四月の終わり。
体育館に、やけに人が多い。
身体測定。
毎年ある行事のはずなのに、今年は空気が少し違った。
理由は分かってる。
俺がいるからだ。
身長体重の列に並ぶだけで、女子の視線が集まる。
騒ぐわけでも、声を上げるわけでもない。
ただ、距離感が妙に慎重だ。
「次、天城」
名前を呼ばれて前に出る。
計測台に立つ。
姿勢を正せと言われて、素直に従う。
カチ、とバーが下りる音。
数字が読み上げられる。
「……記録、取れたな」
淡々とした声。
評価も感想もない。
表示された数字を、俺は一度だけ見た。
……あ。
頭の中で、去年の記憶と重なる。
はっきりした数値じゃない。
でも、感覚として分かる。
伸びてる。
靴を脱いで立った時の目線。
天井との距離。
ほんの数センチ程度の違いなのに、妙に実感があった。
そうか、と内心で思う。
成長してるんだな。
体重計に移る。
思ったより重たいのは筋肉のせいだろう。
終わって、記録用紙を渡される。
「次の検査は、クラスごとに案内するからな」
そう言われて列を外れる。
指定された場所に戻る途中、恵と目が合った。
恵は、にこりと笑う。
いつも通りの余裕のある表情だ。
「お疲れさまですわ、ハヤト様」
「まだ始まったばっかだろ」
「それでも、ですわ」
軽い会話。
けれど、その直後に、恵の視線が一瞬だけ俺の記録用紙に落ちた。
まぁ
その少し後ろで、命が静かに立っている。
レンがすぐ隣に来た。
「ハヤト、どうだった?」
軽い声が飛んでくる。
「どうって、普通だろ。測っただけだ」
「えー、でもさ」
レンは俺の顔をじっと見てから、にやっとする。
「なんか、堂々としてた」
「意味分からん」
「分かるでしょ」
そう言って、肩をすくめる。
「みんな、すごい静かだったし」
俺はタオルで首元を拭きながら、天井を見る。
「毎年こんなもんだろ」
「去年と違うよ」
即答だった。
「去年は、もう少しざわざわしてた」
「そうか?」
「そうだよ」
レンは足をぶらぶらさせながら続ける。
「今日はさ、静かすぎる」
「体育館だからだろ」
「ちがうって」
レンは楽しそうに笑う。
「ハヤトが前に出るたびに、みんな息止めてる感じ」
俺は小さく息を吐く。
「大げさだ」
「大げさじゃないよ」
レンはそう言い切ってから、少しだけ声を落とす。
「でもさ」
「ん?」
「ハヤトは、別に変わってないよね」
「そりゃな」
測られただけで、性格まで変わるわけがない。
レンはその答えに満足したのか、うんうんと頷く。
「だよね。だから安心した」
「何が」
「変に遠く行っちゃわないかなって」
その言葉に、少しだけ視線を向ける。
「行かない」
「即答だ」
「当たり前だろ」
レンはくすっと笑って、前の方を見る。
「じゃあさ、昼休み屋上行こ」
「弁当だろ」
「うん。今日はハヤトの席、確保しとくから」
「ありがと」
そんな会話をしているうちに、次の名前が呼ばれる。
視線は自然と前に戻る。
昼休み。
屋上は、風がちょうどいい。
いつもの場所に、五人で腰を下ろす。
俺は弁当箱を開きながら、さっきまでの体育館の空気を思い出していた。
「いやー、終わったね」
最初に声を出したのはレンだった。
恵が小さく息を吐く。
「身体測定、思ったより気を使いましたわ」
「そうですか」
命が静かに返す。
「まあ。ずいぶん落ち着いていらっしゃるのね」
「……そうでしょうか」
「ええ」
恵は頷いてから、さらりと続ける。
「身体測定のときも、ずっと平然としていらしたでしょう」
命は一瞬だけ、箸を止める。
「特に、理由はありません」
「まあ」
恵は小さく笑う。
「わたくしでしたら、あんなに近くにハヤト様がいらしたら、少しは意識してしまいますのに」
その瞬間、命の視線がわずかに揺れた。
「……」
答えない。
けれど、指先が箸を持ち直すのに、ほんの一拍遅れる。
「意識、なさらないのですか?」
恵はあくまで柔らかく、からかうように言う。
「御堂さんは」
「……」
命はしばらく黙ってから、静かに口を開いた。
「していない、わけでは……」
そこで言葉が切れる。
恵の眉が、楽しそうにわずかに上がった。
「あら」
「していない、わけでは……ない、です」
命は視線を伏せたまま、続ける。
その声は低く、抑えられている。
屋上の風が、少しだけ強く吹いた。
「えっと……」
日和が少し困ったように笑う。
「もう終わったことだし、気にしても仕方ないよ」
のほほんとした声で、場を包むように続ける。
「屋上、風が気持ちいいね。ごはんも美味しいし」
その一言で、空気がふっと緩んだ。
「そうね」
恵が肩の力を抜く。
命も、小さく頷いた。
その流れを見ていたレンが、弁当箱を持ったまま言う。
「なんかさ」
日和を見る。
「日和さんと一緒にいると、安心するね」
「……え?」
日和が瞬きをする。
さっきまでの、のほほんとした表情が、一拍遅れて変わる。
「え、えっと」
頬が、じわっと赤くなる。
「そ、そうかな……」
「うん」
レンは深く考えずに頷く。
「場が落ち着くっていうか」
「……」
日和は視線を下げて、照れたように笑った。
「ありがとう……」
昼休みは穏やかに流れていく