※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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62話 レンの相談

 放課後。

 教室のざわつきが少し落ち着いた頃、レンが俺の机の横に立った。

 

「隼人」

「ん」

 

 レンは周りを一度だけ見て、声を落とす。

 

「……屋上、来て」

「今?」

「今」

 

 言い切り方が珍しく真剣で、俺はそれ以上聞かずに立ち上がった。

 

 階段を上る。

 夕方の校舎は、昼より静かだ。足音が少しだけ響く。

 

 屋上の扉を押すと、湿った風が顔に当たった。

 空は曇っていて、夕焼けにもなりきらない中途半端な色。

 

 レンはフェンス際に立っていた。

 いつもなら先に一言ふざけるのに、今日はそれがない。

 

 俺が隣まで行くと、レンはしばらく黙って、指でフェンスをなぞった。

 

「……ごめん、急に呼んで」

「別に。何だよ」

 

 レンは一回だけ深呼吸して、俺を見た。

 弟っぽい顔のまま、目だけが少し大人になってる。

 

「隼人さ」

「うん」

「……相談していい?」

「内容による」

「恋愛」

 

 即答だった。

 俺は一瞬だけ眉を上げる。

 

「お前が?」

「そう。僕が」

 

 レンは笑わない。

 その代わり、少しだけ困った顔をする。

 

「……僕、日和さんのこと」

 

 そこで一拍。

 言葉を探すみたいに視線を落とす。

 

「いいなって、思ってる」

 

 風が吹いて、レンの前髪が揺れた。

 その揺れの方が落ち着いて見えるくらい、レンの声は真面目だった。

 

 俺は短く言った。

 

「へえ」

「へえって何」

「意外じゃない」

 

 レンが目を丸くする。

 

「意外じゃないの?」

「一緒にいると安心するとか言ってただろ。日和も反応してた」

「……見てたんだ」

「見てた」

 

 レンは小さく笑って、すぐ真面目な顔に戻った。

 

「でもさ、僕、どうしたらいいか分かんない」

「告れ」

「雑」

「お前が呼び出したんだろ」

「そうじゃなくて……」

 

 レンはフェンスにもたれて、言葉を選ぶ。

 

「日和さんって、優しいし、ちゃんとしてるし……でも、僕が踏み込むと迷惑かなって思う時があって」

「迷惑かどうかは日和が決める」

「それはそうなんだけど……」

 

 レンは唇を噛んで、視線を上げた。

 

「僕、日和さんのこと、好きって言うのが怖い」

「理由は」

「……変わっちゃいそうで」

 

 小さい声。

 でも、正直だった。

 

「今のまま、隣にいられるのが好きなのに、言ったら崩れるかもって」

 

 俺はそれを聞いて、少しだけ頷いた。

 

 レンは臆病じゃない。

 ただ、壊したくないものがあるだけだ。

 

「じゃあ、言い方を変えてみたらどうだ」

「どんな?」

「順を追って告白するんだ」

 

 俺はレンを見て、淡々と言った。

 

「好きです、じゃなくていい。まずは、日和と一緒にいると落ち着くって言え」

 

 レンが目を瞬かせる。

 

「……それ、言ったことある」

「もう一回言え。今度は“ちゃんと”言え」

「ちゃんとって?」

「曖昧に流さずに。日和の目見て、そして次にこの先ずっと傍ににいてくれないかって言えばいい」

「最後の一押しに好きだと伝えるんだ」

 

 レンが少しだけ赤くなる。

 

「……むずい」

「むずいなら練習だ」

「隼人と練習しても意味なくない?」

「意味ある。言えるか言えないかは練習で変わる」

 

 レンはしばらく黙って、風の音だけが間に入った。

 

「……隼人」

「ん」

「隼人って、こういう時、迷わないよね」

「迷うよ」

「え、迷うの?」

「迷っても動く」

 

 レンが笑って、少しだけ肩の力が抜けた。

 

「……僕も、動いた方がいい?」

「動け」

 

 俺は短く言う。

 

「日和は逃げないタイプだ。お前が変にビビって距離取ったら、日和の方が不安になる」

 

 レンが小さく頷いた。

 

「……うん」

 

 そして、ぽつりと聞いてきた。

 

「じゃあさ、僕、いつ言えばいい?」

「早い方がいいとは思うけど」

「早いっていつ」

 

 俺は少し考えてから言った。

 

「夏休み中だな」

 

 レンが目を丸くする。

 

「……ハヤトが言うからてっきり明日にでもって言うかと思った」

「さすがに明日は無いだろ」

「ムードは作った方がいい、夏休みは時間がある。二人きりのタイミングも作りやすい」

「でも、長くない? 待てるかな」

「待てないなら、待てないって顔に出る」

「出ないよ」

「出る」

 

