※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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76話 ショッピング2

 恵は迷いなく指示を出した。

 

「まず水着。次に羽織。最後に小物。順番に揃えますわ」

「号令みたい」

 

 日和が笑うと、恵は悪びれない。

 

「迷う時間がもったいないですもの」

 

 俺は男物の棚の前で、吊られているサーフパンツを一枚ずつ見ていく。

 派手すぎない色。乾きやすい生地。ポケットの位置。縫い目の感じ。

 

 レンが隣で、いくつか引っ張り出してきた。

 

「隼人、これどう? 柄ついてるやつ。リゾート感」

「いいな、この赤味のある淡いオレンジの気に入った」

「僕はどうしようかなこの青のグラデーションと黒字に赤の模様が描いてあるのと迷うなぁ」

 

 レンは笑いながら、青と黒を二枚並べて見比べる。

 

「黒と青、どっち?」

「青。熱吸いにくい」

「理由が実用すぎる」

 

 レンは青のサーフパンツを手に取った。

 

「決まり」

 

 レンが即座に頷く。

 

「決まり! じゃあ次は上だね。ラッシュガードとか」

 

 この世界ではビーチで上裸はほぼ見ない。

 いないわけではないのだが、まず見ない。所謂(いわゆる)きわどい水着を切る感覚に近いのだろうか。

 

「そうだな」

 

 ラッシュガードの棚に移動して、楽しそうにハンガーを揺らした。

 

 

「じゃあおそろいで黒……って言うと浮くか」

「こっちなんかおしゃれでいいんじゃないか」

「それいいかも」

 

 レンは笑いながら、俺の分もまとめて持っていった。

 

 一方、女子側。

 

 日和はハンガーを何本か持って、命の前に並べる。

 

「命、これとこれ。どっちが落ち着く?」

 

 どちらも露出が少ないデザインで、色も控えめ。

 シンプルな三角水着と、ウエストらへんがクロスした複雑っぽいやつ。

 

 命はすぐに答えない。

 視線だけで形を追い、次に色、最後に素材を見ている。

 

「……こちらの方が、安心します」

 

 命が指先で示したのは、シンプルな方だった。

 言い方は丁寧で変わらない。でも“安心”という単語が選ばれたのが、命らしい。

 

「うん、命っぽい」

 

 日和はさらっと決めて、命にハンガーを渡す。

 

 命は受け取るとき、ほんの少しだけ指先が慎重になった。

 そのまま試着室の方へ向かおうとして――そこで一瞬、止まる。

 

 恵が気づいて、涼しい顔で言った。

 

「命。試着室は奥ですわ。スタッフが案内します」

「……はい」

 

 命は頷き、視線を一度だけ日和に向けてから、案内についていった。

 

 日和が小さく息を吐く。

 

「命、こういう買い物って慣れてるはずなんだけどね。たぶん“みんなで”が落ち着かないんだと思う」

 

 恵は肩をすくめる。

 

「慣れと、落ち着きは別ですわ」

 

 その言い方だけは妙に優しい。

 

 恵は自分の分を選ぶのが早い。

 棚を見た時間より、手に取る時間の方が短い。迷いがない。

 

「私はこれで」

「速っ」

 

 レンが小声でツッコミを入れる。

 

「恵、買い物も即断即決だよね」

「当然ですわ」

 

 恵はさらっと返し、次に日和を見る。

 

「日和は?」

「私はこれ。動きやすいのがいい」

 

 日和はいつもの調子で、機能寄りに決める

 

 少しして、命が試着室から出てきた。

 

 姿勢はいつも通りまっすぐ。表情は読めない。

 でも歩幅がいつもより小さい。ほんの少しだけ緊張しているのが分かる。

 

 日和がすぐ近づいて、声を落とす。

 

「どう?」

「……問題ありません」

 

 命は丁寧に言い切る。

 ただ、そのあとが少しだけ遅れた。

 

「……その。変では、ないでしょうか」

 

 日和が笑って即答する。

 

「変じゃない。すごく命っぽい。安心感ある」

 

 命は頷かない。

 でも目が一度だけ、ほんの少しだけ柔らかくなる。見逃しそうな変化。

 

 ハンガーが戻り、必要なものが一通り揃う。

 レンは紙袋の数を見て、嬉しそうなのにどこか落ち着かない顔をした。

 

「……えっと、これ……」

 

 言いかけて、値札を思い出したみたいに口を閉じる。

 恵はそれを見逃さず、涼しい顔で先に言った。

 

「支払いは私が持ちますわ」

「……え」

 

 レンが固まる。日和も一瞬だけ目を丸くして、それから苦笑した。

 

「恵、言い方が強い」

「当然のことを当然に言っただけですわ」

 

 恵は淡々と続ける。

 

「私が招待した旅行ですもの。滞在に必要なものは、こちらで用意します。皆さんが気にすることではありませんわ」

 

 命は無表情のまま、でも視線を少しだけ落として丁寧に言った。

 

「……ありがとうございます。ただ、申し訳なくも」

 

 恵は命にだけ、ほんの少し声を柔らかくする。

 

「申し訳ないなど不要ですわ。楽しむために来ていただいたのですから」

 

 レンがようやく息を吐いて、小声で俺に言った。

 

「隼人……僕、いま“お嬢様の財力”を浴びてる……」

「浴びるな」

「浴びちゃうよ……!」

 

 日和が笑ってまとめる。

 

「じゃ、遠慮はするけど、遠慮しすぎない。恵の“招待”はそういうやつだよね」

「ええ。会計へ」

 

 袋が綺麗にまとめられ、車へ戻る。

 冷房の空気に包まれた瞬間、全員の肩が少し落ちた。

 

 レンが紙袋を膝の上に抱えて、幸せそうに言う。

 

「……買い物って、疲れるけど回復もするよね」

「どっちだよ」

「両方。両方だよ」

 

 日和が笑って、窓の外を見た。

 

「日差し強いし、今日はここで正解かも。初日から張り切りすぎると、後で崩れるし」

 

 恵は前の席で、涼しい声で言った。

 

「ええ。今日は“整える日”ですわ。買うものは買いましたし、あとは休むだけ」

 

 命は無表情のまま、紙袋の持ち手を指先で整える。

 

 その動きが少しだけ慎重で、日和は思わず袋に目をやった。――ちゃんと選べたかな、困ってないかな、って確認するみたいに。

 

 それに気づいたレンが、少しだけ慌てて口を開く。

 

「ひ、日和。えっと……さっき店でさ、日和のやつ、動きやすそうで良かった」

「ん? ありがと」

 

 日和はいつもの穏やかな笑いで返す。

 その自然さが、レンには逆に眩しい。

 

 レンは言い直すみたいに、声を落とした。

 

「……こういうの、一緒に選ぶの、楽しいね」

「うん。旅行っぽい」

 

 日和はさらっと頷いて、命のほうへ視線を戻す。

 

「命も、落ち着くの選べた?」

 

 命は一拍置いて、丁寧に答える。

 

「……はい。落ち着きます。派手ではありません」

「命っぽい。良かった」

 

 日和はそれだけ言って、もう深追いしない。

 車内の空気が、ふっと柔らかくなる。

 

 レンはその横顔を見て、何か言いかけて――結局、窓の外に視線を逃がした。

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