澄乃さんと綾乃さんとベットを共にしてから、一週間ちょっと経った。
あれから綾乃さんとは三日に一回くらいのペースで会っている。
「あらハヤト君、おはよう」
目を覚ますと横には綾乃さんが生まれたままの姿でベットに横になっていた。
「綾乃さんおはようございます」
「昨日も熱い夜でしたね」
「気に入ってもらえたならよかったです」
今日は朝までしてしまった。
「疲れてはいませんか?」
「いいえ、あなたが精気を送り込んでくれたおかげで元気です」
確かに肌がつやつやだ。
「それより次はまた三日後に会えますか?」
「明日から一週間、泊まり込みで出かけるんです」
「そうなんですか、それは残念です」
綾野さんが覆いかぶさってくる。
「まだ時間はありますね?今の内にたくさんハヤト君を感じさせて」
☆
結局昨日は一日中綾乃さんと過ごしてしまった。
さて恵から言われていた「一週間、泊まり込み」の日が来た。
集合場所が駅前じゃない時点で嫌な予感はしてた。
指定されたのは街外れの小さな空港、そのさらに奥。一般の搭乗口とは別の入り口で、看板にはさらっとこう書いてある。
プライベートターミナル。
「……え、待って。ここ?」
レンが立ち止まって、首がぎこちなく俺の方へ回った。
「ここって、あの……金持ちが使うやつだよね?」
「そう見えるな」
「そう見えるどころじゃないよ!」
日和がレンの横で、あくび混じりに言った。
「うん、いつものやつだよ。子どもの頃、恵と一緒に何回か乗った」
「いつもの!? なにそれ、いつものって言葉が一番怖い!」
恵は涼しい顔で、当然みたいに頷いた。
「ええ。移動で疲れるのは無駄ですわ。時間も体力も、なるべく残しておきましょう」
命は無表情のまま入口を見上げている。
驚いてないわけじゃない。瞬きが一つ増えて、指先が自分のバッグの持ち手を握り直した。そういう驚き方。
中に入ると、空気がもう違う。
人が少ない。音が少ない。床がやけに柔らかい。受付も“列”じゃなくて“テーブル”だ。
恵が名前を言うと、スタッフがすぐ深く頭を下げた。
「九条様、お待ちしておりました。お手荷物はこちらへ。皆様はラウンジへどうぞ」
「え、今ので終わり?」
レンが小声で言う。
日和も周りをきょろきょろ見ながら笑ってる。
「すごい……空港ってもっと、ガヤガヤしてるはずなのに」
ラウンジはやけに静かで、ガラス越しに滑走路が見えた。
ソファも飲み物も、全部“当たり前に揃ってる”。
「え、今ので終わり?」
レンが小声で言う。
「終わりだよ」
日和がさらっと返す。
「手続きっていうより、確認だけ。恵がいると余計に早い」
「世界が違う……」
レンがうめくと、日和が笑った。
「でも、乗ったら乗ったで、意外とすぐ慣れるよ。離陸の時だけちょっと楽しい」
「ちょっと楽しいって何」
「ちょっとはしゃいでいいってこと」
二人の小声が、だんだん普通の声量になっていく。
普段なら女子の視線が刺さるのに、ここは刺さらない。代わりに静かに扱われる感じがある。
恵がスマホを軽く見て言った。
「そろそろですわね」
「そろそろって何が」
レンが言い終える前に、ガラスの向こうに白い機体が入ってきた。
小型のジェット。だけど小型って言っても、形がもう“本物”だ。
「うわ……! 来た! あれじゃない!? あれだよね!?」
日和が立ち上がりかけて、慌てて座り直す。
レンは完全に目が輝いてる。
「やっば……ジェットって、ほんとに“ジェット”なんだ……」
「恵にとっては当たり前なんだろ」
「僕にとっては当たり前じゃないよ! 俺、人生で初めてだよ!」
命はまだ無表情だけど、窓の外を見つめる時間が長い。
口は動かないのに、視線が“離れない”。それだけでテンションが上がってるのが分かる。
案内が入って、全員で立つ。
専用の通路を抜けて、外に出ると、潮っぽい風とジェットの匂いが混ざった空気が当たった。
滑走路が近い。機体が近い。近すぎて逆に落ち着かない。
「近……! こんな近くまで歩いていいの!?」
レンが小走りになりかけて、恵の視線で止まる。
「走らない」
「はい……」
でも抑えきれてない。
レンは階段の前で一度立ち止まって、機体を見上げた。
「……かっこよ」
日和もすぐ横で、スマホを取り出してる。
「写真、撮っていいかな。だめかな」
「だめじゃないと思うけど、スタッフさんに聞こう」
「聞くの緊張する……」
恵は平然としてる。
「撮るなら、手早く。乗り込みますわよ」
階段を上がると、扉の先は一気に“部屋”だった。
狭いとかじゃない。むしろ広い。天井も高い。座席が大きい。足元がやたら余る。
「え、これ……座席っていうよりソファじゃん」
「やば……俺、足届かない」
日和は落ち着いて座りながら、レンを見て楽しそうに言う。
「ほら、言ったでしょ。慣れるって。レン、絶対そのうち“もう普通”って言うよ」
「言わない! これは普通じゃない!」
レンがシートベルトをいじっていると、日和が指で示した。
「そこ押すと、カチってなる。そうそう」
「え、なにそれ、日和さん詳しすぎ」
「昔から乗ってるからね。恵と一緒に」
レンが小声で言って、すぐ窓に顔を近づける。
命は最後に席についた。
手つきが丁寧で、ベルトを確かめる動作が少しだけ慎重だ。無表情のまま、でも指先が普段より細かい。
俺が小さく聞く。
「命、平気?」
命は一拍置いて頷いた。
「……平気です。少し、緊張しているだけです」
素直に言うのが珍しい。
その直後、日和が身を乗り出してくる。
「命ちゃん、緊張してるの? かわいい」
「かわいくありません」
「今の言い方がもうかわいい」
命は無表情で日和を見る。
でも反論が弱い。
日和は楽しそうだ。
さて今回はレンの告白がうまくいくだろうか?