土曜の朝は早い。
制服じゃない。私服でもない。撮影用の服に袖を通す。
鏡の前で髪を整えていると、母さんが台所から顔を出した。
「朝ごはん、持っていく?」
「食べる。時間まだあるし」
家を出る直前、命が廊下に立っていた。
今日は腕を組まない。見送りの距離だ。
「……行ってらっしゃい」
「行ってくる」
命が一拍置いて言う。
「無理は、しないでください」
「しない」
短く返して靴を履く。
外に出た瞬間、頭が仕事の形になる。
☆
スタジオに着くと、空気が変わる。
白い壁。ライト。レフ板。人の声が切れない。
でも騒がしいというより、手順が早い。
「ハヤト君、おはよう」
浅野さんが来た。呼び方はいつも通りだ。
「おはようございます」
「今日はスチールだけ。午前は制服、午後は私服。表情のパターンも撮る」
「分かりました」
メイクが入って、髪が整う。
服が変わるだけで、体のスイッチが切り替わる。
撮られるのは慣れてきた。
でも“慣れ”は油断と違う。ここは毎回ちゃんとやる。
カメラマンが言う。
「まず正面。目線こっち。笑わなくていい、軽くで」
シャッター音が続く。
止まらない。数が必要だ。
合間に水を飲んでいると、浅野さんが横に来た。
「この後のスケジュールなんだけど――」
俺は先に言った。
「しばらく入れられません。学校優先にします」
浅野さんが一瞬だけ止まって、それから頷いた。
「分かった。正しい。今日だけきっちり終わらせよう」
「はい」
それで十分だ。
切らない。濁さない。ちゃんと線を引く。
☆
午後。
私服の撮影に入る。雰囲気が少し柔らかくなる。
“笑って”と言われるカットが増える。
「もう少しだけ口角上げて。そう、それ」
シャッター音。
ライトの熱。
一日が短く感じる。
最後のカットが終わって、スタッフが拍手みたいに手を叩く。
「お疲れさまでした!」
「お疲れさまでした」
俺は頭を下げて、荷物を持つ。
外に出た瞬間、風が冷たくて現実に戻る。
今日はこれで終わり。
ここからしばらく、学校に戻る。
☆
スタジオを出ると、外の空気が涼しかった。
ライトの熱がまだ肌に残っていて、風がそれを一気に冷ます。
車に乗って、窓の外を流れる景色を見る。
街は普通に動いている。俺だけが少しだけ遅れて戻っていく感じがする。
スマホが震えた。
母さんからの短いメッセージだ。
『お疲れ。ごはんあるよ』
俺は短く返す。
『帰る』
それだけで十分だった。
☆
家の門を抜けると、音が変わる。
外の音が薄くなって、砂利を踏む音だけが残る。
仕事の空気が静かに剥がれていく。
玄関の灯りの下に、命が立っていた。
見送りの時と同じ距離。
でも目は、ちゃんとこっちを見ている。
「おかえりなさい」
「ただいま」
俺が靴を脱ぐと、命は一歩だけ近づいた。
腕は組まない。今日はまず、帰ってきた顔を確かめるみたいに見る。
「……疲れましたか」
「疲れた」
正直に言うと、命の表情が少しだけ柔らかくなる。
「お茶、淹れます」
「頼む」
命は頷いて、台所へ向かった。
その背中が落ち着いていて、家に戻ったと分かる。
居間に入ると、母さんがちょうど皿を並べていた。
「おかえり。どうだった?」
「終わった」
「そりゃそうよ。顔、ちゃんとしてるじゃない」
母さんは笑って、それ以上は聞かない。
余計な心配も、余計な詮索もしない。ありがたい。
命が湯呑みを持って戻ってきた。
湯気が立つ。香りが落ち着く。
「どうぞ」
「ありがとう」
俺は湯呑みを受け取って、一口飲んだ。
熱が喉を通ると、肩の力が少し落ちた。
命が俺の横に座る。
今日は腕を組むんじゃなく、膝の上に手を置くだけ。近いのに静かだ。
浅野さんから着信が来た。
俺は廊下へ出て、電話に出る。
「もしもし」
『ハヤト君、今日は助かった。最後に一点だけ確認』
「はい」
『次の話、いくつか来てるけど、当分は学校優先でいいな?』
「はい。しばらく入れられません」
『分かった。じゃあ、落ち着いたら声かける。お疲れ』
「ありがとうございました」
切る。
それで終わりだ。
☆
居間に戻ると、命がこちらを見た。
聞いてないふりをしてるけど、目で分かる。どうだった、って。
「当分、休みだ」
俺が言うと、命ははっきり頷いた。
「……はい」
母さんが皿を置いて言う。
「よし。じゃあ食べて、風呂入って、寝なさい。明日からは学生ね」
「分かった」
