※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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77話 ラウンジで命と雑談

 車が施設に戻るころには、空が少しだけ柔らかくなっていた。

 夕方手前。まだ明るい。

 

 ロビーを抜けて、それぞれの部屋へ向かう。

 スタッフが荷物を運び、紙袋が静かに並ぶ。

 

「……今日はもう勝ちだな」

 

 レンが小声で言って、俺は短く返した。

 

「勝ちってなんだよ」

「だって、初日って疲れるじゃん。買い物だけで終わるの、めっちゃ良い」

 

 レンは本気で嬉しそうだった。

 俺も同意する。移動の疲れはある。ここで無理すると後が崩れる。

 

 部屋のドアが閉まる。

 静かだ。潮の匂いだけが薄く残っている。

 

「じゃ、俺シャワー浴びる」

「先どうぞ」

「ありがと。──あ、ハヤト」

 

 レンが振り向いた。

 

「今日さ。日和、ちゃんと見てたよね」

「見てたな」

「うん。だから……大丈夫」

 

 レンはそれ以上言わず、バスルームへ消えた。

 軽いのに、決めてる感じだった。

 

 俺はスマホを見た。

 通知が一つ。

 

 恵から。

 

『19時、ダイニング。軽いもので。無理はさせませんわ』

 

 “軽い”の基準は信用できない。

 でも「無理はさせない」と書くあたり、今日は本当に休ませる気らしい。

 

 もう一つ、命からも来ていた。

 

『今日はありがとうございました。少し落ち着きました。夜、少しだけ話せますか』

 

 短い。丁寧。

 でも最後の一行が本音だ。

 

 俺はすぐ返した。

 

『いいよ。夕飯のあと。ロビー横のラウンジで。』

 

 既読はついて、返事はすぐ

 

『はい。お願いします。』

 

 19時。

 ダイニングは軽いものではなかった。コースじゃない。テーブルに料理が順に増えるタイプでもない。

 でも食材が全部ちゃんとしてる。結局、恵の軽いは恵の軽いだった。

 

 レンはスープを飲んで、目を丸くする。

 

「……うま」

「うまいね」

 

 日和が笑う。

 

「レン、今日それしか言ってないよ」

「うまいしか出ない!」

 

 恵は涼しい顔で言う。

 

「初日は胃に負担をかけません。明日から動きますもの」

 

 命が小さく言った。

 

「……明日から、ですか」

「ええ。ですが今日は休む日です。命、安心なさい」

「……はい」

 

 命は頷いた。

 表情は読めない。でも“安心”という単語が出たのは、恵の言い方がちゃんと効いたからだと思う。

 

 食事が終わると、恵が立った。

 

「解散ですわ。今日は早めに休んでください」

「はーい」

 

 日和が素直に返事をして、レンも続く。

 

「僕も休む! 明日のために!」

 

 レンが言いながら、日和のほうを見る。

 視線が合って、日和が笑った。

 

「うん。明日のためにね」

 

 その一言でレンが少しだけ黙る。

 言いたいことがある。でも今日は言わない。そういう顔。

 

 俺はその空気を見て、何も言わなかった。

 

 ロビー横のラウンジは、昼より暗い。

 窓の外はまだ夜じゃない。けれど島の照明が点いて、影が増えている。

 

 先に来ていたのは命だった。

 姿勢がきれいで、座っていても背中がまっすぐ。表情は読めない。

 

「待たせた」

「いいえ。私が早かっただけです」

 

 命は丁寧に言って、手元のグラスに触れた。水だ。

 

「……今日、大丈夫だった?」

「はい」

 

 即答。

 でも、命はそのあと一拍置いた。

 

「……買い物のとき、少しだけ緊張しました」

「人が多いのは苦手?」

「苦手、というより……見られるのが」

 

 命は言い切らず、視線を落とした。

 

「恵が支払いを持つと言ったときも、私は……どう受け取ればいいか迷いました」

「招待だろ。恵が決めた」

「はい。頭では理解しています。ですが、気持ちが追いつかないことがあります」

 

 命は顔を上げた。

 目がまっすぐで、逃げない。

 

「隼人は、こういうとき……平気ですか」

「平気っていうか、考えるのやめる」

「……それは、強いですね」

「強くない。面倒だから」

 

 俺が言うと、命はほんの少しだけ目を細めた。笑ってはいない。けど、柔らかい。

 

「面倒、は……助かります」

「助かる?」

「余計なことを考えなくていいので」

 

 命は水を一口飲んで、少しだけ言葉を選ぶ。

 

「……それと」

「うん」

「今日は、あなたが男子の部屋に行く前……私を見ました」

「見たな」

「……私も、見ていました」

 

 命はまっすぐ言った。

 丁寧な口調のまま。

 

「離れるのが、少しだけ惜しかったです」

 

 短い。

 でも、はっきりした本音だった。

 

 俺は一度息を吐いて、同じくらい短く返した。

 

「俺も」

 

 命はすぐに反応しない。

 でも視線が揺れた。ほんの一瞬。

 

「……明日、海に行くんですよね」

「行く」

 

命は一拍置いて、丁寧に言った。

 

「……私は、少し恥ずかしいです」

「水着?」

「はい。普段と違うので……見られるのは、慣れていません」

「そのうち慣れるさ」

 

俺が即答すると、命は少しだけ息を吐いた。

それから、丁寧に言う。

 

「……恥ずかしいのは、ハヤトさんに見られるのも同じです」

「……俺に?」

「はい。理由は、うまく言えません。ですが……ハヤトさんの前だと、落ち着きません」

 

命はそこで一拍置いて、視線を少しだけ外す。

 

「……だから、恥ずかしいです」

 

 命はそう言って、少しだけ視線を外した。

 窓の外の暗さに目を向けるふりをして、落ち着く時間を作る。

 

 俺もそれを待つ。

 

 その間に、スマホが震えた。レンからだ。

 

『隼人、明日さ僕、日和と少し二人で歩ける時間ほしいどうしたらいい?』

 

 俺は短く返した。

 

『恵に任せろ。無理するな。』

 

 すぐ返事が来る。

 

『うん。ありがとう。ハヤトがいるから、僕、大丈夫』

 

 俺はスマホをしまって、命を見る。

 

 命は席に座ったまま、背筋を崩していない。表情は読めない。

 でも、さっきより呼吸がゆっくりだ。

 

 少し沈黙が落ちたあと、命が丁寧に口を開いた。

 

「……でも」

 

 命は小さく息を整えて、はっきり言った。

 

「ハヤトさんになら……大丈夫です」

 

 その言い方が丁寧すぎて、逆に胸に残った。

 

「……ありがとう」

 

 俺がそれだけ言うと、命は小さく頷いた。

 表情は読めない。でも、肩の力が少し抜けた。

 

「……変なことは、言わないでください」

「言わない」

「……約束です」

「約束」

 

 命はそれで安心したみたいに、水を一口飲んだ。

 それから、窓の外に目を向けて、小さく言う。

 

「今日は……もう休みます」

「ああ。明日な」

「はい。おやすみなさい、ハヤトさん」

「おやすみ」

 

 命は静かに立って、歩いていった。

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