※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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23話 九条恵

 昼のチャイムが鳴ると同時に、教室の空気が切り替わった。

 椅子を引く音が重なり、あちこちで小さな会話が始まる。

 

 俺は立ち上がらず、レンが準備を終えるのを待っていた。相変わらず、鞄の中身を整理するのに時間がかかっている。

 

「……天城様、ですよね」

 

 不意に、正面から声をかけられた。

 

 顔を上げた瞬間、わずかに息を詰めた。

 

 ──美人だ。

 

 しかも一人じゃない。

 並んで立っている二人とも、即座にそう判断できるほどだった。

 

 視線を引いたのは、前に立っている方だ。

 整った顔立ちに、迷いのない目。こちらを値踏みするでもなく、堂々と見ている。

 

 その半歩後ろに立つもう一人も、同じくらい目を引く。

 派手さはないのに、輪郭が崩れない。立っているだけで、周囲の空気が静かになる。

 

 美人には、これまでにも何度か会ってきた。

 それでも──この組み合わせは、少し違う。

 

 場の密度が、一段上がった気がした。

 

「九条恵(くじょうめぐみ)です。同じクラスではないですけど……」

 

 名乗る声で、意識を戻す。

 

「あなたが、天城隼人様ですよね」

 

 確認ではなく、断定だった。

 

 その横で、もう一人が静かに会釈する。

 

「神田日和(かんだひより)です。突然すみません」

 

 声は柔らかい。けれど、視線はぶれない。

 

 周囲の視線が集まっているのが分かる。

 昼休みの教室で、初対面の女子が二人、しかもこのレベルで声をかけてくる。目立たない方が無理だ。

 

「今から、学食に行こうと思っていいますの」

 

 恵が続ける。

 

「もしよければ、ご一緒にいかが?」

 

 ためらいはない。

 

 俺は一度だけレンを見る。

 完全に固まっていた。

 

「構わないけど」

 

 そう答えると、恵の表情がわずかに緩む。

 

「よかったですわ」

 

 日和が小さく頷く。

 

「人が多いと、入りやすいですから」

 

 教室を出る直前、俺は少しだけ歩みを緩めた。

 

 視線の先に、御堂がいる。

 席を立つタイミングを計っているようで、周囲より半拍遅れていた。

 

「命」

 

 呼ぶと、彼女はわずかにこちらを見る。

 

「お前も来いよ。一緒に」

 

 一瞬。

 本当に一瞬だけ、命の動きが止まった。

 

 それから、小さく頷く。

 

「……はい」

 

 短い返事だったが、拒む気配はない。

 

 そのまま、俺の隣に並ぶ。

 距離は自然で、近すぎもしない。

 

 その様子を、九条恵が黙って見ていた。

 

 表情は崩れていない。

 けれど、先ほどまでの軽やかさが、ほんの少しだけ薄れる。

 

 視線が、命に向く。

 一度だけ、探るように。

 

 日和は気づいたのか気づいていないのか、何も言わずにレンの歩調に合わせている。

 

 廊下を進む四人の並びが、微妙に変わった。

 

 俺と命。

 その少し前を、九条恵。

 その横に、神田日和とレン。

 

 ほんの数歩の差。

 それだけで、空気の温度が違った。

 

 恵が、何気ない調子で口を開く。

 

「御堂さん、学食を利用されるんですの?」

「今日からはお弁当を持ってきています」

「そうなんですね」

 

 九条恵はそう言って微笑んだ。

 表情は柔らかいままなのに、先ほどより一段、距離を測る色が混じる。

 

 俺はその変化に気づいていたが、口には出さない。

 

 神田日和は一歩引いた位置で、全体を見ている。

 視線が交錯した一瞬だけ、状況を把握したように瞬きをした。

 

 そのまま、学食の入口が見えてくる。

 

 人の流れが濃くなり、昼のざわめきが一気に押し寄せた。

 

 学食に入ると、昼時のざわめきが一気に広がった。

 食券を買う列と、席を探す人の流れが交錯している。

 

 俺たちはその脇を抜けて、空いているテーブルを探した。

 鞄から弁当を取り出す前に、まず座る場所を確保する。

 

