※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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59話 打ち上げ

「では、打ち上げですわね」

 

 日和が小さく目を丸くする。

 

「うん、なんか……テストのこと忘れられそう」

 

 命は相変わらず無表情で、会話の輪の端にいる。

 けれど、離れてはいない。

 

 俺が命を見ると、命は一拍遅れて視線を返した。

 

「……行きますか」

 

 淡々とした声。

 でも、断らない。

 

 俺は軽く頷いた。

 

「行こう。打ち上げだ」

 

 レンがぼそっと言う。

 

「……隼人、テンション上がってない?」

「上がってる」

「言うんだ」

「テスト終わったからな」

 

 恵が満足そうに微笑む。

 

「では決まりですわ。参りましょう」

 

 屋上の風が背中を押すみたいに吹いて、俺たちはそのまま階段へ向かった。

 期末の重さを、少しずつ置いていくために。

 

 屋上を出て、駅前まで歩く。

 雨上がりのアスファルトがまだ少し湿っていて、靴の裏が軽く貼りつく感じがした。

 

「打ち上げって言っても、どこ行くの」

 

 レンが言う。

 

「カラオケ」

 

 恵があっさり答えた。

 

「え、もっとお嬢様っぽい所じゃないんだ」

 

「打ち上げですもの。庶民的な方が、気が楽でしょう?」

 

 恵がさらっと言うのが逆に面白い。

 日和も小さく頷いた。

 

「うん……それ、分かるかも」

 

 駅前の大通りを渡って、看板がでかい、いつものチェーン店に入る。

 放課後の学生でわちゃわちゃしてて、階段も廊下も騒がしい。

 

 受付の人が一瞬だけ固まったのは、まあ仕方ない。

 男が二人いるだけでこうなる世界だ。

 

「い、いらっしゃいませ……」

 

 恵が会員証を出して、慣れた手つきで手続きする。

 

「五人ですわ。二時間。ドリンクバーで」

 

 完全に慣れてる。

 

「恵、こういう店来るんだ」

 

 レンが半分驚いて言うと、恵は涼しい顔のまま。

 

「来ますわ。友人とも参りますし、家の者とも」

「家の者とカラオケって何」

「普通ですわよ」

 

 案内された部屋は、ちょっと狭めの普通の部屋。

 壁は薄そうだし、ソファも少しへたってる。机も小さい。

 

 でも、それがいい。

 

「うわ、学生の部屋って感じ」

 

 レンがソファに沈み込んで言う。

 

「学生だろ」

「そうなんだけどさ……テスト終わった後って、こういうのが一番効く」

 

 日和がドリンクバーのコップを持ちながら、控えめに笑った。

 

「分かる……ここなら、変に緊張しない」

 

 命は部屋に入って、端の席に座った。

 無表情。いつも通り。

 けど、ちゃんと来てる時点で“打ち上げ”に参加してる。

 

 恵がリモコンを手に取って、画面をつける。

 

「さあ、誰から?」

「恵さんでしょ」

 

 レンが言うと、恵は即座に首を振る。

 

「最初はレンですわ」

「なんで!?」

「空気をほぐす係ですもの」

「それ、僕の役なの……?」

 

 日和が小さく頷く。

 

「レンくん、たぶん向いてる」

「日和さんまで……」

 

 レンは観念して曲を入れた。

 よくある盛り上げ曲。イントロが流れた瞬間に、部屋が一気に“放課後”になる。

 

 レンの声は柔らかい。

 上手さより、聞いてて安心するタイプで、日和が自然に手拍子を始めた。

 

 恵もノリよく手を叩く。

 

「良いですわ。ちゃんと歌えてます」

「褒め方が先生みたい」

「事実ですもの」

 

 レンが歌い終わると、点数が出て、レンがちょっとだけ救われた顔をした。

 

「……九十ある。生きた」

「テストより点取ってるな」

「やめて」

 

 今度は俺じゃなくレンが俺に言った。

 

 笑いが小さく起きて、日和の肩の落ち方が少しだけ戻る。

 その小さな変化が、打ち上げの意味だ。

 

 次に日和が、遠慮がちにマイクを取った。

 

「……じゃあ、一曲だけ」

 

 選んだのは背伸びしてない曲で、部屋の空気がふわっと柔らかくなる。

 レンが横で小声で言う。

 

「日和さん、いいね」

「……ありがと。ちょっと緊張した」

 

 恵が満足そうに頷いた。

 

「そのくらいが可愛らしいですわ」

 

 そして、自然に残るのが命だった。

 

