※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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60話 体が覚えてる

 俺はマイクを取って、リモコンをいじった。

 

「一曲だけな」

 

 そう言ったくせに、曲一覧を眺めてるうちに、指が勝手に動く。

 打ち上げってのは、こういう“自分に甘い日”でいい。

 

 最初に入れたのは、人気アイドルグループ、エターナルブルームの──新曲。

 

『Blooming Heart』

 

 イントロが流れた瞬間、レンが目を丸くする。

 

「え、隼人、それ行くの」

「行く」

「それ、最近のやつじゃん。難しくない?」

「好きだから入れた」

 

 恵が涼しい顔で頷いた。

 

「流行も押さえていらっしゃるのね」

 

 日和が小さく手を叩く。

 

「Blooming Heart、わたしも好き……」

 

 命は無表情のまま、画面を見ている。

 視線が外れないのが、妙に分かりやすい。

 

 歌い出すと、部屋の空気が変わった。

 狭いチェーン店のカラオケなのに、音だけがすっと整う。

 

 今世では、あんまり歌ってこなかった。

 

 それなのに。

 

 息の使い方が自然にできる。

 音程が外れない。

 リズムが遅れない。

 

 練習した覚えなんてないのに、体が知ってる。

 

 ──これ、たぶん前世だ。

 

 俺は勝手にそう結論づけた。

 前の世界の俺、きっと歌う機会が多かった。好きだったのか、得意だったのか、あるいはただ“歌うのが普通”の環境だったのか。

 

 曲が終わって、点数が出る。

 

「うわ」

 

 レンが声を漏らす。

 

「高っ……何それ」

「……え」

 

 恵が、珍しく目を丸くした。

 一拍遅れて、口元に手を添える。

 

「普通に……上手いですわね」

 

 言い方はいつものお嬢様口調なのに、声だけ少しだけ浮いている。

 本当に驚いた時のやつだ。

 

 日和も小さく頷いた。

 

「うん、聴いてて安心する」

 

 命は一拍置いて、淡々と言った。

 

「……上手いです」

 

 短い。

 でも、変に褒めない分、刺さる。

 

「ありがと」

 

 俺がそう返すと、命は何も言わない。

 ただ、ほんの少しだけ目が柔らかくなった気がした。

 

 レンがリモコンを奪う勢いで言う。

 

「じゃあ次も隼人。もう一回」

「お前が歌え」

「僕は今、隼人の喉に救われたい」

「意味わかんねえ」

 

 俺は笑って、次を入れた。

 J-POPの定番。誰でも知ってるやつ。メロが気持ちいいやつ。

 

 歌うたびに、部屋が“打ち上げ”になっていく。

 テストの重さが少しずつ薄れる。

 

 レンは合いの手を入れるのが上手い。

 日和は小さく手拍子して、時々ハモろうとして外して笑う。

 恵は歌詞を完璧に追えるくせに、あえて騒ぎすぎない余裕がある。

 

 命は相変わらず無表情だ。

 だけど、曲が変わるたびに画面を見る。

 俺の声が出るたびに、視線が一度だけこっちに来る。

 

 それが分かるから、余計に歌ってしまう。

 

「……隼人、何曲目?」

 

 レンが半笑いで聞く。

 

「知らん」

「知らんのに入れ続けてるの」

「打ち上げだろ」

 

 恵がくすっと笑った。

 

「よろしいですわ。今日はそういう日ですもの」

 

 俺はさらに曲を入れた。

 アップテンポ、しっとり、夏っぽいやつ、少し懐かしいやつ。

 

 歌ってるうちに、変な確信が増していく。

 

 今世の俺は、歌を歌ってはこなかった。

 でも、喉も体も、歌い方を忘れてない。

 

 忘れてないどころか、最初から出来る。

 

 ──やっぱり前世の俺、歌がうまかったんだろうな。

 

 そんな結論、証拠なんてない。

 でも、こういう時だけは信じたくなる。

 

 曲が一区切りついたところで、俺は息を整えた。

 

「……次、誰歌う」

 

 レンが即答する。

 

「命さん」

 

 命が淡々と言った。

 

「……やめてください」

 

 即座に拒否されて、レンが笑う。

 

「冗談冗談。じゃあ日和さん!」

 

 日和が小さく手を振る。

 

「えっと……一回休憩してから……」

 

 恵が涼しい顔でドリンクを飲む。

 

「ではその間、ハヤト様にもう一曲お願いしても?」

「お前も俺を働かせる側かよ」

「打ち上げですもの」

 

 俺はマイクを持ち直した。

 結局、こういう庶民的なカラオケが一番楽だ。

 

 狭い部屋で、安いドリンクで、くだらなく笑いながら、歌うのが楽しい。

 レンがリモコンを振る。

 

「ねえ隼人、これさ、マジでアイドルになれるんじゃない?」

「は?」

「だってこの世界、男子が歌って上手いって、かなり強いでしょ」

 

 日和も小さく頷く。

 

「うん……ステージに立ったら、すごいことになりそう」

 

 命は無表情のまま。

 でも、視線だけが一度だけ俺の喉元に落ちて、すぐに戻った。

 

 俺は笑って否定しようとして、やめた。

 否定するほど根拠もないし、可能性としては確かにある。

 

 ──アイドル。

 選択肢として、ゼロじゃない。

 

 俺が歌って、人が熱狂して、名前を呼ぶ。

 それは、この世界なら現実的だ。

 

 けど。

 

 想像した瞬間、胸の奥が少しだけ嫌な感じに冷えた。

 

 知らない人の前で歌うのは、嫌だ。

 

 褒められるのは嫌いじゃない。

 上手く歌えた時の気持ちよさも分かる。

 

 でも、知らない人の前で歌うのは……あんまり好きじゃない。

 

 ただ、じゃあ表に出るのが全部嫌かと言われると、そうでもない。

 少なくとも今はやりたいとは思わない。

 

 母さんのやっている俳優とか、やってみたいと思う。

 誰かになって、誰かの言葉を借りて、物語の中で生きる。

 そういうのなら、一度くらい挑戦してみたい。

 

 俺はマイクを机に置いて、軽く言った。

 

「アイドルはやめとく」

 

 レンが目を丸くする。

 

「え、なんで」

「めんどい」

「めんどいで片付けるの!?」

「知らないやつの前で歌うの、嫌だし」

 

 それを言うと、日和が「分かるかも」って顔になる。

 

「うん……みんなの前って、ちょっと怖いよね」

 

 恵は少し考えてから、ふっと笑った。

 

「趣味のまま、ということですわね」

「そう」

 

 俺は頷く。

 

「こういう時に、友達の前で歌うくらいでいい」

 

 レンが不満そうに唇を尖らせた。

 

「もったいない……」

「もったいなくていい」

 

 命が、淡々と一言だけ落とした。

 

「……それが、ハヤトさんらしいです」

 

 短い。

 でも、その言葉が妙にしっくりきた。

 

 俺は少しだけ笑って、リモコンを取る。

 

「じゃあ次。趣味の続きだ」

 

 打ち上げは、まだ終わらない。

 

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