ゴールデンウィーク、という単語が出たのは、茶会部のいつもの時間が落ち着いてきた頃だった。
湯気の立つカップが机に並ぶ。
紅茶の香りは強すぎなくて、部室の空気にすっと馴染んだ。
「先輩!ゴールデンウィーク、何するっすか!」
日向結陽が、いきなり両手を上げる。
声は大きい。けど、この部室では結陽の元気が邪魔にならない。
俺はカップを持ち上げたまま、先に言っておく。
「俺の予定は最終日だけ」
「え、最終日だけっすか!?」
「そう」
中身まではここでは言わない。
ただ、空いてる日がある、という事実だけで十分だ。
間柴ゆきが、静かにカップを置く。
同級生の1年。声は小さいが、目がよく周りを見ている。
「じゃあ、最終日以外は動けますね、先輩」
「動けるとは限らない。調整は要る」
「はい」
結陽がゆきの方を向く。
「間柴さん、先輩って忙しいっすよね!」
日和がカップの縁を指で軽く叩いた。
「じゃあさ、最終日以外で、みんな何する? 家でだらだら派?」
レンが小さく頷く。
「混む日は避けたいけど、せっかくの連休だしね」
命が静かに紅茶を飲んで、目線だけを上げる。
「……遠出するなら、早めに決めた方がいいですね」
恵が、そこで少しだけ姿勢を整えた。
提案するときの顔だ。
「でしたら……皆さん。2泊3日で行ってみませんこと」
「え、どこっすか!」
結陽が身を乗り出す。
俺より先に、恵が笑った。
恵がパンフレットを机の中央に置くと、結陽の視線がそこに吸い寄せられた。
「え、待って、これ……本物っすよね? 写真で見たやつっす!」
「本物ですわ」
恵は当然みたいに言う。
「《AURORA FRONTIER(オーロラ・フロンティア)》ですの。ここ。皆さんも一度は名前を聞いたことがあるでしょう」
日和が声を弾ませる。
「あるある。オーロラの夜ショーが有名なとこだよね」
レンも頷いた。
「氷の城とか、空中船とか」
結陽が椅子から半分浮く。
「ランドっす! それ、ランドっす!」
ゆきがパンフレットを丁寧にめくり、静かに言う。
「……エリアが多い。1日で回り切れる量じゃないですね」
「その通りですわ」
恵はにこりと笑って、もう一冊、別のパンフレットを重ねて置いた。
表紙には、ガラス屋根のスタジオ棟。金のロゴ。
「それと、こちら」
結陽が目を丸くする。
「え、もう1つ!?」
「隣にある別ゲートの第2パークですわ。《AURORA ANIMATION STUDIOS(オーロラ・アニメーション・スタジオ)》」
その名前だけで、部室の空気が一段上がる。
日和が思わず言う。
「うそ、スタジオもあるの?」
「ございますの。アニメーションの“作る側”を体験できる施設で、こちらも有名ですわ。2パークで行くのが定番ですのよ」
レンが少しだけ身を乗り出す。
「作る側……ツアーみたいな?」
「ええ。原画の回廊や、工房、シアター。短編の上映もございます」
結陽が机を叩きかけて、ぎりぎりで堪えた。
「やばいっす! それ、絶対行きたいっす!」
命が静かにカップを置いて、恵を見る。
「……2泊3日、というのは。2パークを含めて、ですか」
「はい。含めてですわ」
恵は淡々と続けた。
「1日目はフロンティアで夜ショー。2日目はフロンティアを制覇して、夜も楽しむ。3日目はスタジオでゆるく締める。そうすれば、無理がありません」
ゆきが小さく頷く。
「……計画として、綺麗です」
結陽がすぐ乗る。
「間柴さん、めっちゃ納得してるっす!」
「結陽、声」
「……はいっす」
元気なままでも、空気は壊れない。
茶会部の“許されてる”って、こういうことだ。
俺は先に条件を置く。
「俺の予定は最終日だけ」
日和がすぐ理解する。
「じゃあ、最終日を外せばいいんだ」
「そう」
恵が頷く。
「ですから、最終日を避けて2泊3日。5/3から5/5でどうかしら」
