※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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229話 帰り道の余韻

 敷地内ホテルに戻ると、ロビーの音が少しだけ現実寄りになる。

 紙袋の擦れる音。キャリーケースの車輪。チェックアウトの列。

 でも窓の外はまだ石畳で、運河で、尖った屋根だ。最後まで“中”が残ってる。

 

 俺たちは荷物をまとめて、時間通りにロビーへ降りた。

 恵が先に確認して言う。

 

「忘れ物、ありませんわね。袋の数も合っていますわ」

 

「合ってる」

 

 ゆきが淡々と頷く。

 

「僕も確認しました」

 

 結陽は杖チャームを揺らして胸を張る。

 

「完璧っす!」

 

「落とすなよ」

 

「落とさないっす!」

 

 日和が笑いながら結陽の背中を軽く押す。

 

「はいはい、行くよー」

 

 命は俺の腕に絡んだまま、静かに周りを見る。

 目が少しだけ名残惜しそうだ。

 

「……もう帰るんですね」

 

「また来ような」

 

「はい」

 

 返事は短い。腕の力は強い。

 

☆

 

 車に乗り込む。

 ドアが閉まる音で、ようやく外の世界が遠くなった。

 

 エンジンがかかって、車が動く。

 窓の外、最後に見えるのは城の尖塔と、空中船のドックの影。

 それが角を曲がって消える。

 

「終わった……」

 

 日和が座席に沈んで言う。疲れじゃない。満足の息だ。

 

「終わってない」

 

 結陽が即座に返す。

 

「私の杖ライフはここからっす!」

 

「それは知らない」

 

 俺が言うと、車内が笑う。

 

 レンが紙袋を抱えたまま、落ち着いた声で言った。

 

「スタジオ、良かった。僕、資料集読むのが楽しみ」

 

 ゆきが頷く。

 

「工程展示、参考になりました。あれは“見る順番”が強いです」

 

「ゆき、感想が硬い」

 

 日和が言うと、ゆきは淡々と返す。

 

「でも楽しかったです」

 

 それが余計に面白くて、日和が笑う。

 

「うん、好き」

 

 恵は窓の外を見てから、ふっと口元を緩めた。

 

「……やはり、良いですわね」

 

「何が」

 

 俺が聞くと、恵は迷いなく言う。

 

「全部ですわ。氷も、学園も、火山も、砂漠も。スタジオも。……そして今回は、皆さまがちゃんと楽しめたこと」

 

 言い切って、恵は上品に笑った。

 満足してる顔だ。

 

「恵のおかげだろ」

 

 俺が短く言うと、恵は扇子を閉じたまま頷く。

 

「ええ。わたくしが回しましたわ」

 

「言うね」

 

 日和が笑う。

 

「当然ですわ」

 

 恵は即答して、また笑った。今日はよく笑う。

 

 命が俺の腕に絡んだまま、ぽつりと言う。

 

「……私も、楽しかったです」

 

「どれが一番」

 

 俺が聞くと、命は少しだけ迷ってから、はっきり言った。

 

「クラゲの森」

 

 即答に近い。

 俺は短く頷く。

 

「そうか」

 

 命の口元が少しだけ柔らかくなる。

 それだけで分かる。

 

 結陽が前の席から振り返って言う。

 

「私は火山っす! 勝ったっす!」

 

「だから何に」

 

「自分にっす!」

 

 また意味不明で、車内が笑う。

 

 日和が手を叩く。

 

「じゃあ私、港町。空中船のレースが好き。あれテンション上がる」

 

「僕は学園」

 

 レンが言う。

 

「静かで綺麗だった」

 

「僕も学園寄りです」

 

 ゆきが続ける。

 

「疲れが残らない設計がいい」

 

「感想が相変わらず」

 

 日和が笑う。

 

 恵が少しだけ考えてから言った。

 

「……サハラの夜ですわ」

 

「ランタン?」

 

 日和が聞くと、恵は上品に笑った。

 

「ええ。ランタンも。……それから、ハヤトさんと歩いた時間も」

 

 その言い方が静かで、でも芯がある。

 恵は本当に気に入ったんだと思う。

 

 車内の会話は途切れない。

 思い出が次々に出る。

 笑いが続く。誰も置いていかれない。

 

 窓の外の景色が、だんだん見慣れたものに戻っていく。

 でも、車の中だけはまだパークの空気が残っていた。

 

 楽しかった。

 それを全員が、同じ温度で言えている。

 そのことが一番嬉しかった。

 

 車は高速を降りて、街に入る。

 窓の外の景色が、完全に日常へ戻っていく。看板、信号、コンビニの灯り。

 車内だけがまだ、ランタンの金色を引きずっていた。

 

「じゃ、順番に送る」

 

 俺が言うと、恵が即答する。

 

「ええ。住所順でよろしいですわね」

 

「頼む」

 

 恵は迷いなくスマホを見て、指示を出す。

 最後まで恵が回す。そういう人だ。

 

☆

 

 最初に降りたのは結陽だった。

 家の前で車が止まると、結陽が窓を開けて身を乗り出す。

 

「最高だったっす! また行きたいっす! 先輩たち、ありがとっす!」

 

「最後まで元気だな」

 

