※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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227話 サハラのランタン

 火山帝国の赤い光を背にすると、空気が軽くなる。

 熱の匂いが遠ざかって、乾いた風が入ってきた。

 

「脚、戻った?」

 

 俺が聞くと、日和が即答する。

 

「戻った! まだ走れる!」

 

「走るなよ」

 

「冗談冗談」

 

「火山に勝ったっす!」

 

「何に」

 

「気持ちにっす!」

 

 意味は分からないけど、元気ならいい。

 

 恵が先頭で言い切る。

 

「このまま⑥サハラ・ミラージュへ入りますわ。ランタンが灯り始める時間に合わせます。今が丁度です」

 

 ゆきが頷く。

 

「時間、合ってます。夕方の色が変わる頃です」

 

 命が俺の腕に絡んだまま、小さく言う。

 

「……楽しみです。夜の雰囲気が、好きです」

 

「分かる。ここは映える」

 

「はい」

 

 短い返事。腕の力は強い。

 

☆

 

 サハラの入口に入った瞬間、景色が変わる。

 金色のドーム。青いタイル。細い塔。

 市場の布が風に揺れて、香辛料の匂いが鼻に来る。

 

「うわ、急に海外」

 

 日和が素直に言う。

 

 結陽が店の看板を見て叫ぶ。

 

「ラム串あるっす! やばいっす!」

 

「後だ」

 

 恵が即答で止める。

 

「先に《ミラージュ・キャラバン》ですわ。夕方の光で乗るのが一番綺麗です。食べ歩きは降りてから」

 

「さすがっす!」

 

 結陽が即座に従う。

 恵の段取りは、結陽すら素直に動かす。

 

 ゆきが列を見て言う。

 

「待ち時間、短いです。今なら取れます」

 

「取りますわ」

 

 恵が迷いなく列へ入る。

 歩いて楽しいエリアなのに、まずライドを取る。ブレない。

 

☆

 

 《ミラージュ・キャラバン》は絨毯フライトだ。

 入口には大きなランプと、幻影の塔の模型。

 壁に映る影が揺れて、蜃気楼みたいに形が変わる。

 

「これ、映像じゃなくて照明だね」

 

 日和が言う。

 

「ええ。影を動かして幻影に見せていますわ」

 

 恵がさらっと答える。

 恵は“作り”まで見てる。

 

 順番が来る。

 絨毯の乗り物に跨る。安全バー。上昇。

 ふわっと体が浮く。

 

 下にスークの通りが見える。

 ランタンが一つ、また一つと灯り始めて、金色の点が増えていく。

 

「綺麗……」

 

 命が言い切る。目がずっと下を追っている。

 怖がる気配はない。むしろ楽しい顔だ。

 

「風が気持ちいい」

 

 レンが小さく言う。落ち着く乗り物だ。

 

 結陽は叫ぶ寸前で我慢して、代わりに笑う。

 

「これ、最高っす!」

 

 絨毯が旋回する。

 蜃気楼の塔の上をかすめて、夜の入口みたいな通りへ入る。

 光の粒が舞って、砂嵐の演出が来る。顔に当たらない程度の風と霧。

 

 日和が笑う。

 

「これ、気持ちいいやつ!」

 

 恵が隣で、珍しく声を漏らした。

 

「……良いですわね」

 

 いつもの丁寧さはある。

 でも声に“嬉しい”が混じってる。

 

 俺はそれを聞いて、恵を見る。

 恵はちゃんと楽しんでる。顔が動いてる。主役の顔だ。

 

 最後、絨毯がゆっくり降りる。

 地面に戻ると、現実の匂いが戻ってくる。スパイス、甘い菓子、焼いた肉。

 

☆

 

 降りた瞬間、結陽が即座に言う。

 

「ラム串、行くっす!」

 

「行きますわね」

 

 恵が止めない。

 もう“段取りの許可”が出た。

 

 スークへ入る。

 布、香辛料、金属の飾り。小さなランタン。

 店主役のキャストが笑って、客が笑い返す。ここは歩くのが楽しい。

 

 命が俺の腕に絡んだまま、店先の小物を見る。

 

「……これ、可愛いです」

 

「買うか」

 

「はい」

 

 即答だった。珍しい。

 命は小さな青いガラス細工を指で示す。海の色に近い。

 

 恵が隣で見て、言う。

 

「命さん、良い目をしていますわ。サハラの青は映えます」

 

「恵さんも、好きですか」

 

