※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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73話 リゾート島

 恵が落ち着いた声で言った。

 

「離陸しますわよ。窓、見ておきなさい。綺麗ですから」

「うわ、恵、慣れてる……」

 

 レンが小声で言って、すぐ窓に顔を近づける。

 

 エンジン音が低くなる。

 身体が座席に押される感じがあって、滑走路が流れていく。

 

「浮いた浮いた! やばい!」

 

 レンが笑いながら手すりを掴む。

 

「これ、ジェットってこんな一瞬で浮くの!?」

「普通の飛行機も浮くよ」

「普通の飛行機と違うんだって! なんか、速い!」

 

 確かに速い。

 街が一気に小さくなって、海岸線が見える。

 雲が近づいて、視界が白くなる。

 

「雲の中入った……」

 

 日和が息を呑む。

 

「なんか……ゲームみたい」

 

 レンはもうテンションが止まらない。

 

「これ、さ、俺たち今、“上”にいるんだよね!? 上! 空!」

「そうだな」

「やば……言葉にするとやばい……」

 

 命は窓を見ていた。

 表情は動かない。だけど、瞬きが少なくなってる。

 集中して見てる時の顔だ。

 

 雲を抜けると、世界が一気に明るくなった。

 下には雲の海。上は青空。

 

「……やっぱり綺麗だね」

 

 日和がぽつりと言って、レンの方を見る。

 

「レン君、これ見たら、騒ぎたくなる気持ち分かるでしょ」

「分かる! 分かるけど、やばい! やばいしか言えない!」

 

 恵が少しだけ口元を上げる。

 

「その程度の語彙は許しますわ」

 

 命は無表情のまま窓を見ている。

 でも、瞬きが少なくなってる。集中して見てる時の顔だ。

 

「写真撮っていい!? ね、撮っていいよね!? 絶対撮る!」

 

 恵が笑いそうになりながら、でも涼しく言った。

 

「どうぞ。壊れませんわ」

「壊れる心配してないよ!」

 

 レンと日和が撮り合って、意味なく笑って、俺にも向けてくる。

 

「隼人も撮ろ! はい、こっち!」

「いい」

「いいじゃない、記念!」

 

 結局撮られて、俺は苦笑する。

 その横で命が小さく言った。

 

「……楽しそうですね」

「命も楽しいだろ」

 

 命は一拍置いて頷く。

 

「……はい。少しだけ」

 

 しばらくして、機内の飲み物や軽食が出てくる。

 レンがまた声を上げる。

 

「え、これ……普通にうまそう」

「普通にうまいんじゃない?」

「機内食ってもっとこう、固いパンじゃないの?」

「それ、偏見」

 

 恵が淡々と言う。

 

「食べなさい。到着したら、すぐホテルですわ」

 

 その言葉の直後、窓の下に海が見えた。

 青が強い。水平線がはっきりしてる。

 

「うわ……!」

 

 レンが声を上げて、日和も同時に笑った。

 

「海だ……! すっご……」

 

 命は言葉を出さない。

 でも、俺の横で小さく息を吸ったのが分かった。

 

 この時点で、もう旅行は始まってる。

 恵が作ったのは、こういう“テンションが上がるスタート”なんだろう。

 

 そして、着陸の準備が始まる。

 レンが最後までうるさい。

 

「え、もう着くの!? はや!」

「一週間あるんだから落ち着け」

 

 俺がそう言うと、恵が当然みたいに言った。

 

「帰りも乗りますわよ」

「うそ」

 

 レンが叫んだ。

 

「やった!」

 

 命が一拍置いて、小さく言った。

 

「……贅沢です」

 

 でも、その声がちょっとだけ明るい。

 

 機体がゆっくり降りていく。

 海の色が近づいて、島影みたいなものが見えた。

 着陸の衝撃は小さくて、拍子抜けするくらい静かに止まる。

 

 扉が開いて、潮の匂いが一気に入ってきた。

 空気が熱い。でも、肌にまとわりつかない。風がちゃんと通る場所だ。

 

「うわ、匂いがもう海だ」

 

 レンが深呼吸する。

 

 日和は笑いながら、少しだけ目を細めた。

 

「うん、懐かしい。夏って感じする」

 

 恵は何も言わない。

 ただ、少しだけ口元を上げている。反応を見てる顔だ。

 

 命は無表情のまま外を見て、帽子のつばを指で整えた。

 

 俺は恵の横に並んで、小さく聞く。

 

「で、どこ行くんだ」

 

 恵は目だけで俺を見る。

 

「まだですわ」

「まだ?」

「着いてからのお楽しみ。サプライズは、段階が大事ですもの」

 

 レンが聞きつけて身を乗り出す。

 

「え、なにそれ。怖いんだけど」

「怖がる必要はありませんわ。期待しなさい」

 

 日和が笑う。

 

「恵、そういう言い方ずるい」

 

 恵は当然みたいに頷いた。

 

「ずるくて結構ですわ。あなたたちの夏休みは、私が“いい感じ”にして差し上げます」

 

 命が小さく言う。

 

「……言い切りました」

「言い切ります」

 

 恵は涼しい顔でそう言って、歩き出した。

 スタッフがすでに待っていて、荷物はいつの間にか運ばれていく。

 

