※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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67話 図書館デート

 駅前の図書館は、開館前から少しだけだがもう人がいた。

 

 俺は入口横の柱の陰で待って、スマホをしまう。

 ほどなくして、命が来た。

 

 白いブラウスに落ち着いたスカート。派手じゃないのに、目が勝手に行く。

 命は俺の前で止まり、一礼する。

 

 命が顔を上げた瞬間、俺は思ったことをそのまま口にした。

 

「その服、似合ってる」

 

 命は瞬きを一つ。

 無表情のまま、返事が一拍遅れる。

 

「……ありがとうございます」

 

 声は淡々としている。

 でも、視線が一度だけ俺の顔から外れて、足元に落ちた。

 

「図書館っぽい。落ち着いてて、命らしい」

 

 命は否定もしない。

 ただ、ブラウスの袖口をほんの少しだけ摘んで、整え直す。

 

「……派手だと、目立ちますので」

 

「目立つのは、服のせいじゃないだろ」

 

 命がまた一拍置く。

 それから、いつもより小さな声で言った。

 

「……そういうことを言うのが、上手ですね」

 

「思ったこと言っただけ」

 

 命は無表情のまま頷いた。

 でも、歩き出す時、俺に合わせるみたいに歩幅が少しだけ揃った。

 

「おはようございます、ハヤトさん」

「おはよう。早いな」

「遅れる理由がありません」

 

 淡々。いつもの顔。

 でも、俺の目を一回ちゃんと見てから、視線を入口へ向ける。来るか、って言ってるのと同じだ。

 

 開館時間になって自動ドアが開く。冷房の空気がふっと流れてきて、命が小さく息を吐いた。

 

「……涼しい」

「だろ。正解だな」

 

 受付を抜けて、閲覧席の方へ向かう。

 夏休みとはいえ午前は空いていて、窓際の席がいくつか空いていた。

 

 命は迷わず、二人席の角を選ぶ。

 向かい合わせじゃなく、並び。距離が近い席だ。

 

「ここ、いいですか」

「いいよ」

 

 俺が座ると、命も隣に座った。

 無表情のまま、鞄から筆箱とノートを出す。動きがいちいち丁寧で、机の上がすぐ整う。

 

「今日は、何をしますか」

「何って」

 

 命は俺の方を向いて言う。

 

「ハヤトさんは、勉強をしに来たのでは」

「……まあ、そうだな」

「なら、範囲を決めてください。曖昧だと進みません」

 

 刺さる。

 命って、優しい顔はしないのに、必要なことは言う。

 

「じゃあ英語と、数学」

「分かりました」

 

 命は自分のノートを開く。

 俺の視界の端で、命の指先が紙の端を揃える。余計な音がしない。

 

 しばらくは、ただ机の上の音だけが続く。

 シャーペンの走る音、ページをめくる音。図書館の静けさが、ちゃんと静けさとして存在している。

 

 落ち着く。

 俺はこういう空間が嫌いじゃない。

 

 ふと、命が俺のノートに視線を落とした。

 

「……そこ」

「ん」

「その問題、式は合っています。計算の途中で符号が変わっています」

「マジか」

 

 俺が見直すと、本当にそこでミスってた。

 命は指先で紙を叩きもしない。淡々と、行だけを目で示す。

 

「ここです」

 

 近い。

 肩が触れるほどじゃないのに、命が横にいるだけで意識する距離。

 

「助かった。ありがとう」

「当然です」

 

 当然、って言う割に、命は一拍置いてから付け足す。

 

「……見直すのは得意です」

 

 自慢じゃない言い方。

 でも、少しだけ「役に立てる」ってことを言いたい感じがする。

 

「それ、才能だろ」

「……そうでしょうか」

 

 命は視線をノートに戻した。

 表情は変わらないのに、耳が少しだけ赤い気がした。気のせいかもしれない。

 

 午前が一段落したところで、俺が小さく伸びをする。

 

「休憩するか」

「はい」

 

 命もノートを閉じる。

 ここで初めて、命が少しだけ疲れた顔をする。ほんの一瞬だけ目を細める程度だけど。

 

 館内の自販機コーナーで、俺は冷たいペットボトルを二本買った。

 命に一本差し出す。

 

「ほら」

「……ありがとうございます」

 

 命は受け取ってから、ラベルを整えるみたいに指で撫でた。

 飲む前に一拍置くのが命らしい。

 

 ベンチに座ると、図書館の冷気と、夏の明るさのギャップが変に心地いい。

 命は横で、ペットボトルの口を小さく傾ける。

 

「……外は暑いですね」

「だからここに来たんだろ」

「はい。正解でした」

 

 その「正解」が、なぜか少し嬉しい。

 

「命はさ、自由研究どうするんだ」

 

 俺が聞くと、命は即答した。

 

「決めています」

「早いな」

「夏休みの最初に決めないと、後回しになります」

 

 俺も同じタイプだから、何も言い返せない。

 

「何やるんだ」

「図書館の本の分類を調べます。利用者が多い棚の傾向も」

 

 命らしすぎる。

 地味で、正確で、ちゃんと形になるやつ。

 

「なるほど。命っぽい」

「……褒めていますか」

「褒めてる」

 

 命は少しだけ目を伏せて、短く言う。

 

「なら、よかったです」

 

 休憩が終わって席に戻る。

 午後は、命が自分の調査用に棚を見に行く時間が増えた。

 

「一緒に行くか」

「……来ますか」

 

 命がそう言ったのが意外だった。

 いつもなら一人で動いて、淡々と戻ってくるのに。

 

「行く」

 

 俺が言うと、命は何も言わず歩き出す。

 歩く速さが、ほんの少しだけ俺に合わせてある。

 

 分類の棚を回りながら、命は小さなメモを取る。

 俺は横で、背表紙を眺めるだけ。たまに面白そうな本を引っ張り出す。

 

「それ、読むんですか」

「興味本位で」

「そうですか」

 

 ☆

 

 俺は本を閉じて言った。

 

「今日はここまでにするか」

 

 命はすぐには答えない。

 ほんの少しだけ迷う間があって、それから小さく頷いた。

 

「……はい」

 

 立ち上がる。

 席を片付ける時、命の指先が一瞬だけ俺の袖に触れかけて、止まった。

 

 何も言わない。

 何も起こらない。

 でも、その一瞬が、やけに残る。

 

 貸出カウンターで本を借りて、出口へ向かう。

 自動ドアの前で、命が小さく言った。

 

「ハヤトさん」

「ん」

「……今日は、来てくれてよかったです」

 

 命の口から「よかった」が出るのは、たぶん珍しい。

 表情は変わらないのに、声だけ少し柔らかい。

 

「俺も、よかった」

 

 外に出ると、暑さが戻ってくる。

 時計を見ると、午後三時。思ったより早い。

 

「また、図書館」

 

 俺が言うと、命は一拍置いて頷いた。

 

「……はい。予定が合えば」

 

 命がそのまま帰ろうとしたので、俺は口を挟む。

 

「まだ三時だ。時間あるだろ」

 

 命の足が止まる。

 表情は変わらないのに、視線だけが俺に戻ってくる。

 

「……あります」

「じゃあ、ご飯食べに行こう」

「どこへ」

「近くにファミレスある」

 

 命は一拍置いて、小さく頷いた。

 

「……はい」

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