「好きですわ。こういう“選ぶ時間”は、わたくしも好きです」

 

 恵がそう言って、口元がきれいに緩む。

 今日の恵はよく笑う。

 

 日和が結陽に串を渡す。

 

「落とすなよー」

 

「落とさないっす! ……熱っ!」

 

「ほら、気をつけろ」

 

 俺が言うと、結陽は笑って誤魔化す。

 

 ゆきは土産の棚を見て、ぽつりと言う。

 

「このエリア、歩いても疲れにくいです」

 

「分かる。広いのに詰まらない」

 

 レンが頷く。

 

 そして、ランタンの数が増えていく。

 空が少しずつ濃くなる。サハラの夜が始まる。

 

 恵が立ち止まって、振り返る。

 

「……今の時間が、一番ですわ」

 

 言い切って、恵は笑った。上品に。

 

 日和が言う。

 

「ね、今の時間、写真撮ろ。全員で」

 

「賛成っす!」

 

 結陽が即答して、ピースをもう作ってる。

 

 ゆきが周りを見て、短く言う。

 

「ここ、背景が綺麗です。人の流れも少ない」

 

「では、こちらに並びましょう」

 

 恵がすぐ場所を決めた。

 ランタンの門の前。背中に金色の光が入る場所だ。

 

 俺たちは並ぶ。

 日和がカメラを構える。レンは控えめに笑う。結陽はピースがでかい。ゆきは姿勢が綺麗。命は俺の腕に自然に絡んで、落ち着いた顔で映る。

 恵は中心を外さない。表情は上品なのに、目が明るい。

 

「いくよー。3、2、1!」

 

 シャッターが切れる。

 

 画面を覗いた日和が満足そうに頷く。

 

「うん、最高。ランタン強い」

 

 結陽が胸を張る。

 

「私も完璧っす!」

 

「ばっちり決まってたな」

 

 俺が言うと、結陽は嬉しそうに笑った。

 

 恵が扇子を軽く揺らして言う。

 

「では、そろそろ戻りますわ。明日も動きますもの。――各自、買ったものを忘れずに」

 

「了解」

 

 ゆきが即答する。

 レンも頷く。命は俺の腕に絡んだまま、静かに歩き出す。

 

 出口へ向かう途中、恵が最後尾になった。

 全員を見て、流れを整えながら歩いてる。

 

 俺は足を緩めて、恵の横に並んだ。

 

「恵」

 

 恵がこちらを見る。

 目が明るいまま。疲れた顔じゃない。

 

「何ですの、ハヤトさん」

 

 俺は言うことをそのまま言う。

 

「昨日は命と回った。今日は恵の番だ」

 

 恵のまばたきが一度止まる。

 それから、口元がきれいに緩んだ。上品に、でも隠さない笑い。

 

「……ご褒美、ということですの?」

 

「そう」

 

「どこへ?」

 

「このまま少しだけ。ランタンの下を歩く。あと、甘いのも食う」

 

 恵は一拍置いて、はっきり頷いた。

 

「はい。……それなら、わたくしが案内して差し上げますわ」

 

「任せる」

 

 恵は嬉しそうに扇子を閉じて、前を向く。

 歩幅が少しだけ軽くなった。

 

 サハラの通りはまだ賑わっている。

 でも、さっきの集合の人波から外れるだけで、音が一段落ちた。

 ランタンの灯りが近くなって、影が濃くなる。

 

 恵が前を歩く。

 いつもみたいに迷わない。

 

「こちらですわ」

 

 恵が曲がる。

 細い路地。布の天井。ランタンが低い位置にぶら下がっていて、金色の光が揺れる。

 香辛料の匂いが強くなる。甘い匂いも混じる。

 

「雰囲気、いいな」

 

「当然ですわ。サハラの夜は、こういう場所が本番ですもの」

 

 恵の声が少しだけ柔らかい。

 普段の“お嬢様の正しさ”じゃなくて、普通に楽しんでる声だ。

 

 店先の屋台が見えた。

 星型のバタービスケットと、甘いシロップ菓子。

 皿の上で光が反射する。

 

「甘いの、これでいいか」

 

「ええ。星型がよろしいですわ」

 

「じゃあ、それ」

 

 俺が注文しようとすると、恵が先に小銭を出した。

 

「わたくしが払いますわ」

 

「ご褒美だ。俺が払う」

 

「……そうでしたわね」

 

 恵は一瞬だけ口を尖らせかけて、すぐ上品に戻す。

 でも目が笑ってる。

 

