※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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49話 きちんとしたデート

 放課後の校門は、いつもより少しだけ騒がしかった。

 

 運動会が終わったばかりで、まだテンションの抜けきらない連中が多い。

 部活に向かうやつ、友達と寄り道するやつ、そのまま帰るやつ。流れはまちまちだ。

 

 俺は特に目的もなく、校門を抜けようとしていた。

 

「ハヤト様」

 

 後ろから、澄んだ声。

 

 聞き間違えるはずもない。

 

 振り返ると、恵が立っていた。

 背筋をまっすぐ伸ばし、いつも通りの落ち着いた佇まい。周囲が少しざわついているのに、そこだけ空気が違う。

 

「どうした」

 

「少し、お時間をいただけますかしら」

 

 お願いの形はしているが、遠慮はない。

 断られる前提で来ていない声音だ。

 

「いいけど」

 

 そう答えると、恵は小さくうなずいた。

 

「ありがとうございます」

 

 それから一拍。

 

「……以前、お話ししましたでしょう」

 

 俺の目を見る。

 

「“近いうちに、きちんと時間を取ってほしい”と」

 

 はっきりと、逃げ道を塞ぐ言い方。

 

「覚えてる」

 

 嘘だ完全に忘れていた

 恵は満足そうでも不満そうでもなく、ただ静かに微笑んだ。

 

「でしたら」

 

 少しだけ声を落として、

 

「今週の日曜日、お時間を空けておいてくださいませ」

 

 疑問形ではない。

 確認に近い。

 

「予定、あるか?」

 

「ありません」

 

 即答だった。

 

「ハヤト様のご都合が悪ければ、来週でも構いませんけれど」

 

 そう言いながらも、視線はまっすぐだ。

 

「今週でいい」

 

 そう返すと、恵はわずかに目を細めた。

 

「そう」

 

 それだけ。

 

「では、決まりですわね」

 

 念押しも、浮かれた様子もない。

 約束が成立した事実を、淡々と受け取るだけ。

 

「詳細は、後ほどお伝えしますわ」

 

 そう言って、恵はくるりと踵を返した。

 

 俺がついてくるかどうか、確認もしない。

 

 当然のように歩き出す背中。

 

 強引じゃない。

 でも、引く気もない。

 

 そんな歩き方だった。

 

☆

 

 日曜日の昼前。

 

 指定された場所に着いた俺は、少しだけ立ち止まって看板を見上げた。

 

 ――老舗喫茶・青鷺(あおさぎ)。

 

 年季の入った木製の扉に、控えめな金文字。

 流行りの店とは程遠いのに、不思議と“格”を感じる佇まいだった。

 

 時間ぴったり。

 

 中へ入ると、コーヒーの香りと、静かなクラシック音楽が迎えてくる。

 客層は年配が多く、声も低い。落ち着いた空気だ。

 

「こちらですわ」

 

 すでに席に着いていた恵が、静かに手を挙げた。

 淡い色のワンピースに、控えめなアクセサリー。派手さはないのに、妙に目に残る。

 

「早いな」

「待たせる趣味はありませんの」

 

当然のように言う。

 

 俺が向かいに座ると、店員がすぐに水を運んできた。

 

「いつものを」

 

 恵はメニューを見ずに言う。

 

「ハヤト様は?」

「じゃあ……コーヒーで」

「この店のブレンドは苦味が強めですわよ」

「それでもいい」

「そうですか」

 

 小さく頷くだけ。

 

 注文が済むと、恵は姿勢を整えたまま、窓の外を一瞬見た。

 

「ここは、祖母の代から使っているお店ですの」

「そうなんだ」

「家の者にとっては、社交場のようなものですわ」

 

 さらっと言う。

 

 自慢するでもなく、誇るでもなく。

 ただの事実として。

 

「騒がしい場所は、お好きではないでしょう?」

「そうかもな」

「でしたら、ちょうどよろしいかと」

 

 理由はそれだけ。

 

 店員がコーヒーと紅茶を運んでくる。

 カップの置き方まで、やけに丁寧だ。

 

 恵は角砂糖を一つだけ入れて、静かにスプーンを回す。

 

「……こうして向かい合って座ると」

 

 唐突に言った。

 

「きちんと“時間を取っている”感じがしますわね」

「それが目的だったんだろ」

「ええ」

 

 迷いなく肯定する。

 

「曖昧なまま、自然消滅のようになる関係は好みませんの」

 

 視線がまっすぐこちらを向く。

 

「私は、選ぶ時も、待つ時も、はっきりした方が楽ですわ」

 

 感情的な言葉じゃない。

 でも、強さはある。

 

「ハヤト様は、忙しい方ですもの」

 

「そうか?」

 

「そうですわ」

 

 恵は紅茶を一口飲む。

 

「“後で”ではなく、“約束した日”を作る必要がありました」

 

 責めない。

 縛らない。

 

 でも、流させない。

 それが恵のやり方だった。

 

 ふと思う。

 命は、隣に並んで距離を縮めるタイプだ。

 恵は、席を用意して向かいに座らせるタイプ。

 

 同じ「近づく」でも、やり方がまるで違う。

 

 コーヒーを一口飲んでから、俺は息をついた。

 

「……落ち着くな、ここ」

「でしょう?」

 

 恵は当然のように言う。

 

「騒がしい場所も悪くありませんけれど、長く話すには向きませんわ」

「長く話す前提なんだな」

「本日は、そういう日ですもの」

 

 即答だった。

 

 俺は小さく笑う。

 

「運動会の時と雰囲気違いすぎて、別人みたいだ」

「失礼ですわね」

 

 そう言いながらも、恵は気にした様子はない。

 紅茶を一口飲んで、カップを静かに戻す。

 

「ハヤト様は、あまり変わりませんわね」

「そうか?」

「ええ。走っていても、囲まれていても、今こうしていても」

 

 少しだけ視線を細める。

 

「大きくは変わりません」

「それ、褒めてる?」

「半分は」

「残り半分は?」

「……評価ですわ」

 

 どこまで本気か分からない言い方。

 

 店内には、スプーンの触れる音と、低い話し声だけが流れている。

 

「祖母の代から使っている店とは言え、こういう店、普段は来ないだろ」

「ええ。ですから今日は“体験”ですわ」

「何の?」

「私と過ごす時間の」

 

 さらっと言う。

 冗談なのか本気なのか、判断しづらい。

 

「大げさだろ」

「そう思えるくらいが、ちょうどいいのです」

 

 恵はそう言って、また紅茶を飲んだ。

 その横顔は、どこまでも落ち着いていて、余裕があった。

 

 ――この時点で、もうデートとしては十分成立している気もする。

 

 けれど恵は、まだ何も終わったつもりはないらしい。

 カップを置いて、静かに言った。

 

「さて」

「まだ続きがある顔だな」

「当然ですわ」

「……で、この後は?」

 

 そう聞くと、恵はわずかに口元を緩めた。

 

「次は、少し場所を変えますわ」

 

 当然のように。

 

「ハヤト様には、“きちんとしたデート”を体験していただきませんと」

 

 それが、冗談なのか本気なのか。

 判断がつかないところも含めて、恵らしかった。

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