※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

52 / 238
52話 お詫びデート

 駅前の改札を出たところで、俺は足を止めた。

 スマホを見る。

 約束の時間まで、あと五分。

 レンに言われるまで、完全に記憶の奥に追いやっていた。

 

 ナンパされた日。

 落ち着いた声。

 距離の取り方がやたら上手かった年上の女性。

 

 ――玲奈。

 

 謝るつもりで誘った。

 

「隼人くん?」

 

 聞き覚えのある声。

 振り向くと、少し離れたところに彼女が立っていた。

 

 シンプルなワンピース。

 派手じゃないのに、やっぱり目に留まる。

 

「久しぶり」

 

「……ごめん。連絡しなくて」

 

 開口一番、それを言った。

 玲奈は一瞬だけ目を丸くしてから、ふっと笑った。

 

「若いし、忙しいし、色々あるでしょ」

 

 責める様子はない。

 だから余計に、申し訳なくなる。

 

「今日は、ご飯でいい?」

 

 そのまま二人で、駅近くの落ち着いた店に入った。

 

 個室じゃない。

 でも静かで、話しやすい席。

 

「改めて」

 

 俺は水を一口飲んでから言った。

 

「ごめん、……正直に言う」

 

 俺はグラスを置いて、玲奈を見る。

 

「忙しくて、完全に忘れてた。思い出したのも、つい最近、最低だよな」

 

 そのまま言った。

 

 玲奈は一瞬だけきょとんとした顔をして、それから小さく笑った。

 

「……なにそれ」

 

 呆れたというより、拍子抜けしたみたいな声。

 

「そんな顔して謝ること?」

「いや、普通に悪いだろ」

 

 肩をすくめる。

 

「私は怒ってないよ」

「むしろ」

 

 少しだけ視線を外して、また戻す。

 

「また誘ってくれたことの方が、嬉しかった」

 

「……は?」

 

「だって、忘れてたならそのまま一生会わなくてもおかしくなかったでしょ」

 

 あっさり言う。

 

「それなのに、わざわざ連絡してきた」

「それだけで十分」

 

 俺は少し黙る。

 

「優しすぎないか」

「大人だから」

 

 軽く笑う。

 

「それに、あの日のことも、別に重たい約束だったわけじゃないし」

「ナンパだったし」

「それでも覚えてて、今日呼び出したんでしょ」

「……まあ」

「ならいい」

 

 即答だった。

 

「忙しいのに時間作ってくれた方がポイント高い」

「減点より加点?」

「そうそう」

 

 冗談みたいに言う。

 

「だから謝罪は受け取るけど、気にしてない」

「むしろ」

 

 少しだけ声を落として、

 

「ちゃんと会おうって思ってくれたのが、嬉しい」

 

 大人の余裕そのものだった。

 

「じゃあ今日は、反省会じゃなくて普通にご飯ね」

「そうだな」

「その方が楽しいし」

 

 そう言って、メニューを開いた。

 料理が運ばれてきて、テーブルの上が少し賑やかになる。

 

「見た目、ちゃんとしてるな」

「味もちゃんとしてる店だよ、ここ」

 

 玲奈はそう言って、フォークを取った。

 

「こういうとこ、よく来るの?」

「仕事帰りとかね」

「仕事、何してるんだっけ」

「普通の会社で事務」

「……意外と普通だな」

「失礼」

 

 少しだけ口元を緩める。

 

「派手なの苦手だし。座って書類まとめてる方が性に合ってる」

「確かに、騒がしい場所は似合わない」

「でしょ」

 

 一口食べてから、頷く。

 

「……うん、美味しい」

「よかった」

「さすがだな、店選び」

「でしょ」

 

 少しだけ得意そうに笑う。

 グラスに手を伸ばしながら言う。

 

「ハヤトくんってさ」

「ん」

「変に気取らないよね」

「気取る理由ないし」

「そこが楽」

 

 さらっと言う。

 

「一緒にいて、気を使わなくていい」

「それ、デート的にどうなんだ」

「最高」

 

 即答だった。

 

「男性には気を使うものだっていうのが社会一般の常識だよ」

「……そっか」

「うん」

 

 少しだけ視線を細める。

 

「だから、また誘ってくれたのも嬉しかったんだと思う」

「忘れられてたのに?」

「そうだよ」

 

 あっさり言う。

 

「ちゃんと“今”会おうとしたんでしょ」

「まあな」

「それで十分」

 

 フォークを置いて、軽く笑う。

 

「次は忘れないでね」

「努力する」

「そのくらいでいいよ」

 

 変に期待もさせず、突き放しもしない。

 ただ、同じ速度で食事を続ける。

 それが、妙に心地よかった。

 

 食事を終えると、玲奈は小さく息をついた。

 

「ごちそうさま。やっぱりここ、外れないね」

「連れてきた側が言うか」

「言うよ」

 

 悪びれずに笑う。

 会計は玲奈がさっと済ませた。

 

「いいのか」

「いいよ、男に払わせるなんて恥をかいちゃうわ」

 

 店を出ると、夜の空気が少しひんやりしていた。

 駅までの道を並んで歩く。

 距離は近すぎず、遠すぎず。

 

「学校、大変?」

 

 玲奈が聞く。

 

「それなりに」

「若いと忙しいよね」

「玲奈も仕事あるだろ」

「まあ、書類と電話とコピーの山」

「想像できる」

「地味でしょう?」

 

 小さく笑う声。

 店を出て、道を並んで歩く。

 

「そういえばさ」

 

 玲奈が思い出したように言う。

 

「隼人、甘いの苦手?」

「好きだよ」

「でもさっきデザート残してた」

「量が多かっただけ」

「まぁ確かにあそこボリューミーだったよね」

 

 玲奈は小さく笑った。

 

「仕事してるとね、甘いものばっか差し入れで来るんだよ」

「太りそうだな」

「もう太れない年齢」

「自覚あるんだ」

「あるある」

 

 あっさり言う。

 

「若いって、それだけで羨ましい」

「そうか?」

「そう」

 

 即答だった。

 

「寝不足でも顔に出ないし」

「無茶しても、次の日どうにかなるし」

「そのうち分かるよ」

「脅すな」

「忠告」

 

 歩道橋の下をくぐる。

 

「学校ってさ」

 

 玲奈が続ける。

 

「楽しい?」

「まあ、それなりに」

「それなり、か」

「平和だとは思う」

「いいね」

 

 少しだけ声を柔らかくして、

 

「平和が一番」

「玲奈の職場は?」

「小さい戦場」

「大変そうだな」

「だから今日みたいなのが助かる」

「今日みたいなの?」

「仕事でもなく、気を張る相手でもなく」

「ただご飯食べて、歩いて、話すだけ」

「食べて、話すだけでいいの?」

「え?」

「食後の運動もかねてホテル行こ?」

 

 そう言ってホテルに向かいだす

 

「お詫びもかねて今日は沢山しよう」

「ハヤト君のそういう所ずるい」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。