※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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225話 フロストドラゴン・アサルト

 朝は早い。

 窓の外に見えるのは道路じゃない。石畳と運河、尖った屋根の連なりだ。敷地内ホテルは、パークの街の中に建っている。起きた瞬間からもう“中”だ。

 

 廊下に出ると、壁のランタンが静かに灯っていて、階下からパンの匂いが上がってくる。ロビーはもう動いていた。キャストの衣装も、ここでは制服じゃなくて“この世界の住人”に見える。

 

 集合場所もホテルの中だ。

 吹き抜けの広場みたいなロビーに、恵が先に立っていた。手元に小さなメモ。顔は落ち着いてるのに、目がもう導線を追ってる。

 

「おはようございますわ、ハヤトさん。朝食は済みましたの?」

 

「ああ。みんなは」

 

「ほどなく揃いますわ」

 

 その言い方の通り、次々に集まる。

 

「おはよー。今日は本気で回る日だよね?」

 

 日和が軽く手を振る。

 

「おはようございます」

 

 命が俺の横に来て、いつも通りの丁寧な声で言う。腕が自然に絡んでくる。今日もそれが当たり前だ。

 

「おはよう、ハヤト」

 

 レンは眠そうにしながらも、目はちゃんと覚めてる。

 

「おはようございます」

 

 ゆきは小さい声で言う。表情は落ち着いていて、視線が周りを拾っている。

 

「おはようっす! 先輩たち、今日も行くっすよ!」

 

 結陽が元気に言う。誰も止めない。今日も特別枠だ。

 

 恵が一度だけ全員を見て、言い切った。

 

「朝はノーザン・ヴァルハラですわ。最優先は《フロストドラゴン・アサルト》。混む前に取ります」

 

「了解」

 

 俺が短く返すと、みんな動く。

 この集団、動きが早い。恵の指示が明確だからだ。

 

☆

 

 入園して、歩く速度が一段上がる。

 通路の向こうに、氷の城が見えた。白い壁、尖った塔。朝の光で輪郭が硬い。

 

 エリアの空気が変わる。

 冷たい。湿り気が少ない。鼻の奥が少しだけ冴える。

 足元の石畳も白っぽくて、霜の演出が薄く走っている。

 

「……雰囲気が、昨日と全然違いますね」

 

 命が小さく言う。視線は城と、その手前の森に向いてる。

 森の木々にはルーン文字が刻まれていて、淡い光が線で走っている。

 

「北欧の氷だ」

 

「はい。……綺麗です」

 

 命は淡々と言うのに、目はちゃんと綺麗だって言ってる。

 腕の絡みが少し強くなる。

 

「こちらですわ」

 

 恵が迷いなく曲がる。

 《フロストドラゴン・アサルト》の入口。もう列が伸び始めてる。朝イチでも容赦ない。

 

「間に合ったな」

 

「ギリっすね! 最高っす!」

 

 結陽が嬉しそうに言う。声がでかい。許される。

 

 並びながら、周囲の造形が見える。

 ルーンが光る森の小道。巨人族の遺跡を模した石柱。欠けた斧、割れた盾。

 氷の粒の演出が風で舞っている。冷たい空気の中だと本物っぽく感じる。

 

「この列、早いです。回転が高いですね」

 

 ゆきが言う。観察が鋭い。

 

「フライングライドですもの。乗降が整っていれば流れますわ」

 

 恵が当然みたいに返す。

 

☆

 

 順番が来る。

 スタッフの案内で、乗り場へ進む。

 

 フライングのハーネス。上半身が固定される。

 恵は動きが速い。手順を一度見て、迷わず従う。

 

「怖くないか」

 

「怖いわけありませんわ。……ハヤトさんが、隣にいますもの」

 

 恵はそう言って、はっきり笑った。

 俺は短く頷く。余計な言葉は要らない。

 

 カチッ、とロック音。

 視界が前へ開く。氷の森が下に見える。

 

