※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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222話 港の蒸気、深海の光

 夜ショーの出口は、まだ人が多い。

 みんな興奮してるのに、声は落ちている。あの光の後だ。騒ぐのが野暮みたいな空気がある。

 

 命が俺の腕に絡んだまま言う。

 

「ハヤトさん。アクア・オラクル。もう一回、行きたいです」

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

 俺は日和たちに目線を投げる。

 

「先に戻ってて。俺と命は寄り道する」

 

「了解。置いていくよ。ちゃんと来てね」

 

「来る。先に部屋入ってろ」

 

「はーい。命さん、ハヤトさん離さないでね」

 

 日和たちは恵とレン、結陽、ゆきも連れて人波へ消えた。

 周りの音が少し遠くなる。俺と命だけ、進む方向が逆になる。

 

 俺は命にだけ聞こえる声で言う。

 

「遅くならない。乗ったらすぐ戻る」

 

「はい」

 

 命の返事は短い。

 でも腕の力が強い。離す気がない。

 

 海底文明エリアへ向かう通路は暗い。

 足元の灯りが低く並んで、壁に淡い反射が揺れている。

 空気が少し冷たくなる。湿ってる。水の匂いが混じる。

 

 命が小さく息を吸う。

 

「……夜の方が、光がはっきり見えますね」

 

「暗いからな。ルーメンが勝つ」

 

 命は頷いて、腕を組み直した。

 俺の腕に巻きつける力が、少しだけ強くなる。恋人の距離だ。

 

 入口が見えた。

 《アクア・オラクル・オデッセイ》。看板の下も暗くて、光の演出だけが浮いている。

 

 列は短い。

 けど、ゼロじゃない。数組が静かに並んでる。みんな声が小さい。

 

 俺は命を内側に入れて進む。

 人が横を抜けても当たらない位置だ。命は黙って寄ってくる。

 

 待っている間、音が聞こえる。

 水が流れる音。ボートが戻ってくる音。安全バーの金具が当たる音。

 足元の床は少し湿っていて、滑りやすい。

 

 スタッフがはっきり言う。

 

「足元が濡れております。ゆっくりお進みください」

 

「分かった」

 

 俺が返すと、命が小さく頷く。

 

「はい」

 

 列が進む。

 案内のロープが途切れて、乗り場の光が近づく。水面が黒く光っている。

 

 スタッフが手を差し出す。

 

「次のボートへどうぞ」

 

 俺たちはそのまま乗り込む。

 命は腕を絡めたまま、足元だけ見て一歩ずつ進む。動きが丁寧だ。

 

 座る。

 安全バーが下りる。金具がカチッと鳴る。

 水音がすぐ横にある。冷たい空気が頬に当たる。

 

 命が肩を寄せてくる。

 俺はそのまま受け止める。

 

 水流がボートを押す。

 ゆっくり動き出した。

 

 通路がさらに暗くなる。

 水音だけが残って、周りの客の気配が薄い。

 

 前方に、薄い光が見えた。

 青白い点がいくつも浮いている。遠い。まだ輪郭は曖昧だ。

 でも数が多いのは分かる。暗闇の奥に、群れがいる。

 

「見えた」

 

 俺が言うと、命の腕に力が入った。

 

「……はい」

 

 ボートが進む。

 光が少しずつ大きくなる。点じゃなくなる。

 丸い傘の形、細い触手、ゆっくり漂う動き。クラゲだ。

 遠目でも、夜の発光がはっきり分かる。昼とは違う。暗さが味方してる。

 

「……すごい数」

 

「ここが一番だ」

 

 そのまま、水流に押されて境目を越える。

 

 中に入った瞬間、光が“周り”に変わった。

 前にあるだけじゃない。横にも、背後にも、足元にもいる。

 壁のくぼみにも、柱の影にも、発光するクラゲが漂っている。

 

 青白い光が、肌に触れるみたいに近い。

 冷たい空気と一緒に、光がまとわりつく。

 水面にも同じ光が落ちて、揺れて、伸びて、また揺れる。

 光が水に溶けて、ボートの縁まで染める。

 

 命が息を吸って、止めた。

 

「……綺麗」

 

 言い切った。

 目が動かない。

 腕を組んだまま、体ごと寄ってくる。肩が当たる。離れない。

 

「夜だと、光が刺さるな」

 

「はい。……昼は景色を見ていました。でも夜は、光だけ見えます」

 

 クラゲが近いところを通る。

 触手が揺れて、光が細い線になって流れる。

 命の睫毛の先が青く縁取られて見えた。

 

 ボートはさらに奥へ入る。

 光の密度が上がる。静かに脈打つリズムが揃って、森じゃなく“群れ”になる。

 音も変わる。水音が少し大きく聞こえる。空間が閉じていく感じがする。

 

 そして、頭上が暗く落ちた。

 

 上に、クラゲが集まっていた。

 無数の発光体が天井に沿って漂い、薄い膜みたいに重なっている。

 それが揺れて、光が一斉に波打つ。

 

 光のカーテンだ。

 上から光が降ってくる。

 直接落ちるんじゃない。静かに、薄く、包む。

 

 命が小さく声を出す。

 

「……上、見て」

 

「見てる」

 

 命の腕がさらに強くなる。

 俺の腕を逃がさない力だ。

 命はそのまま俺を見上げて、はっきり言った。

 

「……ここが見たかったです。夜のクラゲ。ハヤトさんと」

 

 言ったあとに照れない。逃げない。

 目が真っ直ぐだ。

 

「連れてきて良かった」

 

 クラゲの光が揺れて、命の頬が青白く染まる。

 命の呼吸が一拍だけ乱れる。

 でも腕はほどけない。

 

 光のカーテンが、ゆっくり後ろへ流れていく。

 ボートが進む。

 俺の腕の中に残った命の重みだけが、ずっと熱かった。

 

 命が俺を見上げたまま、黙って近づいてきた。

 言葉はない。腕の力だけが強くなる。肩が当たる。

 

 俺はそのまま距離を詰めた。

 クラゲの青白い光が揺れて、命の睫毛の先を縁取る。

 

 唇を重ねた。

 ゆっくり、確かめる。

 クラゲの光が波打つたび、命の睫毛の影が揺れる。

 命は目を閉じない。俺を見たまま受け止める。

 

 離れる時、命が小さく息を吐いた。

 声は出さない。言葉もない。

 でも腕はほどけない。

 

 命が一歩も下がらないまま、体重を預けてくる。

 そのまま、頭を俺の肩にそっと乗せた。

 硬くない。逃げない。甘えるって決めた動きだ。

 

 俺は肩を動かさない。受け止める。

 命の髪が頬に触れて、少しだけくすぐったい。

 

 命の指が、俺の指をもう一度強く締めた。

 握り返すと、命の呼吸が少し落ち着く。

 肩に乗った頭の重みが、はっきり伝わる。

 

 頭上で、クラゲの群れが揺れている。

 光のカーテンが波みたいに流れて、上から静かに降りる。

 ボートは進む。水流の音が一定に続く。

 

 命は何も言わない。

 その代わり、肩に頭を預けたまま、腕をほどかない。

 ずっと隣にいる。

 

 

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