※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

227 / 238
226話 氷から火へ

 アカデミアの白い回廊を抜けると、空気が少しだけ温かい。

 朝の冷えはもう残っていない。歩き疲れが出る前に、恵が止める。

 

「昼前に軽く食べますわ。今なら席が取れます。午後に備えます」

 

「了解」

 

 学園カフェ風の店に入る。白い柱、星図の壁、ガラス越しに庭園が見える。

 香りはバターと焼きたてのパン。落ち着く匂いだ。

 

 列はある。でも短い。

 恵が先に注文口へ行って、さらっと決める。

 

「サンドとスープを基本に。甘いものは後で。飲み物は……結陽はレモネードですわね」

 

「さすがっす! 分かってるっす!」

 

 結陽が即答する。声がでかい。今日も許される。

 

 日和が笑って手を挙げる。

 

「私はギア・プレッツェルも気になるけど、今は軽めでいいや。午後が怖いし」

 

「怖いとか言うな。乗る前に弱る」

 

 俺が言うと、日和は肩をすくめた。

 

「だって炎のコースターでしょ。テンション上がるけど胃が置いてかれるやつ」

 

 レンがメニューを見て、小さく頷く。

 

「僕はスープ多めがいい。落ち着く」

 

 ゆきはもう選んでいる。迷いがない。

 

「僕も同じで大丈夫です。食べやすいので」

 

 命はメニューの文字を丁寧に追ってから、俺を見る。

 

「私は……星型のバタービスケットも、少しだけ」

 

「好きに食え」

 

「……はい」

 

 命は小さく笑って、ビスケットも注文に入れた。

 

 恵が会計を終えて、受け取りの番号札を受け取る。

 この動きが早い。誰も待たされない。

 

 窓際。庭園が見える席。

 恵は当然みたいに奥へ入る。日和と結陽が向かい。レンとゆきが並び。命は俺の隣に来て腕を絡める。

 

 トレイが並ぶ。サンド、スープ、温かい飲み物。

 食べ始めると、空気が落ち着く。会話のテンポがゆっくりになる。

 

「午前、ちゃんと取れたね」

 

 日和が言う。

 

「当然ですわ」

 

 恵はさらっと返す。けど口元が柔らかい。

 今日は恵の顔がよく動く。

 

「恵、助かった」

 

 俺が言うと、恵は一瞬だけ目を細めた。

 

「当然の務めですわ。……でも、そう言われるのは悪くありません」

 

 結陽がスープを飲んでから、急に真面目な顔になる。

 

「午後、火山っすよね。あれ、絶対テンション上がるっす」

 

「上がるのはいい。体調崩すな」

 

「大丈夫っす! ……たぶん!」

 

 日和が笑って、結陽の背中を軽く叩く。

 

「結陽は大丈夫。元気だから」

 

 ゆきが淡々と補足する。

 

「元気と耐性は別です。刺激は積み上がります」

 

 レンが小さく笑う。

 

「ゆき、言い方が怖い」

 

「事実です」

 

 命がスープを一口飲んで、静かに言う。

 

「午後は……無理をしません。乗れないなら、見学します」

 

 言い切る。

 前は遠慮して曖昧にしてた。今は違う。ちゃんと自分で決める。

 

「それでいい」

 

 俺が即答すると、命は頷いた。

 

「はい」

 

 恵がそこで話を切る。段取りの人の声だ。

 

「午後のドミニオンは、乗る組と見学組で分けますわ。全員で無理に揃えません。揃える必要があるのは、満足度です」

 

 ゆきが頷く。

 

「合理的です。集合時間と集合場所を決めれば崩れません」

 

「決めますわ。アリーナ前の円形劇場。ショーの終わりで合流」

 

「了解」

 

 俺が返すと、恵は満足そうに微笑んだ。

 

 食べ終わって、飲み物を飲み切る。

 体がちゃんと戻る。午後に行ける状態になる。

 

 立ち上がる時、命が俺の袖を軽く引く。

 

「……午後も、楽しみです」

 

「楽しめ。無理はしない」

 

「はい」

 

 恵が扇子を閉じて、言い切った。

 

「では、火山帝国へ参りましょう」

 

 全員が席を離れる。

 昼前の回復は終わった。次は強い刺激の時間だ。

 

 恵が先に立つ。

 歩幅は速いのに、誰も置いていかれない。曲がる前に一度だけ振り返って、全員の位置を確認するからだ。

 

 アカデミアの白い回廊を抜ける。

 明るさが落ちて、石の色が赤みを帯びていく。空気が変わるのが分かる。乾いて、温い匂いが混じる。

 

 遠くに見えたのは、赤い岩山と煙。

 地面の割れ目から薄い蒸気が上がっている。

 火山帝国――クリムゾン・ドミニオン。

 

