※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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78話 海デビュー

 朝。カーテンの隙間から光が差してきて目が覚めた。

 島の朝は静かだ。潮の匂いが薄くて、空気が軽い。

 

 ベッドの向こうでレンが起き上がって伸びをする。

 

「おはよ、ハヤト。……今日、海だよね」

「そうだな」

「よし。じゃあ僕、勝ち」

「だから勝ちってなんだよ」

 

 レンは笑って、昨日買った袋を指でつついた。

 

「だって水着買ったし。もう勝ちでしょ」

 

 スマホが震えた。恵からだ。

 

『9時半、ロビー。海に行きますわ。遅れないで』

 

 レンが覗き込んで、すぐ姿勢を正す。

 

「はい……じゃなくて、了解!」

 

 ロビーに降りると、もう全員揃っていた。

 恵は当然みたいに立っていて、日和は落ち着いた顔。命は無表情で、帽子のつばを指先で整えている。

 

 恵が言う。

 

「朝食を済ませて、海へ行きます。荷物は最小限。水とタオル、羽織り。以上ですわ」

「指示が早い」

 

 日和が笑うと、恵は気にしない。

 

「迷う時間がもったいないですもの」

 

 命が小さく頷いた。

 それだけで“ついていける”感じがする。

 

 朝食はテラスだった。

 軽いパンと果物、ヨーグルト。これなら本当に軽い。

 

 レンが食べながら、日和をちらっと見る。

 言いたいことがある顔。でも言わない。今日は海が先だ。

 

 命は静かに水を飲んでいた。

 目線が時々、海の方へ動く。落ち着かないのが分かる。

 

 俺は短く言う。

 

「命、行けそう?」

 

 命は一拍置いて、丁寧に答えた。

 

「……はい。大丈夫です、ハヤトさん」

 

 昨日の続きだ。

 その言い方が、少しだけ強い。

 

 ビーチへ向かう車の中。

 レンは窓の外を見て、もう泳いでるみたいな顔をしてる。

 

「今日、僕、ちゃんと泳ぐから」

「見せたい相手がいるからか」

「……うん」

 

 レンは照れ隠しもしないで頷いた。

 日和はそれを聞いて、何も言わずに笑った。

 

 命は窓の外を見ている。

 表情は読めない。でも、指先が膝の上で一度止まる。緊張してる。

 

 俺は声を落として言った。

 

「命、無理しなくていい」

 

 命はすぐ返す。

 

「……はい。でも、今日は行きます」

 

 それで十分だった。

 

 プライベートビーチ。

 砂が白くて、波の音が一定。人はいない。視線が少ないだけで空気が違う。

 

 更衣のスペースはちゃんと用意されていた。

 スタッフが案内して、それぞれ着替える。

 

 先に出てきたのは恵だった。

 ホルターネックのビキニ。首の後ろで結ぶタイプで、ラインがすっきりしている。色は落ち着いた大人っぽいトーンで、装飾は最小限。光沢のある生地が日差しを受けても派手にならず、ただ“良いもの”だと分かる。

 

 恵は羽織も迷わず脱いで、砂浜にタオルを広げた。

 動きが速いのに雑じゃない。自分の見え方も、周りの動きも、全部把握しているみたいだ。

 

「さあ、行きますわ」

 

 その一言だけで、場が整う。

 

「さあ、行きますわ」

「恵、強すぎ」

 

 次に出てきたのが日和だった。

 レースアップの水着で、胸元の編み上げがさりげなくアクセントになっている。派手じゃないのに、近くで見るとちゃんと可愛い。色は白色だ、日和の雰囲気に合っていた。

 

 日和が砂浜に出てきたのを見て、レンが一瞬止まった。

 それから、声を落として言う。

 

「……日和、すごく似合ってる」

「え」

 

 日和が目を丸くして、すぐ視線を逸らした。

 耳が赤くなる。

 

「ちょ、レン君……いきなり言うの、ずるい」

「そう思ったんだ」

「……やめて。恥ずかしい」

 

 日和は笑おうとして、うまく笑えなくて、口元を手で隠した。

 

 レンはそれを見て、少しだけ安心した顔をする。

 それから、いつもの調子に戻すみたいに言った。

 

「でも、ほんとに。今日、いい日だね」

「……うん」

 

 日和は小さく頷いて、まだ赤いまま海の方へ歩き出した。

 日和は肩を軽く回して、砂の感触を確かめるみたいに一歩踏む。

 緊張してる様子はない。いつも通りの自然体で、でも“海用の顔”になっている。

 

「よし。準備できた」

 

 日和はそう言って笑い、レンの方を見た。

 

「レン君、いきなり沖はなしね」

「レン君、準備できた?」

「できた!」

 

 レンはサーフパンツにラッシュガード。昨日の選び方どおり、青色のグラデーションだ。

 でも顔はずっと楽しそうだ。

 