 俺たちは恵について行くしかない。

 でも、みんなの顔が少し明るい。

 

 これから何が出てくるのか。

 恵が何を用意しているのか。

 

 まだ何も聞かされてないのに、楽しいが先に来てる。

 そういう始まりだった。

 

「荷物、どこ行った」

 

 レンが慌てて振り返る。

 

「行ったよ」

 

 日和があっさり言う。

 

「行ったって……行ったって何!? 俺の荷物!」

「ちゃんと行った。多分、先に着く」

 

 恵が涼しい声で言った。

 

「荷物の心配をする時間があるなら、景色を見ておきなさい」

「景色は見るけど荷物も心配!」

 

 レンの騒ぎに、日和が笑う。

 命は何も言わない。でも、レンの方を一瞬だけ見た。たぶん同情ではなく確認だ。

 

 車に乗り込むと、冷房の空気で一気に体が落ち着いた。

 窓の外はもう島の空気だ。潮の匂いが濃いのに、どこか整っている。

 

「……で、恵。どこなんだ、ここ」

 

 俺が聞くと、恵は涼しい顔のまま言う。

 

「“どこ”というより、“ここ”ですわ」

「は?」

 

 レンが間抜けな声を出す。日和は笑って、ちょっとだけ言葉を選んだ。

 

「えっとね。ここ、恵のところの島」

「……島?」

 

 レンが一拍遅れて理解して、声がひっくり返る。

 

「え、島って……旅行先の島じゃなくて、“島”!?」

 

 恵が当たり前みたいに頷く。

 

「ええ。私の家の管理するリゾート島ですわ。運営もこちらでしています」

「運営!? 島を!?」

「レン、声」

 

 命が小さく言う。無表情のまま。

 でも、耳がほんの少しだけ赤い。たぶんレンの声量に反応してる。

 

 車は空港の敷地を抜けて、島のメイン道路へ出た。

 海が見える。白い壁の低い建物が並んでる。道も街灯も手入れされてる。

 “観光地のにぎやかさ”じゃない。生活と運営がちゃんとある静けさだ。

 

 レンが窓に貼りついて、信じられない顔で言う。

 

「島って、こういう……全部が恵の……?」

「全部、という言い方は雑ですわね」

 

 恵が淡々と返す。

 

「島は島。ここで働く方々がいて、運営があります。私はその管理側にいるだけですわ」

 

 日和が肩をすくめる。

 

「恵、こういうとこだけ急に真面目」

「真面目で結構ですわ」

 

 車が緩やかな坂を上る。

 前方に、門みたいなゲートが見えた。そこを抜けた瞬間、空気がさらに静かになった。

 植栽も、道の端も、全部が“整ってる”。

 

「……やば」

 

 レンが三回目の「やば」を小声で言う。

 日和は慣れてるのに、普通に嬉しそうだ。

 

「ここ来ると、夏休みって感じするんだよね」

 

 命は何も言わない。

 ただ、窓の外を見て、帽子のつばを指で整えた。落ち着かないときの癖。

 でも今日は、悪い落ち着かなさじゃない。

 

 やがて車寄せ。

 建物は“ホテル”の派手さじゃなくて、島の中心施設みたいな落ち着いた外観。

 それでも一歩入ると分かる。金がかかってる。静かに。

 

 スタッフが並んで待っていて、恵に深く頭を下げた。

 

「九条様、お帰りなさいませ。ご滞在のご用意は整っております」

 

 レンが俺の袖を引っ張る。

 

「お帰りなさいませって……島に帰ってきた人のやつじゃん……」

「そういうことだな」

 

 恵は軽く頷くだけで、受付は終わる。

 説明もない。署名もない。必要なことは全部、先に済んでる。

 

 恵がこちらを振り返って、少しだけ得意げに言った。

 

「サプライズの段階、次に進みますわ」

「まだあるの!?」

 

 レンが反射で叫んで、命が小さく言う。

 

「……レン、静かに」

「はい……」

 

 エレベーターで上へ。

 数字が上がるほど、廊下が静かになる。足音が消える。

 

 恵が廊下の端で止まった。

 スタッフが扉に触れると、鍵の音も立てずに開く。

 

「……こちらでございます」

 

 恵が俺たちを見る。

 口元は笑ってないのに、目だけが“ほら”って言ってる。

 

「ここが、皆さんの部屋ですわ」

 

 扉が開いた瞬間、レンが息を止めた。

 

 広い。明るい。

 窓の向こうに海がある。海が“額縁”に入ったみたいに固定されて見える。

 リビングがあって、テーブルがあって、ソファがあって、奥に寝室が複数ある。

 

「……え、これ、何人用」

 

 レンの声が震える。

 

「皆さん用ですわ」

「皆さん用って、どの皆さん!?」

 

 日和がくるっと見回して、笑った。

 

「……最上級?」

 

 恵は一拍置いて、さらっと言う。

 

「島の中で最上級クラスですわ。押さえてあります」

「サプライズ、重すぎる!」

 

 レンが崩れ落ちそうになる。

 命は無表情のまま窓の前まで歩いて、立ち止まった。背中がまっすぐ。

 海を見ているだけなのに、少し落ち着いて見える。

 

 恵が俺の隣に来て、低い声で言った。

 

「まずは部屋を決めましょう。疲れを残したくありませんの」

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