「うわ……来た」

 

 日和が素直に言う。

 結陽はもう抑えきれてない。

 

「やばいっす! テンション上がるっす! 熱いっす!」

 

 声がでかい。今日も誰も止めない。

 周りの客も笑ってる。結陽の元気はこのパークだと馴染む。

 

 入口のゲートは、古代ローマの門みたいに重い石でできていた。

 柱にはドラゴン紋章。兵士の鎧の展示。

 足元の石畳は黒く焼けていて、照明が赤く揺れる。溶岩の光の演出だ。

 

「匂いまで熱い感じする」

 

 日和が言う。

 

「煙と香りを混ぜてますわね」

 

 恵がさらっと言う。演出を見てる目だ。

 そのまま、迷いなく指を差す。

 

「《ドラゴンフォージ・アリーナ》へ。今が一番空いています」

 

 入口が見えた。

 看板の下に、コースターのレールが走っている。

 地下の鍛冶場から火山内部へ抜けて、空中へ駆け上がる。音だけで分かる。速い。

 

 列の前で、恵が止まる。

 

「ここは分けますわ。乗る方、手を挙げて」

 

 結陽が一番に挙げる。

 

「乗るっす!」

 

 日和も挙げる。

 

「乗る! 怖いけど乗る!」

 

 レンが少し考えてから挙げる。

 

「僕も、行けると思う」

 

 ゆきも小さく手を挙げる。

 

「僕も乗れます。体調は問題ありません」

 

 命は俺を見る。

 目は落ち着いてる。言い切る前の顔だ。

 

「私は……見学します」

 

「了解」

 

 俺は即答した。

 恵も頷く。

 

「賢明ですわ。では、見学組はわたくしと一緒に円形劇場へ参りましょう」

 

 そこで俺は恵を見る。

 今日の主役は恵だ。段取りも、決断も、全部恵が回してる。

 

「恵は乗らないのか」

 

 恵が一瞬だけ目を細める。迷ってない。

 

「見学組を放って先に行くのは趣味ではありませんの」

 

 言い切って、口元がきれいに緩む。

 楽しんでる顔だ。

 

 日和が手を叩く。

 

「じゃあこうしよ。命さんと恵は先にショー見て待ってて。私たちはコースター行って、終わったら合流」

 

 ゆきが即座にまとめる。

 

「合流は円形劇場前。時間は……今から40分後なら確実です。遅れたら次の回に合流で問題ありません」

 

 恵が扇子を軽く揺らす。

 

「決まりですわ。命さん、よろしいですか」

 

「はい。大丈夫です」

 

 命がはっきり頷く。

 見学を選ぶのに、迷いがない。

 

 結陽が拳を握る。

 

「じゃ、行ってくるっす! 命先輩、恵先輩、待っててっす!」

 

「待ってる」

 

 俺が言うと、結陽は笑って走り出した。

 

☆

 

 俺たちは《ドラゴンフォージ・アリーナ》の列へ入る。

 金属の匂い。熱の演出。床が微かに震える。

 鍛冶場の装飾が並んでいて、赤い光が脈を打ってる。

 

「これ、雰囲気やばい」

 

 日和が嬉しそうに言う。

 

「やることが直球でいい」

 

 レンが小さく頷く。

 ゆきは列の進みを見て、淡々と呟く。

 

「回転は速いです。ファストパスがあるので、合流時間は守れます」

 

 俺は頷いた。

 恵が決めた通り、全員が無理をしていない。これが一番いい。

 

☆

 

 一方で、命と恵は円形劇場へ向かう。

 闘技場みたいな石の階段。旗。ドラゴン紋章。

 入口の前で、命が立ち止まった。

 

「恵さん」

 

「何ですの?」

 

「……今日は、恵さんが全部、決めてくれてます。助かっています」

 

 命がストレートに言った。

 恵は一瞬だけ驚いた顔をして、それから上品に笑う。

 

「当然ですわ。……ですが、そう言われるのは、少し嬉しいですわね」

 

 命が頷く。

 

「はい。嬉しいは、言うべきです」

 

「命さんも、変わりましたわね」

 

「ハヤトさんが、そういうふうにしてくれます」

 

 命はそう言って、当然みたいに言い切った。

 恵は一拍置いてから、扇子で口元を隠す。

 

「……なるほど。確かに、それは強いですわ」

 

 命は首を傾げる。

 

「強い?」

 

「ええ。人を落ち着かせるのは、力ですわ」

 

 命はそれを聞いて、少しだけ目を柔らかくした。

 

「……はい」

 

 円形劇場の中から、歓声が上がる。

 ショーが始まる時間だ。

 

 恵が言う。

 

「参りましょう。わたくし達は、こちらも楽しみます」

 

「はい」

 

