駅前のファミレスは、冷房が効いていて助かった。
昼のピークは過ぎてるから、店内はほどよく空いている。学生のグループが奥で騒いでて、でもこっちの席には届かない距離。
俺は窓際の二人席に案内されて、命と向かい合って座った。
命は椅子に腰を下ろすと、膝の上で手を揃える。姿勢が崩れない。こういう店でも崩れない。
メニューを開きながら俺が言う。
「何食う」
「……迷います」
命が“迷う”って言ったのが意外だった。
迷わないタイプだと思ってた。
「意外だな」
「迷わないのではありません。……選ぶ必要があるときは、迷います」
丁寧な言い訳みたいで、少し可愛い。
「じゃあ、無難のでいいだろ。パスタとか」
「……ハヤトさんは」
「俺はハンバーグ」
命が一拍置いて頷く。
「分かりやすいです」
「褒めてんのか」
「事実です」
店員が水を置いていく。
氷がカランと鳴って、命がその音を一瞬だけ目で追った。
「ここ、涼しいですね」
「そうだな」
俺はさっさと決めて、注文を押す。
命は少しだけ考えてから、指差しで伝える。
「……これを」
「了解」
店員に頼み終えると、変な空白が一瞬だけ来る。
でも図書館の沈黙を一緒に過ごした後だと、その空白も悪くない。
俺は水を飲んでから言った。
「図書館、どうだった」
「……静かでした」
「当たり前だろ」
「当たり前が、良いのです」
命のその言い方、最近よく聞く。
許可みたいで、でも許可じゃない。命の基準みたいな言葉。
「勉強も進んだ?」
「はい。ハヤトさんのミスも、減りました」
「そこ褒めろよ」
「褒めています」
命は平然としている。
でも、口元だけがほんの少し緩んだ気がした。気のせいじゃないと思う。
料理が来た。
俺の皿から湯気が立って、命の方は香りがふわっと広がる。
「いただきます」
命が言って、箸じゃなくフォークを静かに持つ。
一口食べて、表情は変わらない。けど、目が一瞬だけ柔らかくなる。
「……美味しいです」
「だろ」
俺も食べる。腹が落ち着くと、頭の中まで落ち着く。
命は食べるのが遅い。
遅いというか、丁寧。咀嚼の回数までちゃんとしてそうだ。
「命って、こういう店来るのか」
「……ほとんど来ません」
「だろうな」
「でも」
命が一拍置く。
「……今日は、来てよかったです」
淡々としてるのに、その一言だけで胸が軽く跳ねる。
「俺も。昼飯抜きはよくないしな」
「そうです」
命はそう言って、もう一口食べた。
無表情のまま。
でも、向かいにいるのが当たり前みたいに落ち着いて見えた。
食事がひと段落して、俺はメニューを開く。
「……デザート、どうする」
命は一拍置いて頷く。
「……はい。せっかくですので」
こういう時の命は、断らない。
断らないけど、積極的でもない。淡々と“必要”として受け取る感じだ。
呼び鈴を押して、俺は迷わずパフェを選んだ。
命は少しだけメニューを見てから、控えめなデザートを頼む。プリンか、ケーキか、そういうやつ。
運ばれてきたパフェは、見た目からして派手だった。
上にクリームが乗って、フルーツが刺さって、下の方にアイスが見える。
「……うまそう」
自分で頼んだくせに、言ってから少し笑う。
スプーンを入れて一口。
「うまい」
分かりやすく顔が緩んだのが自分でも分かった。
命の方を見ると、無表情のまま。でも目だけが、俺のパフェの方に動いていた。
「食う?」
俺が聞くと、命が小さく瞬きをする。
「……いえ。大丈夫です」
「いいからいいから」
パフェのスプーンを命の方へ差し出した。
「ほら、あーん」
「……恥ずかしいです」
そう言いながらも、命は小さく口を開けて、受け取ってくれた」
「……甘いですね」
そう言う命の耳は少し赤い。
「よかった」
「甘いの、嫌いじゃないんだろ」
命は一拍置いた。
無表情のまま、でも視線だけは逸らさない。
「……好きです」
短い。
だが珍しくはっきりとした返事だった。
「甘いものは、好きです」
淡々と言ってるのに、耳がほんの少し赤い。
俺は笑いそうになって、抑えた。
「なら、正解だったな」
「はい」
命は小さく頷いて、もう一口、丁寧に口に運んだ。
俺のパフェは、勢いよく減っていく。
久しぶりにパフェを食べた。
おいしくて次々口に運んでいく。
命は俺の食べ方を見て、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「……勢いがありますね」
「うまいからな」
命は何も言わない。
パフェの一番うまいところを狙ってすくって、口に入れる。
「……最高」
命は自分のデザートを食べながら、小さく言った。
「……子どもみたいです」
命は一拍置いて、淡々と言う。
「……見ていて、落ち着きます」
不意打ちだった。
俺はスプーンを止めて、命を見る。
命は無表情のまま。視線はまっすぐで、言い切った後に少しだけ間が長い。
「……そうか」
それだけ返して、俺はもう一口食べた。
俺がパフェを食べ進めていると、命がふと、テーブルの端に置いた俺のスマホを見た。
視線だけ。ほんの一瞬。
「……恵さんから、何か」
「来てたな」
俺は画面を開かずに言う。内容はだいたい分かってる。
「八月中旬。一週間、泊まり込み。空けろってやつ」
命は一拍置く。
「……一週間」
「長いよな」
「長いですが、恵さんらしいです」
淡々と言いながら、命は水を一口飲む。
否定も肯定も強くしない。命のいつもの温度。
俺はスプーンを回して、軽く言った。
「で、どこ行くんだろうな」
命が少しだけ目を細める。
笑ってはいない。でも、興味はある顔だ。
「……教えてくれませんでした」
「内緒って言ってた」
「……そうでしたね」
命は自分のデザートの皿を見下ろして、ぽつりと続けた。
「海、でしょうか」
「海は暑いだろ」
「……では、山」
「山も虫がいる」
命は一拍置いて、淡々と言う。
「……どちらも、恵さんは気にしません」
「確かに」
俺が笑うと、命は少しだけ視線を上げた。
「ハヤトさんは、何がいいですか」
「涼しいとこ」
「……涼しいところ」
命が同じ言葉を繰り返す。
「まあ、恵が仕切るなら、変なことにはならないだろ」
「……はい」
命は短く頷く。
その“はい”が、どこか安心している返事に聞こえた。
俺はパフェの最後の一口をすくって言った。
「どこでもいいけど、面白くはなりそうだな」
命は一拍置いて、小さく言う。
「……そうですね」
軽い会話。
でも、その軽さが心地よかった。