※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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221話 到着、オーロラ・フロンティア

 ゴールデンウィークの朝は、いつもより静かだった。

 家の中の音が少ないんじゃない。俺の耳が、余計な音を拾わないだけだ。

 

 最終日は外せない。

 だから、旅は最終日を避けて組んだ。5/3から2泊3日。

 決まった時点で、もう“行く”になっていた。

 

 玄関の横で、母さんが鞄の口を確認している。

 

「忘れ物ない?」

 

「ない」

 

「充電器」

 

「入れた」

 

「チケット」

 

「恵が持ってる」

 

 母さんは頷いて、それ以上言わない。

 

 リビングの方から、小さな声がした。

 菜桜が泣いている。今も夜はよく泣く。朝だって、泣く時は泣く。

 

 綾乃さんが抱いて、背中をゆっくり撫でている。

 腕の中で、菜桜の声が少しずつ短くなる。

 

 その隣で、春雅は眠っている。毛布の中で、規則正しく息をしていた。

 

 こひなが、俺の靴の匂いを嗅いでから、ぺろっと舐めた。

 

「こひな」

 

 名前を呼ぶと、こひなは尻尾を振って、今度は鞄の持ち手に鼻を押しつける。

 “置いていくな”って顔だ。

 

「すぐ戻る」

 

 言うと、こひながもう一回ぺろっと舐めた。納得してない。

 

 門を出る前に、綾乃さんが一度だけ俺を見た。

 

「……気をつけて。無理はしないでください」

 

「しない」

 

 短く返して、俺は視線を春雅に落とす。

 眠っているだけなのに、胸の奥が少しだけ重い。

 

 母さんが、俺の背中を軽く叩いた。

 

「行っておいで。……今日は楽しんできなさい」

 

「分かった」

 

 玄関を出る。

 空気が少し冷たくて、頭が冴える。

 

 門の外に停まっていたのは、黒塗りの8人乗りワゴンだった。

 運転手が先に降りて、ドアを開ける。

 

「おはようございます」

 

「おはよう」

 

 俺が乗り込むと、すでに恵と命が座っていた。

 

 恵は膝の上に薄い冊子を揃えて置いている。パンフレットだ。

 命は窓の外を見ていた。表情は変わらないのに、目だけが落ち着いている。

 

「準備はよろしいですか、ハヤトさん」

 

「大丈夫」

 

「では、参りましょう」

 

 恵がそう言ったタイミングで、運転手が静かに運転席へ戻る。

 車が門を出て、朝の道を滑るように進んだ。

 

 信号の待ち時間だけが、妙に長い。

 俺は鞄の持ち手を指で一度だけ叩いて、呼吸を整える。

 

 ロータリーが見えてきた。

 

 先に着いていた日和が手を振る。

 その横でレンが、落ち着いた顔で立っている。

 

 車が止まると、日和が窓の方へ寄ってきた。

 

「おはよ。ほんとに行くんだね」

 

「行く」

 

 レンが小さく頷く。

 

「おはよう。……楽しもうね」

 

 少し遅れて、結陽が走ってくる。

 

「先輩! 間に合ったっす!」

 

 その後ろに、ゆきが歩く速度のままついてくる。

 息も乱れていない。

 

「おはようございます、先輩。集合は時間通りです」

 

「結陽、走るな」

 

「すみっす!」

「略すな」

 

 恵が全員を見回して、穏やかに言った。

 

「揃いましたわね。敷地内の宿も、2パークのチケットも手配済みですわ。出発いたします」

 

 運転手がドアを閉める。

 車内に、軽い緊張と小さな期待が同居した。

 

 ゴールデンウィークが、動き出す。

 

 結陽がシートベルトを締めた瞬間、すぐ喋り始める。

 

「先輩! いまからランドっす! やばいっす!」

 

 日和が笑って、結陽の勢いをそのまま受け取る。

 

「そのテンション、車酔いだけは気をつけてね」

 

「大丈夫っす! たぶん!」

 

 ゆきが小さく息を吐いて、けど止めはしない。

 

「……酔ったら言って。水あるから」

 

「間柴さん、優しいっす」

 

 レンが窓の外を見ながら、小さく言う。

 

「結陽が元気だと、車の中が明るいね」

 

 命は会話に混ざらない。

 でも聞いてないわけでもない。目線だけが、必要なところで動く。

 

 恵が膝の上の冊子を開く。

 

「まず、確認いたしますわ。今日は到着したら宿に荷物を預けて、そのままフロンティアへ入ります。夕方まで軽く回って、夜はショー。明日はフロンティアをしっかり回って、最終日はスタジオでゆるく締めますの」

 

 恵の声は落ち着いているのに、段取りだけが速い。

 言われた通りに動けば、混雑に振り回されない。そういう形だ。

 

 結陽が即座に手を挙げる。

 

「初日の“軽く”ってどのくらいっすか! 軽くで終わらないっす!」

 

 日和が笑う。

 

「終わらないよね、結陽は」

 

「終わらないっす!」

 

 レンが小さく言う。

 

「でも、夜ショーが本命なら、体力は残した方がいい」

 

 結陽が真面目に頷いた。

 

「それはそうっす……! 私、夜に全力出したいっす!」

 

 ゆきが淡々と確認する。

 

「初日は、並ぶ時間が短いものを優先。明日の朝一で、混むライドを押さえる。そういう配分ですね」

 

「そうですわ」

 

 恵がうなずく。

 

「初日は港町と庭園を中心に。歩いて楽しい場所にいたします。写真も撮れますし」

 

 命が静かに言う。

 

「……夜の庭園は、綺麗そうです」

 

「綺麗だろうな」

 

 俺が短く返すと、恵が少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

 

 レンが窓の外を見て言う。

 

「もう看板見えた」

 

 前方に、オーロラの帯が描かれた巨大なロゴが見える。

 誰でも知ってる“ランド枠”の入口。実物は、写真より大きい。

 

 結陽が窓に顔を寄せる。

 

「うわ……ほんとに来たっす……」

 

 日和が笑う。

 

「来たね。実感、今?」

 

「今っす!」

 

 車が緩やかに減速して、敷地内の道へ入った。

 並木の向こうに、ホテルの建物が見える。外装がもう世界観の中にある。

 

 恵が言う。

 

「宿に着きましたわ。荷物だけ預けて、すぐ入園いたします」

 

 運転手が車を停める。

 ドアが開いて、外の空気が流れ込んだ。

 

 空気が違う。

 ただの旅行先じゃない。ここは“物語の中に入る場所”だ。

 

 俺は一度だけ息を吸って、吐く。

 

「行こう」

 

 結陽が即答する。

 

「行くっす!」

 

 レンが頷く。

 

「うん」

 

 命が静かに言う。

 

「……楽しみましょう、ハヤトさん」

 

 日和が笑って、最後に言った。

 

「よし、冒険開始」

 

 そして俺たちは、敷地内ホテルの入口へ向かった。

 

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