昼休みのチャイムが鳴ると、俺とレンは揃って屋上へ向かった。
風が少し強いけど、空は高くて、日差しも悪くない。
「今日も混んでないね」
レンがフェンス際のベンチを指さす。
「ここでいいか」
「うん」
二人で腰を下ろして、それぞれ弁当袋を開く。
レンは相変わらず手際がいい。
包みをほどいて、蓋を並べて、箸を取るまでが早い。
「隼人の弁当、今日もうまそう」
「まぁ母さんの愛が詰まってるからな」
「ハヤトってホントお母さんのこと好きだよね」
「まぁ母さんも俺のパートナーだからな」
「ハヤトって女性なら本当に誰でもいいんだね」
「美人ならだ」
そう言って、自分の卵焼きを一口かじる。
しばらく、黙々と食べる時間。
風の音と、遠くのグラウンドの声だけが聞こえる。
レンが弁当のおかずを一つつまんで、空を見上げた。
「運動会終わると、急に静かになるよね」
「分かる」
「あんなに騒がしかったのに」
もぐもぐしながら言う。
「ちょっと寂しい」
「レンはイベント好きだもんな」
「うん。見るのも出るのも」
それから、俺の弁当をちらっと見る。
「隼人、唐揚げ多くない?」
「母さんの気分だ」
「いいなあ。交換しない?」
「卵焼き二切れなら」
「交渉成立」
レンは慣れた手つきで自分の弁当箱を寄せてくる。
唐揚げと卵焼きを交換。
「……こういうのも、なんか平和だよね」
「屋上弁当は定番だしな」
「だね」
一瞬だけ、間。
レンはフェンス越しに校舎を眺めながら言う。
「この時間、けっこう好き」
「昼休み?」
「うん。誰にも急かされないし」
「お前、意外とそういうの好きだよな」
「隼人ほど図太くないから」
「失礼だな」
「事実」
小さく笑う。
それからレンは箸を止めて、少しだけ声のトーンを落とした。
「……こうやって普通にしてる時が、一番安心する」
照れ隠しみたいに、すぐ弁当をつつく。
「この土日、僕もデート行ってきたんだ」
レンが、箸を持ったまま何でもないことみたいに言った。
「……急だな」
「澪と」
さらっと付け足す。
「パートナーの」
「ああ、あの人か」
おとなしめのお姉さんだったと思う。
「どこ行ったんだ」
「駅前の水族館と、フードコート最後に……ホテル」
「お前もやるじゃないか」
レンは少し照れたように視線を逸らした。
「いい雰囲気だったと思う」
思い出したのか小さく笑う。
「……変な言い方だけど、最初から落ち着いた」
箸で弁当のおかずをつつきながら続ける。
「澪、ほんと静かでさ」
「水族館でも、魚見てる時間の方が長かった」
「僕が何か話すとちゃんと聞くけど、自分からはあんまり話さない」
「でもね」
そこで少し言葉を探すみたいに、間を置く。
「僕が黙っちゃっても、急かさないんだ」
「視線も逸らさないし、“どうしたの”とかも言わない」
「ただ、待つ」
それだけ、って言い方だった。
「フードコートでもさ、隣に座って」
「僕がトレー持つの手間取ってたら、黙って受け取ってくれたり」
「ポテト落としそうになったら、拾って渡してきたり」
「……それだけ」
レンは弁当箱を見下ろす。
「でも、ちゃんと一緒にいるって感じがした」
「いい人だな」
そう言うと、レンはすぐ頷いた。
「うん僕、澪さんの事ちゃんと好きだった」
「で? ホテル行ったんだろ? どうだったんだ?」
「うん……喜んでくれたと思う」
「どんなプレイしたんだ?」
興味本位で聞いてみる
「ちょっと恥ずかしいけどハヤトならいいかな」
「それで?」
「前から抱き着きながらと澪さんの希望で後ろから」
「へぇ、レンにしては頑張ったじゃん」
「うん、ハヤトのお陰かな」
屋上の風が、フェンスを軽く鳴らした。
「隼人の周りの人たちってさ」
レンがぽつりと言う。
「みんな全然タイプ違うよね。玲奈さんは明るいし、命さんは静かで、恵さんは正面から来て」
そうまとめてから、少しだけ笑う。
「隼人は、どれが一番落ち着く?」
「さあな」
「ずるい答え」
そう言いながらも、レンは不満そうじゃなかった。
むしろ、少し安心したみたいな顔だった。
弁当もだいぶ減ってきた頃、レンがふと思い出したように言った。
「……そういえばさ」
「ん?」
「玲奈さん」
名前を出してから、少しだけ間を置く。
「隼人と、あの人ってさ……どうなったの?」
俺は一瞬考えてから、正直に答えた。
「……いや、あれ以来会ってない」
「え、そうなの?」
「連絡先は交換したけど、そのまま」
弁当の端を箸でつつく。
「正直、すっかり忘れてた」
「ひど」
レンが即座に突っ込む。
「いや、忙しかったし」
「言い訳」
「そうだな」
そう言いながら肩をすくめる。
「まあ……今度、時間作って会おうとは思ってる」
「今さら?」
「今さら」
レンは少し呆れた顔をしてから、くすっと笑った。
「玲奈さん、大人っぽかったもんね」
「落ち着いてたな」
「隼人の好みって感じ」
「決めつけるな」
「だってさ」
レンは弁当箱を閉じながら言う。
「話し方うまくて、距離の取り方もうまくて、年上で」
「でもさ」
レンは立ち上がりながら振り返る。
「誘うなら、ちゃんと誘いなよ中途半端が一番よくないから」
「誘うよ」
俺はうなずいた。
昼休み終了のチャイムが鳴る。
「じゃ、行こ」
「ああ」
階段へ向かうレンの背中は、どこか満足そうだった。