※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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64話 夏休み突入

 終業式が終わって、夏休みが始まった。

 

 ……と言っても、気分だけで飛び出せるほど甘くない。

 まず机の上に置かれた宿題の束が現実を殴ってくる。

 

 俺は家に帰るなり、鞄からプリントを全部出して並べた。

 国語、数学、英語、理科、社会。自由研究も混ざってる。

 

「……二日で終わらせる」

 

 誰に言うでもなく呟いて、ペンを持つ。

 溜めると、絶対だるくなる。夏休みってのはそういうものだ。

 

 こういうのは、やる時にやった方が、残りが気持ちいい。

 

 初日は、とにかく量を潰した。

 単純作業系のプリントは一気に終わらせる。計算も英単語も、手を止めない。途中でレンから「遊ぼう」ってメッセージが来たけど、無理だと返した。

 

 二日目は、残りの面倒なやつ。

 感想文系は最初に骨組みだけ作って、後は流れで書く。社会のまとめは、期末でやった範囲が頭に残ってるうちに片付ける。

 

 昼過ぎに最後の一枚を終えて、ペンを置いた。

 

「……終わり」

 

 拍子抜けするくらい、あっさりだった。

 テスト期間に比べたら、どうってことない。

 

 宿題の束を二日で片付けて、机の上が一気に軽くなった。

 

 ……と思ったら、まだ一枚だけ残ってる。

 自由研究。

 

 だが材料は事前に注文してある。

 俺には前から決めてた案がある。

 

「塹壕ラジオ、作るか」

 

 残後ラジオとは電池も電源も使わず、受信した電波のエネルギーだけで音を鳴らすラジオの事だ。

 戦場の塹壕で兵士がこっそり作って聴いていたことから、”塹壕ラジオ”と呼ばれるようだ。

 

 材料は、もう揃えてある。

 エナメル線、紙筒、ゲルマニウムダイオード、クリスタルイヤホン、クリップ、ネジ、ヤスリ。

 アンテナ用の線と、アース用の金具も。そして土台の木板

 

 こういうのを準備しておくのが、俺だ。

 

 机の上に並べると、ちょっとだけ気分が上がる。

 

「……よし」

 

 まずはコイル。

 紙筒にエナメル線を巻いていく。隙間を作らず、同じ力で、淡々と。

 単純作業なのに、妙に落ち着く。

 

 巻き終わったら、端の被膜をヤスリで削って導通を取る。

 クリップでタップを作って、どこで一番音が取れるか調整できるようにした。

 

 次はダイオード。

 向きだけ間違えないように、慎重に繋ぐ。

 

 アンテナは窓際に伸ばして、アースは金属に落とす。

 最後にイヤホン。

 

 全部つないで、耳に当てた。

 

「……」

 

 最初は、何も聞こえない。

 当然だ。こういうのは一発で決まらない。

 

 クリップの位置を少しずつずらす。

 アンテナの向きも変える。

 息を止めるみたいに、耳を澄ます。

 

 そして、不意に。

 

「……っ」

 

 雑音の向こうで、かすれた声が入った。

 小さい。でも確かに、人の声だ。

 

 俺は思わず、笑ってしまった。

 

「聞こえた」

 

 電池なしで。

 ただ拾って、音にしただけ。

 

 自由研究って、こういうのなら悪くない。

 

 俺は用紙を引っ張り出して、工程をまとめ始めた。

 最後に一行だけ、素直に書く。

 

「見えない電波が、音になるのが一番すごい」

 

 宿題は終わった。

 自由研究も、もう形になった。

 

 俺は椅子の背にもたれて、天井を見る。

 窓の外では、蝉が本気を出し始めていた。

 

 スマホを見ると、レンからまた通知が来てる。

 

 蓮

『隼人、宿題どれくらい?』

 

 俺は短く返した。

 

 隼人

『終わった』

 

 すぐに返事が来る。

 

 蓮

『は?』

『二日で?』

 

 俺は笑って、もう一度だけ打つ。

 

 隼人

『溜めると面倒だからな』

 

 蓮

『怖い』

『人間じゃない』

 

 勝手なことを言う。

 

 そのあと少しして、別の通知。

 

 恵

『八月中旬、一週間。空けておいてくださいませ。忘れたら許しませんわ』

 

 念押しが重い。

 でも、あれは恵がやる気だってことでもある。

 

 命からは、短い一通だけ。

 

 命

『追試の件、日和さんの様子を見てます』

 

 相変わらず淡々。

 でも、見捨てないってことがよく分かる。

 

 俺はスマホを置いて、ベッドに倒れた。

 

 宿題が終わった夏休みは、強い。

 やらなきゃいけないことがないだけで、昼の空気が違う。

 

 しばらく何もせず、ただ扇風機の風を浴びる。

 蝉の声と、遠くの車の音が混ざって、時間が伸びる。

 

「……のんびりするか」

 

 そう呟いたところで、玄関の鍵が回る音がした。

 次に、ドアが開いて、靴を脱ぐ音。

 

「ただいまー」

 

 母さんの声だ。

 沙織は仕事帰りの匂いをまとったまま、廊下を歩いてくる。

 

 俺はベッドの上で寝転がったまま、顔だけ向けた。

 

「おかえり」

「ただいま、ハヤト」

 

 沙織が部屋の前で止まって、俺の姿を見るなり眉を上げた。

 

「なにその顔。完全に溶けてるじゃん」

「溶けてる」

「宿題まだ終わってないんでしょ?」

「終わった」

 

 沙織の動きが止まる。

 

「……え」

「二日で」

「は」

「やれば終わる」

「やれば終わる、で本当に終わらせるのが怖いんだって」

 

 沙織が笑って、俺の髪をぐしゃっと撫でる。

 子ども扱いの雑さが、逆に気楽だ。

 

 その音に反応して、黒柴のこひなが部屋に飛び込んできた。

 尻尾がちぎれそうな勢いで振れてる。

 

「お、こひな」

 

 俺が手を伸ばすと、こひなが鼻先を押しつけてくる。

 そこへ三毛猫のココも、遅れてのそのそ入ってきて、何事もなかったみたいにベッドの端に乗った。

 

「みんな、分かりやすい」

 

 沙織が言いながら、こひなの背中を撫でる。

 ココは俺の足元に丸くなって、勝手に喉を鳴らし始めた。

 

「……ほんとに終わったの?」

 

 沙織が改めて聞いてくる。

 

「終わったって」

「見せて」

「え」

「見せて。母として確認したい」

 

 俺は少しだけ面倒になりながら、机の上のプリントの束を指さした。

 全部まとめてクリップで留めてあるやつ。

 

「ほら」

 

 沙織はそれを手に取って、ぱらぱらめくる。

 途中で「字は雑」とか言いかけて、飲み込んだ顔をした。

 

「……終わってるわ、ほんとに」

「だから言っただろ」

「なんか悔しい」

「なんでだよ」

 

 沙織は束を戻して、俺のベッドの端に腰を下ろした。

 疲れてるはずなのに、機嫌がいい。

 

「じゃあさ」

「ん」

「ご褒美いる?」

「いいの?」

「いいわよ何がいい?」

「じゃあキスで」

「いいわおいで」

 

 母さんと深いキスをする。なんだかこういうのは久しぶりな気がする。

 ゆっくり長いキスをしていると母さんがすっかり女の顔になった。

 

「すっかりスイッチ入っちゃったわ、ベットに行きましょ?」

 

 母さんはさらにご褒美をくれるらしい





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天城沙織
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