命が静かに言う。
「……5/5の夜に戻れれば、最終日に影響しませんね」
「影響させない」
俺が短く返すと、恵
俺が短く返すと、恵が満足そうに微笑んだ。
「では、その日程で手配いたしますわ。2パークのチケットも、宿も」
レンが小さく笑う。
「……決まるの早いね」
「決まらないと、混みますもの」
日和が頷く。
「よし。じゃあ、もう行く前提で話そう」
ゆきが静かにまとめる。
「集合と移動だけ、決めておきましょう。あと、夜ショーは場所取りの方針も」
恵がうなずく。
「素晴らしいですわ」
カップの湯気が、ゆっくりと上に消えていく。
ゴールデンウィークの予定が、ただの雑談から、はっきり“旅”になった。
「スタジオって、参加できるやつあるっすよね!? やりたいっす! 私、原画のパラパラやつ!」
「ええ、ございますわ」
恵が微笑んで、パンフレットの該当ページを指先で示す。
「やった! 動かすっす! 私、スノル走らせるっす!」
「暴走させるな」
「しないっす! ……たぶん!」
レンは紅茶を一口飲んで、小さく言った。
「僕は、短編上映が気になる。限定のやつ」
命はページの写真を一枚だけ見て、目線を落とす。
「……原画の回廊。気になります」
「命さん、そういうの好きそうっす」
結陽が言うと、命は否定も肯定もしない。
ただ、ゆっくり瞬きをする。肯定に近い。
恵が微笑んだ。
「原画展示は、落ち着きますわ。……あと、スタジオ限定のグッズもございます」
結陽が即反応する。
「グッズ!!」
「結陽、落ち着け」
ゆきが淡々と釘を刺す。
「落ち着くっす……! 落ち着くけど、買うっす!」
日和が笑いながら、俺を見る。
「ハヤトさんは? どれが気になる?」
「……夜ショー」
答えると、日和が「分かる」と頷いた。
「2回見るんだよね。場所変えるやつ」
「それ」
恵がうなずく。
「では、1回目は全景が見える場所。2回目は氷の城寄りにいたしましょう」
ゆきが小さく手を上げる。
「……待ち合わせと移動のルールを決めませんか。現地で散ると迷子になります」
結陽が即座に胸を張る。
「迷子にならないっす!」
「なる」
俺が言うと、結陽が「先輩!」と抗議した。
「……たぶん、ならないっす!」
「たぶん禁止」
ゆきが即答する。
そのテンポで、部室が一段だけ柔らかくなる。
茶会部の空気は、こういう時に一番落ち着く。
恵が指を折っていく。
「まず、宿は敷地内を押さえますわ。朝の入園が楽ですもの。夜ショーのあともすぐ戻れます」
「敷地内ホテル、強すぎ」
日和が笑う。
「移動で消耗しないの、神」
レンが小さく頷く。
「うん。次の日が楽になる」
命が静かに言う。
「……荷物を置けるのも、助かりますね」
俺はその言葉に小さく頷いた。
体力だけじゃない。気持ちの余裕が残る。
ゆきがスマホを出す。
「当日の集合時間だけ、先に決めたいです。朝いちを狙うなら、起床時間も逆算できます」
「ゆき、急に強い」
日和が笑うと、ゆきは少しだけ目を伏せた。
「……慎重なだけです」
結陽が乗る。
「慎重、助かるっす! 私は勢い担当っす!」
「担当分けるな」
俺が言っても、結陽は止まらない。
「じゃあ、私、広報担当もやるっす!」
「掲示板は禁止」
命が淡々と言い切る。
結陽が固まって、ゆきが小さく頷いた。
「命先輩の一言は、効きますね」
「効くっす……」
結陽の声が小さくなる。
その小ささが面白くて、日和が笑った。
俺はカップを置く。
この雑談が、予定を現実にしていく。
「細かいのは次で決める」
そう言うと、全員が自然に頷いた。
決めるのは早い。
でも、急がない。
茶会部は、こういう速度がちょうどいい。
その時、俺のスマホが短く震えた。
画面に出た名前は、澄乃さん。
俺は一拍置いてから、通知を開いた。