※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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68話 ファミレス

 駅前のファミレスは、冷房が効いていて助かった。

 昼のピークは過ぎてるから、店内はほどよく空いている。学生のグループが奥で騒いでて、でもこっちの席には届かない距離。

 

 俺は窓際の二人席に案内されて、命と向かい合って座った。

 命は椅子に腰を下ろすと、膝の上で手を揃える。姿勢が崩れない。こういう店でも崩れない。

 

 メニューを開きながら俺が言う。

 

「何食う」

「……迷います」

 

 命が“迷う”って言ったのが意外だった。

 迷わないタイプだと思ってた。

 

「意外だな」

「迷わないのではありません。……選ぶ必要があるときは、迷います」

 

 丁寧な言い訳みたいで、少し可愛い。

 

「じゃあ、無難のでいいだろ。パスタとか」

「……ハヤトさんは」

「俺はハンバーグ」

 

 命が一拍置いて頷く。

 

「分かりやすいです」

「褒めてんのか」

「事実です」

 

 店員が水を置いていく。

 氷がカランと鳴って、命がその音を一瞬だけ目で追った。

 

「ここ、涼しいですね」

「そうだな」

 

 俺はさっさと決めて、注文を押す。

 命は少しだけ考えてから、指差しで伝える。

 

「……これを」

「了解」

 

 店員に頼み終えると、変な空白が一瞬だけ来る。

 でも図書館の沈黙を一緒に過ごした後だと、その空白も悪くない。

 

 俺は水を飲んでから言った。

 

「図書館、どうだった」

「……静かでした」

「当たり前だろ」

「当たり前が、良いのです」

 

 命のその言い方、最近よく聞く。

 許可みたいで、でも許可じゃない。命の基準みたいな言葉。

 

「勉強も進んだ?」

「はい。ハヤトさんのミスも、減りました」

「そこ褒めろよ」

「褒めています」

 

 命は平然としている。

 でも、口元だけがほんの少し緩んだ気がした。気のせいじゃないと思う。

 

 料理が来た。

 俺の皿から湯気が立って、命の方は香りがふわっと広がる。

 

「いただきます」

 

 命が言って、箸じゃなくフォークを静かに持つ。

 一口食べて、表情は変わらない。けど、目が一瞬だけ柔らかくなる。

 

「……美味しいです」

「だろ」

 

 俺も食べる。腹が落ち着くと、頭の中まで落ち着く。

 

 命は食べるのが遅い。

 遅いというか、丁寧。咀嚼の回数までちゃんとしてそうだ。

 

「命って、こういう店来るのか」

「……ほとんど来ません」

「だろうな」

「でも」

 

 命が一拍置く。

 

「……今日は、来てよかったです」

 

 淡々としてるのに、その一言だけで胸が軽く跳ねる。

 

「俺も。昼飯抜きはよくないしな」

「そうです」

 

 命はそう言って、もう一口食べた。

 無表情のまま。

 でも、向かいにいるのが当たり前みたいに落ち着いて見えた。

 

 食事がひと段落して、俺はメニューを開く。

 

「……デザート、どうする」

 

 命は一拍置いて頷く。

 

「……はい。せっかくですので」

 

 こういう時の命は、断らない。

 断らないけど、積極的でもない。淡々と“必要”として受け取る感じだ。

 

 呼び鈴を押して、俺は迷わずパフェを選んだ。

 命は少しだけメニューを見てから、控えめなデザートを頼む。プリンか、ケーキか、そういうやつ。

 

 運ばれてきたパフェは、見た目からして派手だった。

 上にクリームが乗って、フルーツが刺さって、下の方にアイスが見える。

 

「……うまそう」

 

 自分で頼んだくせに、言ってから少し笑う。

 スプーンを入れて一口。

 

「うまい」

 

 分かりやすく顔が緩んだのが自分でも分かった。

 命の方を見ると、無表情のまま。でも目だけが、俺のパフェの方に動いていた。

 

「食う?」

 

 俺が聞くと、命が小さく瞬きをする。

 

「……いえ。大丈夫です」

「いいからいいから」

 

 パフェのスプーンを命の方へ差し出した。

 

「ほら、あーん」

「……恥ずかしいです」

 

 そう言いながらも、命は小さく口を開けて、受け取ってくれた」

 

「……甘いですね」

 

 そう言う命の耳は少し赤い。

 

「よかった」

「甘いの、嫌いじゃないんだろ」

 

 命は一拍置いた。

 無表情のまま、でも視線だけは逸らさない。

 

「……好きです」

 

 短い。

 だが珍しくはっきりとした返事だった。

 

「甘いものは、好きです」

 

 淡々と言ってるのに、耳がほんの少し赤い。

 俺は笑いそうになって、抑えた。

 

「なら、正解だったな」

「はい」

 

 命は小さく頷いて、もう一口、丁寧に口に運んだ。

 

 俺のパフェは、勢いよく減っていく。

 久しぶりにパフェを食べた。

 おいしくて次々口に運んでいく。

 命は俺の食べ方を見て、ほんの一瞬だけ目を細めた。

 

「……勢いがありますね」

「うまいからな」

 

 命は何も言わない。

 

 パフェの一番うまいところを狙ってすくって、口に入れる。

 

「……最高」

 

 命は自分のデザートを食べながら、小さく言った。

 

「……子どもみたいです」

 

 命は一拍置いて、淡々と言う。

 

「……見ていて、落ち着きます」

 

 不意打ちだった。

 

 俺はスプーンを止めて、命を見る。

 命は無表情のまま。視線はまっすぐで、言い切った後に少しだけ間が長い。

 

「……そうか」

 

 それだけ返して、俺はもう一口食べた。

 

 俺がパフェを食べ進めていると、命がふと、テーブルの端に置いた俺のスマホを見た。

 視線だけ。ほんの一瞬。

 

「……恵さんから、何か」

「来てたな」

 

 俺は画面を開かずに言う。内容はだいたい分かってる。

 

「八月中旬。一週間、泊まり込み。空けろってやつ」

 

 命は一拍置く。

 

「……一週間」

「長いよな」

「長いですが、恵さんらしいです」

 

 淡々と言いながら、命は水を一口飲む。

 否定も肯定も強くしない。命のいつもの温度。

 

 俺はスプーンを回して、軽く言った。

 

「で、どこ行くんだろうな」

 

 命が少しだけ目を細める。

 笑ってはいない。でも、興味はある顔だ。

 

「……教えてくれませんでした」

「内緒って言ってた」

「……そうでしたね」

 

 命は自分のデザートの皿を見下ろして、ぽつりと続けた。

 

「海、でしょうか」

「海は暑いだろ」

「……では、山」

「山も虫がいる」

 

 命は一拍置いて、淡々と言う。

 

「……どちらも、恵さんは気にしません」

「確かに」

 

 俺が笑うと、命は少しだけ視線を上げた。

 

「ハヤトさんは、何がいいですか」

「涼しいとこ」

「……涼しいところ」

 

 命が同じ言葉を繰り返す。

 

「まあ、恵が仕切るなら、変なことにはならないだろ」

「……はい」

 

 命は短く頷く。

 その“はい”が、どこか安心している返事に聞こえた。

 

 俺はパフェの最後の一口をすくって言った。

 

「どこでもいいけど、面白くはなりそうだな」

 

 命は一拍置いて、小さく言う。

 

「……そうですね」

 

 軽い会話。

 でも、その軽さが心地よかった。

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