 命は無表情のまま、テーブルの上のマイクを見ている。

 歌いたいのか、歌いたくないのか、表情からは分からない。

 

 俺は軽く言った。

 

「命、無理ならいい」

 

 命は一拍置いて、小さく首を振った。

 

「……無理ではありません」

 

 そう言って、命はテーブルの上のマイクを手に取る。

 動きは静かで、迷いがないように見える。けど、指先がほんの少しだけ固い。

 

 恵がにこりとする。

 

「命さん、何を歌いますの?」

 

 命は画面を見て、少しだけ間を置いた。

 

「……知っている曲を」

「それが一番だよ」

 

 レンが助け舟みたいに言う。

 

 命は頷いて、曲を入れた。

 選んだのは、誰でも知っているような定番のやつ。テンポも遅めで、歌詞も素直。

 

 イントロが流れる。

 

 命は無表情のまま、息を吸って──歌い出した。

 

 ……音が、ずれた。

 

 ずれ方が、派手じゃない。

 でも、確実に“違うところ”にいる。

 

 レンが一瞬だけ目を丸くして、すぐに口を閉じる。

 日和も同じ。笑わない。笑えない。

 

 恵も表情は崩さない。

 崩さないけど、目だけがほんの少しだけ真面目になる。

 

 命は歌い続ける。

 

 音程は外れてる。

 でも、声は小さくて丁寧で、言葉の置き方は真面目だ。

 

 外れてるのに、ふざけてない。

 それが逆に、胸にくる。

 

 途中、少しだけ息が詰まりそうになる。

 命の視線が一瞬だけ揺れて、リモコンの画面に逃げかける。

 

 俺は、口を挟まない。

 変にフォローもしない。

 ただ、ちゃんと聞く。

 

 レンがそっと手拍子を入れた。

 上手いからじゃない。続けやすいように。

 

 日和も小さくそれに合わせる。

 

 恵は、歌詞が途切れそうなタイミングでだけ、さりげなく口を動かす。

 助けるというより、支える。

 

 命は音を外しながらも、最後まで歌い切った。

 

 曲が終わって、点数が出た。

 画面に出た数字は、正直、笑うしかないやつだった。

 

 命はそれを一度だけ見て、無表情のままマイクを机に置いた。

 逃げない。言い訳もしない。

 

「……どうでしたか」

 

 淡々。

 でも、答えを待つ間がほんの少し長い。

 

 俺は息を吐いて、素直に言った。

 

「下手だな」

 

 レンが吹き出しそうになって、口を押さえた。

 日和も目を丸くして、次にふっと笑った。

 

 命は表情を変えない。

 ただ、耳が少し赤い。

 

「……そうですか」

「そうだ」

 

 俺は即答してから、続けた。

 

「音、全部ずれてた」

 

 レンがとうとう耐えられず、声を漏らして笑った。

 

「ごめん、命さん、でも……うん、ずれてた……」

 

 日和もつられて笑う。

 

「うん、ちょっと……びっくりした」

 

 恵は口元に手を当てて、品よく笑った。

 

「ふふ。歌い始めた瞬間、全員の心が一つになりましたもの」

「どういう意味だよ」

 

 レンが笑いながら言うと、恵は涼しい顔で続ける。

 

「頑張れ、と」

 

 日和が小さく手を叩いた。

 

「それは、ほんとにそう」

 

 命は無表情のまま、黙ってる。

 笑われてるのに、席を立たない。マイクを投げない。

 

 俺は命を見る。

 

「で、本人はどう思ってた」

 

 命は一拍置いて、淡々と言う。

 

「……下手だと、思いました」

 

 レンがまた笑う。

 

「本人も分かってるんだ」

 

 命は小さく頷いた。

 

「……分かります。歌っている最中に、自分でも」

 

 その言い方が真面目すぎて、逆に面白くて、俺も少し笑った。

 

「じゃあ次、僕とデュエットしよ。ずれても僕が合わせる」

「合わせるな」

 

 俺が言うと、日和が笑いながら首を振った。

 

「でも、ちょっと楽しそう」

 

 恵が満足そうに頷く。

 

「打ち上げですもの。上手い下手より、笑えるかどうかが大事ですわ」

 

 レンが笑いながら手を挙げた。

 

「よし、じゃあ次は僕が変な曲入れる。全員で笑うやつ」

「やめろ」

「やめない」

 

 部屋がまた笑いで埋まった。

 命も表情は変わらないまま、でもその場にちゃんと残っている。

 

 それだけで、十分だった。

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