 レンがむっとする。

 

「……出ないってば」

「出る。お前はそういうの隠せない」

 

 レンは口を尖らせて、でもすぐ真面目な顔に戻った。

 

「じゃあ、夏休み中に……二人で」

「そう。日和が落ち着いてる日を選べ」

「落ち着いてる日……」

「追試とか補習の前後はやめとけ。余計な不安が混ざる」

「……なるほど」

 

 レンが頷いて、少し間を置いた。

 

「でもさ、僕、こういうの……段取りが分かんない」

「段取り?」

 

「誘い方とか、場所とか、言い方とか……日和さんって優しいから、僕が変なこと言ったら気を遣わせそうで」

 

 俺は短く息を吐いた。

 

「そういう時は、相談役を立てろ」

「誰」

「恵」

「……恵?」

「お前、恵のこういうとこ侮ってるだろ」

「侮ってないけど……恵に恋愛相談って、怖くない?」

「あれでいてちゃんと頼りになるさ」

「まぁ恵さんとは親友なんだっけ」

「だから効く」

 

 レンが苦い顔をして、でも逃げない。

 

「……恵って、絶対茶化さない?」

「茶化す時は茶化す。けど、やる時はやる」

 

 俺はスマホを取り出して、恵に短くメッセージを打った。

 返事は早い。

 

『屋上ですの? すぐ行きますわ』

 

 俺は画面をレンに見せる。

 

「呼んだ。待ってろ」

「え、今呼ぶの!?」

「相談するなら早い方がいいって言っただろ」

「さっき夏休み中って言ったじゃん!」

「告白が夏休み中。相談は今だ」

「……理屈で殴ってくる……」

 

 レンがぼそっと言ったところで、屋上の扉が開く音がした。

 

 軽い足音。

 振り向くと、恵が涼しい顔で入ってくる。

 

「お呼びですの?」

 

 状況を見た瞬間、恵の目が細くなる。

 面白いものを見つけた時のやつだ。

 

「……まあ。二人きりで屋上。珍しいですわね」

「で、ハヤト様。今日は何のご用件ですの?」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「レンの恋愛相談」

 

 恵の眉が、ほんの少し上がる。

 

「……あら」

 

 そして、視線がレンに移る。

 レンが観念したみたいに、小さく言った。

 

「……日和さんのこと、いいなって思ってる」

 

 恵は一拍置いてから、口元を押さえて笑った。

 

「ふふ。よろしいですわね」

「笑うなよ……」

「笑ってませんわ。微笑んでいるだけですもの」

 

 恵は涼しい顔に戻って、椅子代わりにフェンスへ軽く腰を預けた。

 

「では、夏休み中に動く、ということですわね」

「そう。それで、恵に段取りを相談しろって話」

 

 恵は頷いて、レンを見る。

 

「よろしいですわ。レン、逃げませんわね?」

 

 レンが小さく唸る。

 

「……逃げない」

「良い返事ですわ」

 

 恵の声が少しだけ真面目になる。

 

「日和は、優しいですもの。だからこそ、曖昧にすると不安になりますわ」

 

 レンが目を瞬かせた。

 

「……曖昧にしない」

「ええ。そこだけは、必ず」

 

 恵はそう言ってから、一拍置き、指先で髪を整えるような仕草をした。

 いつもの余裕の顔に戻っているのに、目だけが妙に仕事の顔になる。

 

「こちらで、整えておきますわ」

 

 レンがきょとんとする。

 

「整えるって……何を?」

「必要なものを、ですわ」

 

 それ以上は言わない。

 言わないのに、もう決めた感じだけは伝わってくる。

 

 俺はそれを見て、内心で息を吐く。

 

 ──恵は、こういう時“場所”から作るタイプだ。

 相手が迷わないように、逃げ道がないように、でも重くならないように。

 きっと、いつものメンツが安心して集まれる形にしてくる。

 

 しかも、ただのカラオケや喫茶店じゃない。

 日常から少しだけ離れた、ちゃんと気持ちが動く場所を。

 

 恵はレンを見て、微笑んだ。

 

「レンは、やることだけやってくださいませ」

 

 レンはまだ状況が飲み込めていない顔で、それでも小さく頷いた。

 

「……うん」

 

 俺は肩をすくめる。

 

「まあ、恵に任せとけ」

 

 恵が満足そうに頷く。

 

「ええ。任されましたわ」

 

 その言い方だけで、もう“何か”が仕込まれたのが分かった。

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