 レンも目を瞬かせる。

 

「……ハヤト、そこまで進んでたんだ」

 

 俺は短く頷く。

 

「ああ」

 

 日和は「そっか」と頷いたあと、急に現実が追いついた顔になる。

 

「いや待って、さらっと言ったけど、4人って結構な数字だよ?」

「結構っすよ! 先輩!」

 

 結陽が勢いよく叫ぶ。

 

「隼人先輩、4人も子ども作ってるって、もう伝説っす!」

 

 ゆきが結陽を一度だけ見て、静かに釘を刺す。

 

「結陽さん。声が大きいです」

「だって驚くっすよ!」

 

 命が淡々と補足する。

 

「……ただ、驚くことではありません。ハヤトさんは、責任を持って向き合っています」

 

 その言い方が命らしくて、部室の空気が少し落ち着く。

 日和が俺を見る。軽い笑いを混ぜながらも、目は真面目だ。

 

「ハヤトさん、ほんと、人生詰め込みすぎ」

「そうかもな」

 

 レンが小さく頷く。

 

「でも、無事なら良かった」

 

 結陽が両手で頭を抱えた。

 

「情報量えぐいっす……4人目で春雅くんで……先輩、強すぎっす……」

 

 俺は鞄の持ち手を指で軽く叩いてから、淡々と言う。

 

「あと、パートナーなら9人いる」

 

 部室の空気が、もう一度止まった。

 

「……は?」

 

 日和の声が素で抜ける。

 結陽は固まったまま、ゆっくり顔を上げた。

 

「きゅ、9……?」

 

 ゆきの目が一段だけ鋭くなる。情報整理のスイッチが入った顔だ。

 

「先輩。それは……現在進行形で、ですか」

「ああ」

 

 結陽が椅子から半分ずり落ちる。

 

「いやいやいや、先輩! それ、さらっと言う数字じゃないっす!」

 

 日和が机を指で叩く。

 

「待って、待って。4人目の話のあとに9人って出すの、順番おかしい」

「今言うことじゃなかったか」

「そうだよ!」

 

 レンは驚かない。

 知ってる側の顔で、静かに頷くだけだ。

 

「うん。……言い方が急なだけ」

「レン先輩、落ち着きすぎっす……!」

 

 日和が笑って、机を指で軽く叩く。

 

「はいはい。結陽、落ち着け。……ハヤトさん、今日、病院行くんでしょ」

 

 命が俺を見る。

 

「ハヤトさん。面会時間、間に合いますか」

「ああ。今から行く」

 

 結陽がすかさず手を挙げる。

 

「先輩! 私達も見に行っていいっすか!?」

 

 ゆきが結陽を見て、小さく首を振る。

 

「結陽さん。まず病院の規則と、ご家族の許可です」

「それもそうっす……!」

 

 俺は2人を見る。

 勢いだけじゃ連れていけない。けど、断る理由も今は薄い。

 

「……見たいなら、聞いてみる」

 

 結陽が前のめりになる。

 

「マジっすか!?」

「ただし、勝手には来るな。俺が確認してからだ」

「了解っす!」

 

 俺はスマホを取り出して、短く打つ。

 送る相手は澄乃さんだ。こういう“家の判断”は、澄乃さんが一番早い。

 

『澄乃さん。部の後輩2人が面会に行きたいと言ってる。連れて行っていいか。病院の規則も含めて判断してほしい』

 

 送信。

 既読がつくまでが、ほぼ瞬き一回分だった。

 

『いいわよ。今の時間なら人数も大丈夫。短時間だけね。廊下では静かにね』

 

 あっさり過ぎて、俺の方が一拍遅れる。

 結陽は覗き込むように画面を見て、声を跳ねさせた。

 

「うわ、秒でOK出たっす!」

 

 ゆきが落ち着いた声で言う。

 

「……お婆様、判断が早いですね」

「そういう人だ。じゃ行くか」

「はいっす!」

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