恵は迷いなく指示を出した。
「まず水着。次に羽織。最後に小物。順番に揃えますわ」
「号令みたい」
日和が笑うと、恵は悪びれない。
「迷う時間がもったいないですもの」
俺は男物の棚の前で、吊られているサーフパンツを一枚ずつ見ていく。
派手すぎない色。乾きやすい生地。ポケットの位置。縫い目の感じ。
レンが隣で、いくつか引っ張り出してきた。
「隼人、これどう? 柄ついてるやつ。リゾート感」
「いいな、この赤味のある淡いオレンジの気に入った」
「僕はどうしようかなこの青のグラデーションと黒字に赤の模様が描いてあるのと迷うなぁ」
レンは笑いながら、青と黒を二枚並べて見比べる。
「黒と青、どっち?」
「青。熱吸いにくい」
「理由が実用すぎる」
レンは青のサーフパンツを手に取った。
「決まり」
レンが即座に頷く。
「決まり! じゃあ次は上だね。ラッシュガードとか」
この世界ではビーチで上裸はほぼ見ない。
いないわけではないのだが、まず見ない。
「そうだな」
ラッシュガードの棚に移動して、楽しそうにハンガーを揺らした。
「じゃあおそろいで黒……って言うと浮くか」
「こっちなんかおしゃれでいいんじゃないか」
「それいいかも」
レンは笑いながら、俺の分もまとめて持っていった。
一方、女子側。
日和はハンガーを何本か持って、命の前に並べる。
「命、これとこれ。どっちが落ち着く?」
どちらも露出が少ないデザインで、色も控えめ。
シンプルな三角水着と、ウエストらへんがクロスした複雑っぽいやつ。
命はすぐに答えない。
視線だけで形を追い、次に色、最後に素材を見ている。
「……こちらの方が、安心します」
命が指先で示したのは、シンプルな方だった。
言い方は丁寧で変わらない。でも“安心”という単語が選ばれたのが、命らしい。
「うん、命っぽい」
日和はさらっと決めて、命にハンガーを渡す。
命は受け取るとき、ほんの少しだけ指先が慎重になった。
そのまま試着室の方へ向かおうとして――そこで一瞬、止まる。
恵が気づいて、涼しい顔で言った。
「命。試着室は奥ですわ。スタッフが案内します」
「……はい」
命は頷き、視線を一度だけ日和に向けてから、案内についていった。
日和が小さく息を吐く。
「命、こういう買い物って慣れてるはずなんだけどね。たぶん“みんなで”が落ち着かないんだと思う」
恵は肩をすくめる。
「慣れと、落ち着きは別ですわ」
その言い方だけは妙に優しい。
恵は自分の分を選ぶのが早い。
棚を見た時間より、手に取る時間の方が短い。迷いがない。
「私はこれで」
「速っ」
レンが小声でツッコミを入れる。
「恵、買い物も即断即決だよね」
「当然ですわ」
恵はさらっと返し、次に日和を見る。
「日和は?」
「私はこれ。動きやすいのがいい」
日和はいつもの調子で、機能寄りに決める
少しして、命が試着室から出てきた。
姿勢はいつも通りまっすぐ。表情は読めない。
でも歩幅がいつもより小さい。ほんの少しだけ緊張しているのが分かる。
日和がすぐ近づいて、声を落とす。
「どう?」
「……問題ありません」
命は丁寧に言い切る。
ただ、そのあとが少しだけ遅れた。
「……その。変では、ないでしょうか」
日和が笑って即答する。
「変じゃない。すごく命っぽい。安心感ある」
命は頷かない。
でも目が一度だけ、ほんの少しだけ柔らかくなる。見逃しそうな変化。
ハンガーが戻り、必要なものが一通り揃う。
レンは紙袋の数を見て、嬉しそうなのにどこか落ち着かない顔をした。
「……えっと、これ……」
言いかけて、値札を思い出したみたいに口を閉じる。
恵はそれを見逃さず、涼しい顔で先に言った。
「支払いは私が持ちますわ」
「……え」
レンが固まる。日和も一瞬だけ目を丸くして、それから苦笑した。
「恵、言い方が強い」
「当然のことを当然に言っただけですわ」
恵は淡々と続ける。
「私が招待した旅行ですもの。滞在に必要なものは、こちらで用意します。皆さんが気にすることではありませんわ」
命は無表情のまま、でも視線を少しだけ落として丁寧に言った。
「……ありがとうございます。ただ、申し訳なくも」
恵は命にだけ、ほんの少し声を柔らかくする。
「申し訳ないなど不要ですわ。楽しむために来ていただいたのですから」
レンがようやく息を吐いて、小声で俺に言った。
「隼人……僕、いま“お嬢様の財力”を浴びてる……」
「浴びるな」
「浴びちゃうよ……!」
日和が笑ってまとめる。
「じゃ、遠慮はするけど、遠慮しすぎない。恵の“招待”はそういうやつだよね」
「ええ。会計へ」
袋が綺麗にまとめられ、車へ戻る。
冷房の空気に包まれた瞬間、全員の肩が少し落ちた。
レンが紙袋を膝の上に抱えて、幸せそうに言う。
「……買い物って、疲れるけど回復もするよね」
「どっちだよ」
「両方。両方だよ」
日和が笑って、窓の外を見た。
「日差し強いし、今日はここで正解かも。初日から張り切りすぎると、後で崩れるし」
恵は前の席で、涼しい声で言った。
「ええ。今日は“整える日”ですわ。買うものは買いましたし、あとは休むだけ」
命は無表情のまま、紙袋の持ち手を指先で整える。
その動きが少しだけ慎重で、日和は思わず袋に目をやった。――ちゃんと選べたかな、困ってないかな、って確認するみたいに。
それに気づいたレンが、少しだけ慌てて口を開く。
「ひ、日和。えっと……さっき店でさ、日和のやつ、動きやすそうで良かった」
「ん? ありがと」
日和はいつもの穏やかな笑いで返す。
その自然さが、レンには逆に眩しい。
レンは言い直すみたいに、声を落とした。
「……こういうの、一緒に選ぶの、楽しいね」
「うん。旅行っぽい」
日和はさらっと頷いて、命のほうへ視線を戻す。
「命も、落ち着くの選べた?」
命は一拍置いて、丁寧に答える。
「……はい。落ち着きます。派手ではありません」
「命っぽい。良かった」
日和はそれだけ言って、もう深追いしない。
車内の空気が、ふっと柔らかくなる。
レンはその横顔を見て、何か言いかけて――結局、窓の外に視線を逃がした。