※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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27話 学校で

 昼のチャイムが鳴ると、教室の空気が一段ゆるんだ。

 椅子を引く音、笑い声、鞄を肩にかける気配が一斉に広がる。

 

「行こっか」

 

 レンがそう言って立ち上がる。

 俺と命、日和、恵もそれに続いた。

 

 食堂までの廊下は混んでいたが、もう立ち止まることは少ない。

 視線を浴びるのも、噂されるのも、今では背景みたいなものだ。

 

 空いているテーブルを確保して、弁当を広げる。

 自然と同じ配置になるのも、もう説明はいらなかった。

 

「今日は少し静かですわね」

 

 最初に口を開いたのは恵だった。

 扇子でも持っていそうな落ち着いた口調で、周囲を一瞥する。

 

「週の真ん中ですもの。皆さん、お疲れなのではなくて?」

 

「確かに」

 

 日和が頷く。

 

「テストもまだですし、逆に気が抜けてるのかも」

「それはあるかもね」

 

 レンが苦笑する。

 

「でも小テスト、来週あるじゃん、ちょっと憂鬱だなぁ」

「レンは分かりやすいな」

「苦手なものは苦手なの!」

 

 そんなやり取りに、命が小さく箸を動かす。

 会話を聞いているが、中心には入らない。

 

 恵はその様子をちらりと見てから、視線を俺に戻した。

 

「天城様――いえ、隼人様」

 

 名前呼びに直すのを、あえてはっきりと。

 

「週末は、何かご予定がおありですの?」

 

 唐突だが、逃げ場のない聞き方だった。

 

「……まあな」

「まあ、とは?」

 

 恵の問いに、少しだけ間を置く。

 隠すほどのことでもない……か。

 視線が集まっているのは分かっていた。

 

「週末、パートナーと出かける」

 

 一瞬、空気が止まる。

 

「まぁ旅行だな」

 

 言葉を足すと、恵の眉がわずかに動いた。

 

「……一泊、ですの?」

 

「その予定だ」

 

 恵は口を閉じ、箸を持ったまま動かない。

 計算が頭の中で走っているのが、手に取るように分かる。

 

「なるほど」

 

 そう言って、何事もなかったように弁当に視線を落とした。

 だが、その声音は、さっきより少しだけ硬い。

 

 その時だった。

 

「……え?」

 

 小さな声。

 

 向かいを見ると、命が箸を止めていた。

 珍しく、はっきりとこちらを見ている。

 

「旅行、ですか」

 

「ああ」

 

 短く答えると、命は一度視線を落とし、もう一度顔を上げた。

 

「……その、遠いんですか」

 

 意外な質問だったが、

 それ以上に――命の表情が、ほんの一瞬、固まっている。

 

「わからない」

 

 そう答えた途端、命の目がわずかに見開かれた。

 

「……パートナー、いらっしゃったんですね」

 

 確認するような声。

 否定される余地を、どこか期待していたようにも聞こえる。

 

「ああ」

 

 短く返す。

 

 命は一拍遅れて視線を落とし、箸を持ち直した。

 

「……そう、でしたか」

 

 それだけ言って、弁当に目を戻す。

 だが、箸先が止まったまま、しばらく動かない。

 

 驚き。

 そして、想定していなかった事実を飲み込もうとする、沈黙。

 

 恵が気づいたように、命を見る。

 

「御堂さん?」

「いえ」

 

 命は首を横に振る。

 

「何でも、ありません」

 

 そう言いながら、どこか落ち着かない。

 

 レンが空気を変えようと、軽く言った。

 

「へえ、旅行かあ。いいなあ。僕も澪さんを誘ってみようかな」

「いいんじゃないか」

「お二方はあまり女性に忌避感がないのですね」

 

 恵は驚いている。

 命は、もう一度だけ俺を見た。

 

 言葉はない。

 けれど、さっきまでとは違う何かが、確かにあった。

 ちょっと残念そうなのだろうか?命が反応するのは少し意外だった。

 

 食堂を出ると、昼休みの後半に入った校舎は少しだけ落ち着いていた。

 教室に戻るにはまだ早い。そんな空気を読んだように、レンが言う。

 