 そして――円形劇場の幕が上がる。

 火花。太鼓。赤い光。

 火竜の子フレアが飛び出して、客席が沸いた。

 

 命の横で、恵が小さく息を吸う。

 楽しそうだ。ちゃんと。

 

 円形劇場の熱は、肌に分かる。

 火花が散るたび客席が明るくなって、すぐ赤い影に戻る。

 

 兵士役が駆け込み、太鼓が鳴る。

 次に現れたのは火竜の子フレア。くしゃみで火花が飛ぶ。客席が笑う。

 

 恵が扇子の陰で、上品に笑った。

 隠しているのに、楽しさは隠れてない。

 

「可愛いですわね」

 

「はい。可愛いです」

 

 命は迷いなく言い切った。目がずっと舞台を追っている。

 

 ショーの後半、空気が変わる。

 太鼓が重くなって、照明が落ちる。

 火山内部を模した舞台の奥から、巨大な影がせり上がる。火竜の“像”だ。守護神の扱い。

 

 火花が一段強くなる。熱が上がる。

 命は息を吸って、目を細めただけだった。怖がらない。見入る。

 

「迫力、ありますわね」

 

 恵が言う。

 

「はい。……こういうの、好きです」

 

 命がはっきり返す。

 恵が一瞬だけ驚いて、それから口元がきれいに緩んだ。

 

「意外ですわ。命さんは静かな方がお好みかと」

 

「静かなのも好きです。でも、こういうも平気です」

 

 命は淡々と言う。言い訳もしない。

 恵は扇子で口元を隠しながら、楽しそうに笑った。

 

「頼もしいですわね」

 

 舞台の火竜が咆哮する演出。

 客席が沸いて、ショーは締まる。

 幕が下りて、熱が少し引く。

 

 恵が時計を見る。

 

「合流時間ですわ。丁度よろしいですわね」

 

 命も頷く。

 

「はい」

 

☆

 

 俺たちのコースターは地下の鍛冶場から始まった。

 金属音、赤い光、火の粉。

 レールが軋む音がして、次の瞬間、一気に引っ張られる。

 

「来た来た来た!」

 

 日和が笑いながら叫ぶ。

 

「最高っす!」

 

 結陽の声が一段上がる。女の子でも容赦ない。止めない。

 

 火山内部。暗い。熱い。

 岩肌の赤い裂け目が目の横を流れる。

 そして、上へ――空へ抜ける。

 

 光が眩しい。風が刺さる。

 視界の端に、円形劇場の屋根が見えた。恵たちがいる場所だ。

 

「うわっ……!」

 

 レンが声を漏らす。怖さじゃない。純粋な加速の驚き。

 ゆきは声を出さない。でも肩が少しだけ上がっている。ちゃんと効いてる。

 

 最後の落下。

 胃が浮く。

 そして減速。着地。現実に戻る。

 

 結陽が息を吐いて、すぐ勝ち顔になる。

 

「勝ったっす!」

 

「何に」

 

 俺が言うと、結陽は笑う。

 

「火山にっす!」

 

 意味は分からないけど、元気ならいい。

 

 出口を出たところで、ゆきが時計を見る。

 

「合流、間に合います」

 

「行くぞ」

 

☆

 

 円形劇場前に戻ると、恵と命がもう待っていた。

 恵は立ち姿が綺麗で、顔も落ち着いている。けど目が明るい。

 命は俺を見ると、自然に腕を絡めてきた。

 

「おかえりなさい、ハヤトさん」

 

「ただいま」

 

 日和が恵に寄る。

 

「ショーどうだった?」

 

「良かったですわ。可愛いも迫力も、どちらもございました」

 

 恵はそう言って、口元がきれいに緩む。

 隠してない。楽しんでる。

 

 結陽が前に出る。

 

「恵先輩! ショー良かったっすか! フレア可愛いっすよね!」

 

「ええ。可愛いですわ。……そして、あなたの声も元気でよろしいですわ」

 

「特別枠っす!」

 

 結陽が胸を張る。周りが笑う。

 

 ゆきが淡々と次を言う。

 

「次はサハラまで行く前に、移動で休憩を一度挟んだ方がいいです。歩きが増えます」

 

「ええ。砂漠都市は歩いて楽しい場所ですもの。今のうちに、脚を戻しますわ」

 

 恵が即答する。

 決めるのが早い。今日の流れが崩れない。

 

 俺は恵を見る。

 今日ここまで、恵がずっと先頭だ。

 楽しみながら回してる。そこがいい。

 

「次はサハラだな」

 

「ええ。夕方のランタンの時間に合わせますわ」

 

 恵は言い切った。

 目が明るい。

 今日は恵が主役だ。

 

☆

 

 俺たちは歩き出した。

 赤い火山帝国を背に、次の異国へ向かう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。