 発進。

 

 風が来る。冷たい。気持ちいい。

 ルーンの光が足元を流れる。森を滑空して、氷の城の外壁を掠める。

 城の尖塔が近い。影が一瞬だけ落ちる。

 

「うわ、これ、速い!」

 

 日和が笑い声を上げる。

 

「最高っす! これっす!」

 

 結陽は叫ぶ。止めない。

 

 次の瞬間、氷竜の巣。

 巨大な爪痕。氷の結晶。息の白い霧。

 影が動く。ドラゴンの輪郭が見える。演出でも迫力は十分だ。

 

 命が俺のほうへ視線を寄せる。

 怖い顔じゃない。むしろ目が光ってる。

 

「……すごいです」

 

「だろ」

 

 そのまま一気に抜ける。

 最後は森の上を滑って、減速。着地。

 ハーネスが外れて、現実に戻る。

 

 降りた瞬間、命が息を吐いた。短く笑う。

 表情が崩れた。ちゃんと楽しそうだ。

 

「命、笑ってる」

 

 俺が言うと、命は一瞬だけ照れて、でも隠さない。

 

「……はい。楽しかったです」

 

 俺の隣に来ると、腕を組み直して、ぎゅっと絡めてくる。

 

 恵も、珍しく口元が緩んでいた。

 ちゃんと満足してる顔だ。

 

「……良いですわね。朝に取る価値がありましたわ」

 

「恵も楽しそうだな」

 

「ええ。楽しいですわ」

 

 恵はそう言って、口元が、きれいに緩んだ。

 

☆

 

 体が冷えた。ここで温かい飲み物を入れる。

 

 屋台の前。湯気が立ってる。

 スパイスと蜂蜜の匂いが混じって、氷の国っぽい。

 

「ホットスパイスミルク、7つ」

 

 受け取ったカップを、命は両手で持つ。指先が白い。

 少しだけ息を吹きかけて、飲む。目が柔らかくなる。

 

「……温かい」

 

「冷えてたからな」

 

「はい」

 

 命はカップを持ったまま、俺の腕に寄る。

 さっきのライドの余韻がまだ残ってる顔だ。

 

 結陽は別の飲み物を持って、すでに元気だ。

 

「これ、うまいっす! 先輩も飲むっす!」

 

「飲んでる」

 

「じゃあ勝ちっす!」

 

 意味は分からないけど、元気ならそれでいい。

 

 ゆきは自分のカップを一口飲んで、すぐ恵を見る。

 

「次、予定通りならアカデミアです。移動時間、今なら短いです」

 

「ええ。休憩はこのくらいで十分ですわ」

 

 恵が言い切って、俺を見る。

 

「ハヤトさん、命さん、大丈夫ですの?」

 

「大丈夫」

 

「はい。……行けます」

 

 命がストレートに言う。

 表情は整ってるのに、さっきより柔らかい。

 

 命は俺の腕に絡んだまま。恵は先頭。ゆきは一歩後ろで全体を見てる。結陽は元気。レンは落ち着いてる。日和は空気を軽くしてくれる。

 

☆

 

 ヴァルハラを抜けると、景色が変わる。

 白い石の回廊が増えて、空が広く見える。冷たさが抜けて、風が柔らかい。

 

 アカデミアの入口は、神殿みたいに真っ白だった。

 柱が並び、天井の高いアーチが続く。床は磨かれていて、光が反射して眩しい。

 

「うわ、ここ好き」

 

 日和が素直に言う。

 

「静かでいいね」

 

 レンも頷く。声が落ち着く場所だ。

 

 ゆきはすぐ周りを見る。

 

「《ペガサス・スカイライド》、待ち時間は短いです。今なら行けます」

 

「そのまま行きますわ」

 

 恵が迷わず進む。段取りが早い。

 

 途中で、白い小さなペガサスのマスコットが見えた。

 アストロ。小さいのにやけに目立つ。子どもが集まってる。

 