 俺が言うと、結陽は笑う。

 

「元気が取り柄っす!」

 

「気をつけて入れ」

 

「了解っす!」

 

 結陽は手を振って走っていく。最後まで元気だ。

 

☆

 

 次はゆき。

 家の前で車が止まると、ゆきは鞄を抱えて静かに降りる。

 

「今回誘っていただき、ありがとうございました」

 

「おう」

 

 俺が短く返すと、ゆきは一度だけ頷いた。

 

「資料、後で整理します。……楽しかったです」

 

 言い切って、ゆきは玄関へ向かった。

 言葉が少ないのに、ちゃんと残る。

 

☆

 

 レンの家に着く。

 レンはドアを開ける前に、こちらを見て言った。

 

「僕、また行きたい。今度はスタジオ、もっと見たい」

 

「また行こう」

 

「うん」

 

 レンは少しだけ笑って、降りていった。

 

☆

 

 日和は降りる直前まで喋っていた。

 ドアの前で振り返って、最後に言う。

 

「ね、今日めっちゃ良かった。みんなのテンション揃ってたし。あと恵、ほんと段取り神。命さんもずっと落ち着いてたし。ハヤトも……ちゃんと楽しんでたね」

 

「楽しんだ」

 

「うん、それ。じゃ、またね!」

 

 日和は手を振って帰っていった。

 車内が一段静かになる。

 

☆

 

 残ったのは、俺と命と恵。

 車内が少しだけ静かになる。さっきまでの笑い声が、遠くなった。

 

 恵が前を向いたまま言った。

 

「では、御堂家へ戻りますわ」

 

「頼む」

 

 命は俺の腕に絡んだまま、小さく頷いた。

 

「はい」

 

 車が動き出す。

 街の灯りが流れていく。信号、看板、コンビニ。さっきまでの賑やかさが、外に置いていかれる。

 

 日和たちを降ろしたことで、車内の音が減った。

 話す人がいないんじゃない。静かになる理由がある。

 楽しかった分、帰りは自然と落ち着く。

 

 恵がハンドルを握ったまま言う。

 

「忘れ物はありませんわね。紙袋の数も、合っています」

 

「合ってる」

 

 俺が答えると、命もすぐ言う。

 

「はい。大丈夫です」

 

 恵が上品に頷いた。

 

「良かったですわ」

 

 そこから少しだけ沈黙。

 エンジン音とタイヤの音だけが続く。

 

 命が窓の外を見て、ぽつりと言った。

 

「……また行きたいです」

 

 俺はすぐ返す。

 

「行こう」

 

 命は頷く。

 

「はい」

 

 恵が小さく笑った。上品に。

 

「ええ。次は、さらに良くしますわ」

 

「段取りだな」

 

「ええ。次も気持ちよく回しますわ」

 

 恵は即答して、口元をきれいに緩めた。

 楽しそうに言うから、こっちも笑う。

 

 道がだんだん暗くなる。

 街灯が減って、家の数も減る。

 空が広く見えるようになってくる。

 

 この辺りから、空気が変わる。

 御堂家へ戻る空気だ。静かで、整っていて、余計なものがない。

 

 門が見える。

 御堂家の敷地の入口。いつもの灯り。

 

 門をくぐった瞬間、音が変わる。

 外の雑音が消える。砂利を踏む音だけが残る。

 この静けさが、御堂家だ。

 

 車は屋敷本邸の前を通り、別棟の方へ回る。

 灯りは落ち着いていて、庭の木が影を作っている。

 

 車が止まる。

 恵が先に降りて、後部座席のドアを開けた。

 

「お帰りなさいませ。……と言うのも変ですわね。共に帰っているのですから」

 

「変だな」

 

 俺が言うと、恵は上品に笑った。

 

 命が降りる。

 紙袋を抱え直して、玄関の灯りを見る。

 

「……帰ってきました」

 

「帰ってきた」

 

「はい」

 

 命はそれだけ言って、俺の腕に絡む。

 外で当たり前にしていたことを、ここでも当たり前にする。

 

 恵が鍵を開けて、扉が静かに開く。

 中の空気は、落ち着いている。

 パークの匂いが消えて、家の匂いに戻る。

 

 靴を脱いで、荷物を置く。

 紙袋が床に並ぶ。今日の“残り”が形になる。

 

 結陽の杖チャーム、レンの資料集、ゆきのメモ帳。

 命のポストカード。俺のしおり。

 そして、恵の小物袋。

 

 恵がそれを一度だけ見て、口元をきれいに緩めた。

 満足してる顔だ。

 

「……良い日でしたわ」

 

「良い日だった」

 

 俺が言うと、命も頷いた。

 

「はい。良い日でした」

 

 そのまま、命が俺の袖を引く。小さく、でもはっきり。

 

「ハヤトさん。……次も」

 

「行く」

 

「はい」

 

 短い。

 でも、次の約束には十分だった。

 

 恵が扇子を置いて、言い切る。

 

「では、お風呂と荷解きですわ。明日からの日常も崩しません」

 

 恵が上品に笑って、先に廊下へ向かった。

 

 命は俺の腕に絡んだまま、少しだけ息を吐く。

 外の光はもうない。

 でも、今日の光はまだ残っていた。

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