──通学路/レンと一緒に
月曜の朝は、体より先に気持ちが追いつかない。
駅前のパン屋の前でレンと合流して、いつも通りの道を歩く。
空はやけに澄んでいて、昨日までが嘘みたいだった。
「……ねえ、ハヤト」
横を歩くレンが、前を見たまま聞いてくる。
「週末、どうだった?」
軽い調子。
でも、聞き方がいつもと違う。
知ってて聞いてるやつだ。
俺は正直に答えた。
「……すごかったぞ」
レンは足を止めなかったけど、少しだけ歩幅が乱れた。
「あの時みたいに?」
玲奈と澪とした時の事を思い出しているのだろう。
「ああ凄かったぞ朝までみっちりだ」
それから、少し間を置いて。
「そっか」
それ以上、踏み込んでこない。
変に茶化さないし、詮索もしない。
「疲れてる?」
レンが言う。
「いや。そんなことないぞ」
実際、体は普通だった。
むしろ充実した休日だった。
ホームに着くと、女子たちの視線が流れる。
レンが小さく息を吐く。
「……まあ」
それから、俺の方をちらっと見て、
「ハヤトなら大丈夫だよね」
それは信頼してる風だった。
俺は、うなずく。
「ああ」
電車が入ってくる音がして、会話はそこで切れる。
(……今日は、色々聞かれるかもな)
そう思いながら、俺は電車に乗り込んだ。
屋上には、いつもの顔ぶれが揃っていた。
レンはフェンスにもたれて空を見上げている。
日和は落ち着きなく視線を泳がせ、
命は、いつも通り背筋を伸ばしている。
恵は少し距離を取って腕を組んで立っていた。
全員、もう知っている。
それを前提にした空気だ。
「僕さ、今日正直ちょっと構えてたんだよね」
「何を?」
「週末明けで、どういう顔すればいいか分からなくて」
からかいはない。
ただの気遣いだ。
「でも」
レンは俺を一度見て、すぐ視線を外した。
「でも朝見たとき、いつも通りだったから、安心したよ」
「それならよかったよ」
日和が、待ってましたと言わんばかりに一歩近づく。
「ねえ、ハヤトくん」
声が弾んでいる。
「やっぱり……その……パートナーと、だったんだよね?」
興味は隠していないけど、
一線は越えない聞き方。
「まあ、うん」
それだけで、日和の目がきらっと光る。
「そっかぁ……」
余計なことは言わない。
でも、楽しそうなのが全部出てる。
命は何も言わない。
ただ、俺を見る視線が一瞬だけ止まった。
ほんのわずか。
感情を表に出さない命さんなりの、確かな反応。
そこで、恵が一歩前に出る。
姿勢を正し、丁寧に。
「……ハヤト様」
声は落ち着いているが、
ほんの少しだけ慎重だ。
「差し支えなければ、お伺いしても?」
全員の視線が、恵に集まる。
「週末、遥香様とご一緒されて……ハヤト様は、そのお時間をどのようなお気持ちで過ごされたのかしら」
一拍置いて、視線を外し、
「義務として、向き合われたのか。それとも……」
恵はゆっくりと俺に視線を戻す。
「ハヤト様ご自身が、進んで過ごしたいと感じられるお時間だったのか──」
声はあくまで柔らかい。
「そこを、少しだけお聞かせ願えればと」
「義務って感じじゃなかったよ」
俺は少しだけ肩をすくめて、正直に言った。
「進んで、過ごしたいと思えた」
言葉を選ぶように、一拍。
「楽しかったしさ。ちゃんと自分で選んだ時間だった」
大げさじゃない。
でも、ごまかしもない。
「だから……すごくよかったよ」
そう言うと、屋上の空気がわずかに動いた。
恵は目を伏せて、静かに微笑む。
「……そう」
満足したようでもあり、
まだ何か考えているようでもある。
俺の言葉を聞いて、
日和はぱちっと瞬きをした。
「……そっかぁ」
それだけ。
声は柔らかくて、
どこかあったかい。
「進んで、過ごしたいって思えたんだね。それなら……よかった」
評価でも、詮索でもない。
ただの受容。
日和はそれ以上踏み込まず、穏やかに微笑んだまま、空を見上げる。
「なんか……安心したな」
その一言で、屋上の空気が少しだけ、軽くなる。
命さんが、静かに口を開く。
「……そうですか」
短い。
それきり黙ってしまうかと思ったけれど、
ほんのわずか、間が空いた。
視線が、俺から外れる。
フェンスの向こう、校舎の屋根の方へ。
「……それなら」
声は落ち着いている。
いつもと同じ、理知的な調子。
「隼人さんは、ご自身の役目を……きちんと果たされた、ということですね」
確認するような言い方。
問いかけというより、整理。
「ああ。そうなるな」
そう答えると、命さんは一度だけ、ゆっくりと瞬きをした。
それ以上、何も言わない。
けれど──
そのまま動かなかった。
いつもなら、もう一歩引いて会話から外れるはずなのに。
今日は、そこに立ったまま。
日和が何か言おうとして、やめる。
恵も、命さんの様子を一瞬だけ見てから、口を閉じた。
沈黙。
やがて、命さんが小さく息を吸う。
「……立派だと、思います」
評価の言葉。
感情を包むための言葉。
「簡単なことでは……ないでしょうから」
そう言って、ようやく一歩、後ろへ下がる。
その動きが、ほんの少しだけ遅れていたことに、
俺だけが気づいた。
箸を持つ指が止まるみたいに。
言葉が一拍、遅れるみたいに。
命さんは、何事もなかったかのように視線を上げる。
「それでは……私は」
そのまま先に教室へと向かったのか先に屋上を離れていった。