「屋上、行こっか。今日は風、気持ちよさそうだよ。

「賛成ですわ」

 

 恵が即答する。

 命は何も言わなかったが、否定もしなかった。

 

 階段を上がり、屋上の扉を押す。

 きしむ音と一緒に、外の光と風が流れ込んできた。

 

 和敬の屋上は、常時解放されている。

 事故防止のためのフェンスはあるが、閉塞感はない。

 むしろ、空が近い。

 

「うわ、いいねここ」

 

 レンがフェンスに近づき、腕を伸ばす。

 

「昼寝したら最高そう」

「やめてくださいませ。授業に戻れなくなりますわよ」

 

 恵がたしなめるが、声はどこか楽しそうだ。

 

 俺はフェンスから少し離れた位置で、コンクリートの縁に腰を下ろす。

 命は、少し遅れて隣に座った。

 距離は、昼よりもわずかに近い。

 

「屋上、使える学校って珍しいですよね」

 

 日和が周囲を見回しながら言う。

 

「前の学校は、立ち入り禁止でした」

「ここは割と緩いよな」

「男子が少ないから、問題も起きにくいのかもしれませんね」

 

 恵がさらりと言う。

 それが事実なのが、この学校だ。

 

 会話は他愛ない話に流れていく。

 授業のこと、先生の癖、次のテストの範囲。

 

 けれど。

 俺の隣で、命はあまり喋らなかった。

 

 視線は空に向いているが、どこか定まらない。

 フェンスの向こうを見ているようで、実際には見ていない。

 

「……風、強いですね」

 

 ぽつりと、命が言った。

 

「そうか?」

「はい。少し」

 

 俺が感じているより、彼女には強く感じるらしい。

 

 しばらく沈黙。

 

 恵はレンと日和を相手に話している。

 わざとらしいほど、こちらを見ない。

 

「さっきの話」

 

 命が、急に言った。

 

「さっき?」

「……いえ。何でもありません」

 

 言いかけて、引っ込める。

 その仕草が、やけに不器用だ。

 

「気になるなら、言えばいい」

 

 俺はそう言った。

 深い意味はない。ただ、思ったことを口にしただけだ。

 

 命は一瞬だけこちらを見る。

 

「……隼人さんは」

 

 名前を呼ぶ声が、少しだけ揺れた。

 

「いろんな人に、優しいんですね」

「そうか?」

「はい」

 

 レンはフェンスにもたれ、日和はその隣で空を見上げている。

 命は、静かに風に当たっていた。

 

 その中で、恵だけが――妙に落ち着いた顔をしていた。

 

「ところで」

 

 不意に、恵が口を開く。

 

「先ほどのお話ですけれど」

 

 全員の視線が、自然と集まる。

 

「旅館に一泊、ですのよね」

 

 確認するような口調。

 だが、答えはもう分かっているという目だった。

 

「まあな」

 

 俺が短く返すと、恵は小さく頷く。

 

「でしたら」

 

 そこで一拍置く。

 

「それは、“そういうこと”ですわよね」

 

 言葉を選んでいるのが分かる。

 けれど、誤魔化す気はない。

 

「パートナーとしての責務を、果たそうとしていらっしゃる」

 

 空気が、ほんの一瞬だけ静まった。

 

 レンは頬を染める、あの日の事を思い出しているのだろう。

 日和は困ったように微笑んだまま。

 命は、何も言わずに、ただ風に揺れるフェンスを見ている。

 

「まぁそうだな」

 

 俺はそう言って、軽く肩をすくめた。

 そして、小さく頷く。それだけで、十分だった。

 

「やっぱり」

 

 恵は、どこか納得したように息を吐く。

 

「立派なことですわ」

 

 皮肉でも、冗談でもない。

 素直な評価だった。

 

「その覚悟があるのなら」

 

 そこで言葉を切り、ふっと微笑む。

 

「なおさら、目が離せませんわね」

 

 チャイムが鳴る。

 昼休みの終わりを告げる音が響く。

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