「まずは部屋を決めましょう。疲れを残したくありませんの」
嫌な予感がした。
この島に来てからずっと、恵の“サプライズ”は段階を踏んで重くなる。
「……恵、まさか」
俺が言いかけると、恵はあっさり首を振った。
「安心なさいませ。二部屋、取ってありますわ」
「二部屋?」
レンが条件反射で顔を上げる。
恵はリビングの外――いま俺たちが立っているこの部屋の玄関側を顎で示した。
つまり、“この部屋の奥”ではない。同じフロアに並ぶ、もう一枚の扉のほうだ。
「このスイートと、隣のスイート。どちらも同じグレードですわ。コネクティングで内側からも行き来できます」
「コネクティング……?」
日和が理解して頷く。
「隣同士の部屋が、中のドアで繋がってるやつだね」
「その通りですわ」
レンが目に見えて安堵する。
「さすがに一緒だと寝る時と落ち着かないもんね」
命は無表情のまま窓の外から視線を戻し、恵の言葉を受け取るように小さく頷いた。
俺は短く言う。
「男子は俺とレン。女子は恵と命と日和。これでいいな」
「ええ。合理的ですわ」
恵は上品に微笑んで――最後に余計な一言を添えた。
「ただし、“内側のドア”は後で開けられるようにしておきますわね」
「……そんなことできるんだ」
レンが小声で言い、日和が笑って宥めた。
「とりあえず荷物置こう。ドアの話はそのあと」
恵は「ええ」と短く答えて、スタッフに小さく合図をした。
動きは無駄がなく、声も立てない。島の“整っている”感じがそのまま人に移ったみたいだった。
「では、男子は隣室。女子はこの部屋ですわ」
「ここが女子?」
レンが一瞬だけ名残惜しそうに海を見て、それから俺のほうを見る。
「隼人、男子部屋も同じくらいすごいよね?」
「同じグレードって言ってたろ」
「信じる……!」
レンは自分に言い聞かせるみたいに頷いて、スタッフの案内についていった。
俺も一度だけ振り返る。
恵はすでに“この部屋の主”みたいに立っていて、日和は自然にソファの端へ荷物を置く場所を作っている。
命は窓際から離れ、部屋の入口に近い位置で立ち止まっていた。
目が合う。
命の表情は読めない。丁寧に整っている。
でも視線の留まり方がほんの少し長い。――それだけで、“何か言いたい”が分かる。
俺は小さく頷いて、隣の部屋へ入った。
男子部屋も、同じように広かった。
海の角度が少し違うだけで、眺めの格は落ちない。空調の音すら上品で、床が静かに足音を吸う。
レンは入った瞬間、ぱっと笑って両腕を広げた。
「うわ、やっぱり同格! ね、隼人。恵ってこういう“全部ちゃんとしてる”のが怖いよね」
「怖いって言うな」
「褒めてる。褒めてるよ」
レンはソファに腰を落として、窓の外を眺める。テンションは高いのに、変に浮ついてない。
“ここまで来たら楽しむ”って割り切りが早い。
それから、壁際の目立たない扉――コネクティングのドアに目をやった。
「これが例のやつか。……まあ、開くなら恵がちゃんと言うでしょ」
「お前、さっきより落ち着いてんな」
「だって隼人いるし」
あっさり言って、レンは肩をすくめた。
「隼人がいるとさ、僕、余計に警戒しなくていいって思えるんだよね。変なこと起きても“整えてくれる”じゃん」
その言い方が、冗談みたいで本気だった。
「信用しすぎだろ」
「信用してる。だって今までそうだったし」
レンはベッドの端にちょこんと座って、靴を脱ぎながら笑った。
「だから僕は、楽しむ担当。隼人は、やばくなったら止める担当。ね?」
「勝手に役割作るな」
「できてるでしょ」
レンはケロッとして荷物をほどき始めた。
それからふと、俺のスマホに視線をやる。
命からだった
「……連絡?」
「……みんな自販機前で集まってるんだって」
「うん。行っておいで。僕、ここで景色見てる」
「景色奇麗だもんな」
「ここからの眺めはいいよ」
レンはそう言って、海を見た。
「このバカンス、楽しもうよ」
俺はスマホを握り直して、短く頷いた。
「……行ってくる」
「いってらっしゃい」
ロビーの奥にある自販機コーナーは、冷房が強くて少しだけ肌寒い。機械の低い唸りと、ボトルが落ちる音がやけに大きく聞こえた。
先に来ていた日和が、ボタンの前で腕を組んでいる。真剣な顔で並んだペットボトルを見比べて――俺に気づいて肩越しに笑った。
「お、来た来た。ねえ、こういうとこってさ、絶対“島限定”あるよね」
「あるな」
「買う? 買わない? ハヤトは味見するタイプ?」
「味次第」
「現実的〜。じゃ、今日は水だね」
「水」
隣で、恵が上品に首を傾げた。
「お水は正解ですわ。移動のあとに甘いものを入れると、余計に喉が渇きますもの」
「今それ言う?」
「止めないで。私は後で飲みます。後で」
日和が笑って、ボタン列を指でトントン叩いた。
「でもさ、明日どうなるんだろ。恵のことだから、朝から“はい、集合”って言い出しそうじゃない?」
「言うな」
「言うよね。しかも早い。何時集合とかじゃなくて、“今から”って言うタイプ」
「……否定できませんわ」
恵がさらっと肯定して、俺は苦笑した。
日和が財布を出しながら俺の方をちらっと見る。
「てかレンは?」
「部屋。海見てる」
「え、もう優雅」
日和がボタンを押して、水を二本取り出す。
「はい。ハヤト一本」
「サンキュ」
俺が受け取ると、日和はもう一本を命の前にそっと置いた。
「加湿器あると思うけど、移動の疲れは水がいちばん効くよ」
「ありがとうございます」
命は丁寧に受け取る。表情は読めないまま。でも、受け取る動作が一瞬だけ柔らかい。
日和は自販機の前で水を選びながら、肩越しにこちらを見た。
「じゃ、飲み物持ったら一回解散ね。女子は女子で荷物置いて、作戦会議。男子も荷物置いて休んでて」
恵が言い出す、という言い方が妙に現実的で、俺は苦笑した。
「了解」
日和が水を二本取り出して俺に一本渡し、もう一本は命の前にそっと置いた。
「加湿器あると思うけど、移動の疲れは水がいちばん効くよ」
「ありがとうございます」
命は丁寧に受け取る。表情は読めないまま。でも、受け取る動作が一瞬だけ柔らかい。
俺は水のキャップをひねりながら、命に短く言った。
「さっきの話、またあとで。無理しなくていい」
命はすぐには返事をしなかった。
一拍置いてから、丁寧に言う。
「……無理は、していません。ですが、安心しました」
日和が「よし」と小さく頷いて、場を畳むみたいに手を叩いた。
「じゃ、戻ろ。荷物片づけちゃお」