俺が答えると、母さんは満足そうに頷いた。
命は一拍置いて、小さく言った。
「……お疲れさまでした」
「ありがとう」
飯を食べ終えて、箸を置く。
母さんが片付けに立つのを見て、俺も立ち上がった。
「綾乃母さんのところ、寄ってくる」
「行っておいで」
母さんはそう言って、手を動かし続けた。
家の流れが戻っている。
廊下を歩いて、本邸の方へ向かう。
夜の家は静かだ。
昼のスタジオの音が、遠くなる。
戸の前で一度だけ止まって、ノックした。
「綾乃母さん」
「どうぞ」
部屋に入ると、灯りが落ち着いていた。
綾乃母さんが座っていて、近くに菜桜がいる。
春雅は寝ているのか、布団の方が静かだ。
「おかえりなさい、ハヤト君」
「ただいま戻りました」
綾乃母さんは俺の顔を見て、すぐ分かったみたいに言う。
「お仕事、終わったのね」
「終わりました」
「お疲れさま」
その一言が、今日一番効いた。
俺は短く頷いた。
菜桜がこちらに気づいて、小さく声を出す。
呼ぶみたいな音だ。
綾乃母さんが笑って言う。
「ほら。来たって分かってる」
「抱きます」
「お願い」
綾乃母さんが菜桜を渡してくる。
受け取った瞬間、菜桜の顔が変わる。
嬉しい時の顔だ。
手が俺の服を掴む。
小さく足が動いて、落ち着く場所を探して、見つけたら止まる。
「……落ち着いた」
俺が言うと、綾乃母さんが口元を柔らかくした。
「うん。ハヤト君だと安心するのね」
その言い方が、まっすぐだった。
俺は菜桜の背中を軽く支える。一定に。
それだけで菜桜は静かになる。
綾乃母さんが布団の方を見て、小さく言った。
「春雅も、さっきまで起きてたのよ」
「今は寝てますか」
「寝た。頑張ったみたい」
綾乃母さんの声が少しだけ優しくなる。
母親の声だ。
菜桜が俺の胸元に頬を寄せて、目を細めた。
小さな温度が、今日の疲れをほどいていく。
綾乃母さんがぽつりと言う。
「こういう時間、嬉しい」
「俺もです」
俺がそう返すと、綾乃母さんは少しだけ驚いた顔をして、すぐ笑った。
「ふふ。じゃあ、今日はよく頑張りましたね」
菜桜を綾乃母さんに戻すと、菜桜は名残惜しそうに小さく声を出した。
でも綾乃母さんの胸元に収まると、すぐ落ち着く。
「ありがとう」
綾乃母さんが小さく言う。
「こちらこそ」
俺が丁寧に返して、部屋を出ようとした瞬間だった。
「ハヤト君」
呼ばれて振り返る。
綾乃母さんは菜桜の背中を軽くさすりながら、声を落とした。
「今、2人とも寝ますので……少しだけ、ここにいてください」
「はい」
☆
綾乃母さんが俺を見る。
それから、丁寧に言った。
「……お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
「今日は、ちゃんと帰ってきてくれたのですね」
「帰ってきました」
綾乃母さんの口元が柔らかくなる。
「そういう返事、好きです」
言い切ってから、少しだけ息を吐く。
照れを隠さない。
「お仕事、しばらく休むのでしょう」
「はい。学校優先にします」
「良かったです」
即答だった。
綾乃母さんは一拍置いて、続ける。
「無理をしてほしくありません。……私は、そういうのが一番嫌です」
「無理はしませんよ」
俺が言い切ると、綾乃母さんは小さく頷いた。
「はい。信じます」
綾乃母さんは椅子から立って、俺の横に来た。
「……ねえ」
「はい」
綾乃母さんは俺の肩に手を置いた。触れているだけ。
「久しぶりに、2人きりですね」
「そうですね」
俺が言うと、綾乃母さんは小さく笑った。
「ふふ。こういう時間が……足りませんでした」
綾乃母さんは俺の隣に座る。肩が触れる距離。
綾乃さんの肩に手をまわし抱き寄せる
「……ハヤト君♡……好き♡」
もう片方の手で綾乃母さんの顎をもってキスをする。
綾乃母さんの手が俺の後頭部に回る。
深いキスで互いを求め合う
「……はぁ、女の部分が疼きます。子宮がキュンキュン来て、もう我慢できません。ベットに行きましょう♡」
綾乃母さんに急かすように手を引かれベッドに導かれていった。
男女比1対100の彼女たちの世界で
2026/08/18をもって、更新を停止いたします。
次の展開をどうしても描けず、筆を進めることが難しくなりました。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。