「では、素直にいただきますわ」

 

 ビスケットが渡される。

 星の形。バターの匂いが強い。温かい。

 

 恵が一口かじって、止まった。

 ほんの少しだけ目を見開く。

 次の瞬間、口元がきれいに緩む。

 

「……美味しいですわ」

 

「良かった」

 

「ハヤトさんも食べてください」

 

「ああ」

 

 俺がかじると、恵は満足そうに頷いた。

 

「ええ。合いますわ。ランタンの光と」

 

 言い方が恵らしい。

 でも、今日はその言い方が可愛い。

 

「あーん」

 

 恵の動きが止まる。

 目が一度だけ丸くなる。すぐに口元を整えようとして、間に合わない。

 

「……ハヤトさん、それは……」

 

「嫌か?」

 

 恵は一拍置いて、視線を外さずに口を開けた。

 上品に。小さく。

 

 俺はそのまま食べさせる。

 恵が噛んで、喉を鳴らして飲み込む。

 

 恵の頬が少しだけ赤い。

 でも逃げない。扇子も出さない。

 

「……はい。美味しいですわ。……ずるいですわね」

 

「何が」

 

「今のは、反則ですわ」

 

 恵はそう言って、口元をきれいに緩めた。

 

 歩き出す。

 恵は俺の半歩前。

 その距離が、少しだけもどかしい。

 

「恵」

 

「何ですの」

 

「隣」

 

 俺が短く言うと、恵は一瞬だけ止まった。

 すぐに俺の横へ来る。

 

「……こういう命令形も、悪くありませんわね」

 

「命令じゃない」

 

「分かっていますわ」

 

 恵が上品に笑って、俺の腕にそっと触れた。

 最初は軽い。確認みたいな強さ。

 それから、当たり前みたいに腕を組んでくる。

 

 組み方が綺麗だ。力を入れすぎない。

 でも離れない。

 

 路地を抜けると、小さな広場に出た。

 ランタンが頭上を埋めている。金色の天井。

 中央に噴水。水面が光を拾って揺れる。

 

 恵が息を吸う。

 声を落として言う。

 

「……綺麗ですわ」

 

「似合う」

 

「何がですの」

 

「恵が」

 

 俺が言うと、恵のまばたきが遅れる。

 頬が少しだけ赤くなる。隠さない。

 でも笑う。上品に。

 

「……そういうことを、さらっと言うのは反則ですわ」

 

「……思ったから言った」

 

「……はい」

 

 恵は返事を短くして、腕を少しだけ強く絡めた。

 完全に嬉しい動きだ。

 

 広場の端に、写真スポットのようなアーチがあった。

 “ミラージュの塔”の紋章。金色の装飾。

 

 恵がそこを見て言う。

 

「写真、撮りますか?」

 

「撮る」

 

「……2人で、ですわね」

 

「そう」

 

 俺は近くにいたキャストに声をかけて、カメラを渡す。

 恵はすぐ姿勢を整える。癖だ。

 でも今日は、固くない。笑ってる。

 

 シャッターが切れる。

 

 画面を確認して、恵が小さく息を吐いた。

 

「……良いですわ」

 

「良かった」

 

 恵が俺を見る。

 目が真っ直ぐだ。迷いがない。

 

「ハヤトさん。わたくし、今日ずっと回していました」

 

「見てた」

 

「だから、今みたいな時間が……欲しかったですわ」

 

「渡す」

 

 俺が言い切ると、恵は上品に笑った。

 でもその笑いは、隠せてない。

 

「……はい。受け取りますわ」

 

 恵が腕をほどかず、少しだけ近づく。

 顔が近い。ランタンの光が、恵の瞳を金色にする。

 

 恵が言う前に、俺が距離を詰めた。

 

 唇を重ねる。

 ゆっくり、長く。

 

 離れると、恵は一拍遅れて息を吐いて――そのまま笑った。上品に。

 嬉しいのが分かる笑いだった。

 

「……やっぱり、ずるいですわ」

 

「何が」

 

「さっきから、わたくしだけを見てくださるところですわ」

 

「今日、恵といるからな」

 

「はい。だから嬉しいですわ」

 

 恵は頷いて、腕を絡め直した。

 今度は少しだけ強い。離さない。

 

「戻るか」

 

「はい。ですが、その前にもう少し歩きましょう。……わたくし、まだ足りませんの」

 

「分かった」

 

 ランタンの下を、2人で歩く。

 サハラの夜は、まだ終わらなかった。

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