「かわいいっす! あれ乗るっすか!? ペガサスっすよ!?」

 

 結陽が大声で叫ぶ。誰も止めない。むしろ周りの子どもが笑う。

 

 そして、学者帽をかぶったフクロウの像。

 オルフェ。横に小さな看板が立ってる。“今日の予言”。

 

『本日、空は晴れ。だが、あなたの髪は乱れる。』

 

 日和が吹き出す。

 

「何それ、雑!」

 

 結陽が即座に突っ込む。

 

「絶対外れるっす! 髪は乱れないっす! 私、完璧っす!」

 

 恵が上品に笑った。

 

「外れるから可愛いのですわ」

 

 ゆきが静かに言う。

 

「でも、たまに当たるらしいです。だから余計に信用できない」

 

 レンが小さく笑う。

 

「僕、そういうの好き」

 

 命は看板を見てから、俺を見る。

 いつもの丁寧な顔のまま、少しだけ口元が柔らかい。

 

「……乱れません。私は、整えます」

 

「命は乱れないな」

 

「はい」

 

 短い返事。けど楽しそうだ。

 

☆

 

 《ペガサス・スカイライド》の待機列へ入る。

 ここは体力を削らない。シアター型。休憩にもなる。

 

 待機列の壁には、星図が描かれている。

 星座の線が薄く光って、天井に投影されて動く。

 学園の“星読み”って設定がちゃんと見える。

 

 ゆきが一枚の星図を見て言う。

 

「この線、ルーンに似てます。ヴァルハラのルーンと形が近い」

 

 恵が頷く。

 

「パーク全体で文字の系統を揃えているのでしょうね。統一感がございますわ」

 

 命が小さく息を吸う。

 

「……綺麗です」

 

 言い切る。目が星図を追ってる。

 俺は短く頷く。命がこういう場所で静かに喜ぶのが分かる。

 

 列が進む。

 案内が来る。

 

「次のシアターへどうぞ」

 

 席に座る。安全バー。暗転。

 風の音が入る。

 

 視界いっぱいに空中都市。白い神殿が雲の上に浮かんでいる。

 ペガサスの羽音。星の粒。

 体がふわっと持ち上がるような浮遊感。

 

「おお……」

 

 レンが小さく声を漏らす。

 ゆきは静かに見てる。

 結陽は、叫ぶ一歩手前で我慢してる。

 

 途中、星読みの庭園を上から抜ける。

 白い回廊が続いて、噴水が星の形に輝く。

 命が息を吸うのが分かる。横で腕の力が少し強くなる。

 

 最後、ペガサスが旋回して、空が開ける。

 音が静かに落ちて、シアターが明るくなる。

 

 終わった瞬間、結陽が勝った顔で言う。

 

「髪、乱れてないっす!」

 

 日和が笑う。

 

「予言、外れたね」

 

 ゆきが淡々と言う。

 

「外れた方が安心です」

 

 恵が上品に笑って、扇子を軽く揺らした。

 

「では、オルフェは今日も平常運転ですわ」

 

☆

 

 外に出ると、白い回廊が眩しい。

 星読みの庭園が近い。写真スポットだ。

 

「写真、撮りますか」

 

 命が言う。珍しく自分から。

 俺は頷く。

 

「撮ろう」

 

 星の噴水の前に並ぶ。

 恵が位置を整える。ゆきが角度を確認する。日和が全員を入れる。結陽はピースがでかい。レンは控えめ。

 

 シャッターが切れる。

 

 命が画面を見て、少しだけ口元を緩めた。

 

「……良いです」

 

「良かったな」

 

「はい」

 

 短い。けど満足してる。

 

 恵が次を言う。

 

「昼前に軽く食べますわ。混む前に入れます。午後は刺激が強いので、先に回復です」

 

「了解」

 

 俺は頷いた。

 アカデミアの白い風が、朝の冷えを完全に押し流していた。

 

 

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