「こっち、空いてます」

 

 恵が周囲を一瞬で見渡し、迷いなく動いた。

 四人掛けのテーブル。通路側の席を、自然に俺の前に引く。

 

「天城様、ここどうぞ」

 

 言い方は丁寧だが、選択肢はない。

 

 俺が座ると、九条恵はすぐ隣に腰を下ろした。

 距離が近い。肘が触れそうで触れない位置。

 

 命は一拍置いてから、俺の向かいに座る。

 鞄を膝に置き、静かに弁当を出す。

 

 レンと神田日和が、その隣に並ぶ形になった。

 

 配置が決まった瞬間、周囲の視線がさらに集まる。

 この組み合わせは、どうしても目立つ。

 

 九条恵は気にしていない。

 むしろ、それを当然のように受け止めている。

 

「学食って、座る場所が一番大変ですわよね」

 

 そう言いながら、俺の方を見る。

 

「だから、先に取れてよかったですわ」

 

 距離も、言葉も、はっきりしている。

 アピールを隠す気はない。

 

「九条は学食なのか」

「はい今から並んできますわ。それから天城様よろしければ下の名前でお呼びください」

「あ、私も日和と呼び捨ててもらって大丈夫です」

「俺の事も下の名前で呼んでくれて構わない」

「僕も」

「では──ハヤト様ですね」

 

 向かいで、命が何も言わずに箸を取る。

 視線は弁当に落としたまま。

 

 その静けさが、妙に目についた。

 

 ──恵は分かりやすい。

 俺も結婚してくれるというのであればやぶさかではない。

 しかし今は先に命を攻略してしまいたい。そのあとででもよければ恋人でも婚約者でもなろう。

 

 しばらくすると恵がトレーをもって戻ってくる。

 

 そう考えたところで、向かいの気配がわずかに変わった。

 

 命は弁当に箸を伸ばしたまま、動きが一拍遅れている。

 食べてはいる。だが、一定のリズムがない。

 

 沈黙が、間に落ちた。

 

「……あれ?」

 

 最初に気づいたのは日和だった。

 柔らかい声で、空気をすくい上げる。

 

「ちょっと静かですね。お昼なのに」

 

 そう言って、命の弁当をちらりと見る。

 

「御堂さんのお弁当、きれいですね。彩りがいい」

 

「……ありがとうございます」

 

 命は顔を上げずに答えた。

 声は平坦だ。

 

 そのやり取りを見て、レンが小さく咳払いをする。

 

「そういえばさ」

 

 箸を止めずに言う。

 

「部活、もう決めた?」

 

 話題としては唐突だが、意図は分かる。

 

「まだです」

 

 命が答える。

 

「俺も。数学補習がなければ、運動系でもいいんだけど」

 

「ある前提なんですね」

 

 日和がくすっと笑う。

 

「仕方ないでしょ。得意じゃないんだ」

 

 レンは肩をすくめ、視線を俺に向けた。

 

「ハヤトは?」

 

「考え中」

 

 短く答える。

 

 その一言で、命の箸がまた一瞬止まった。

 

 日和はそれを見逃さない。

 

「一緒に見学するのもいいですね。

 御堂さんも、ハヤトくんも、レンくんも」

 

 自然に、全員を同じ枠に入れる言い方だった。

 

「……そうですね」

 

 命がそう返す。

 今度は、ほんのわずかに間を置いて。

 

 沈みかけていた空気が、少しだけ持ち直す。

 

 恵はその様子を黙って見ていたが、やがて俺の方を見る。

 

「天城様――いえ、ハヤト様は、何でもできそうですもの」

 

 あえて呼び方を強調する。

 

 命の指先が、弁当箱の縁を軽く押さえた。

 

 レンが、わざとらしく明るい声を出す。

 

「いやー、でも案外ポンコツなとこあるよ。今日だって――」

 

「余計なこと言うな」

 

 俺が遮ると、日和が笑って間に入った。

 

「そういう話は、また今度ですね」

 

 穏やかに空気は流れていく。

 

 だが、それぞれが口に運ぶものより、

 言葉にしない部分の方が、少しだけ重くなっていた。

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