 最後に出てきたのは命だった。

 

 三角ビキニ。

 形はシンプルで、柄もほとんどない。余計な主張がなくて、逆に命らしい。

 

 ただ──本人は落ち着いていない。

 表情は読めないままなのに、歩幅が小さい。砂の上を一歩ずつ確かめるみたいに歩く。指先が何度も、自分の手元を整えようとして止まる。

 

 俺と目が合った。

 命は止まって、短く言う。

 

「……変では、ないですか」

 

 俺はすぐ答えた。

 

「変じゃない。似合ってるよ」

 

 命は一拍置いて、息を小さく吐いた。

 それから、視線を少しだけ外して言う。

 

「……ありがとうございます、ハヤトさん」

 

 耳がほんの少し赤い。

 命はそのまま、波の方へ向き直った。

 目立たない水着なのに、ちゃんと命らしさが出ていた。

 

 命は歩いてきて、俺の前で止まった。

 表情は読めない。けど、耳が少し赤い。

 

「……どうですか」

 

 聞き方が丁寧すぎる。

 でも、聞いてる内容は一つだ。

 

 俺は短く言った。

 

「変じゃない。命らしい」

 

 命は一拍置いて、小さく息を吐いた。

 

「……ありがとうございます」

 

 それから、すぐ目を逸らして、波の方を見る。

 

「……行きましょう」

 

 海に近づくと、レンが先に走った。

 

「うわ、冷たっ! 最高!」

「レン君、転ぶな!」

 

 日和が笑いながら追う。

 

「レン君、いきなり深いとこ行かないでねー」

「はーい!」

 

 恵は砂浜にパラソルの位置を決めて、タオルを置く。

 “遊び”でも段取りを崩さない。

 

「ここが拠点ですわ。荷物はここ。飲み物はここ。忘れないで」

「はいはい」

 

 日和が軽く返して、海へ。

 

 命はまだ砂浜にいる。

 波打ち際を見ている。

 

 俺は隣に立った。

 

「入る?」

 

 命は小さく頷く。

 

「……はい。ですが、少しだけ」

 

 命は足先だけ水に入れた。

 肩が一瞬だけ跳ねる。でも、すぐ戻す。

 

「……冷たいですね」

「冷たいな」

 

 命はもう一歩入った。

 膝下まで。そこまで来ると、呼吸が少し落ち着いた。

 

 水面の光が反射して、命の白い水着姿がよく映える。

 白が眩しいのに、命はそこに立っているだけで静かだった。

 

 命は目を逸らしたまま、波の音に合わせて息を整える。

 表情は読めない。でも肩が少しだけ固い。

 

「……見ないでください」

 

 小さな声。丁寧なのに、急いで言った感じがする。

 

「見てない」

「見ています」

 

 命はそう言ってから、自分でも言いすぎたと思ったのか、口を閉じた。

 耳が赤い。

 

 俺は短く言う。

 

「奇麗だよ」

 

 命は一拍置いて、何も言わない。

 その代わり、視線だけがこちらに戻る。すぐ外れる。落ち着かない。

 

「……ありがとうございます、ハヤトさん」

 

 命はそれだけ言って、足先で水を触った。

 冷たさに一瞬だけ肩が跳ねる。すぐ戻す。強がりじゃない。整える癖だ。

 

 日和が少し離れたところから声をかける。

 

「命、ゆっくりでいいよ。浅いとこ一緒に行こ」

「……はい」

 

 命は頷いて、もう一歩だけ前に出た。

 水が足首を越えて、引いていく。砂がさらさら動く。

 

 レンが沖の方で手を振る。

 

「命ー! こっち、ちょうどいい! 波が押してくれる!」

「レン、声!」

 

 恵の声が砂浜から飛んできて、レンがすぐ小さくなる。

 

「……はい!」

 

 日和が笑って、命の隣に立った。

 

「ほら、同じくらいまで。いける?」

 

 命は小さく息を吐いて、頷く。

 

「……いけます」

 

 命の白が、波の白と重なる。

 同じ白なのに、命のほうが輪郭がはっきりして見えた。

 

 命がもう一度、俺を見る。

 視線が少しだけ長い。

 

「……顔に出さないでください」

「出してない」

「出ています」

 

 命はそう言って、やっと少しだけ口元を緩めた。

 笑ってはいない。でも、柔らかい。

 

 命はそのまま、もう一歩。

 水が膝まで来て、波がふくらはぎに当たった。

 

 驚いた顔はしない。

 ただ、指先が一度だけ握られて、すぐ開く。

 

「……海は」

 

 命が小さく言う。

 

「……思ったより、静かですね」

「人がいないからな」

「……はい」

 

 波が足に当たって、引いていく。

 俺は言った。

 

「行こう」

 

 命は小さく頷いた。

 

「……はい、ハヤトさん」

 

 海デビューは、派手じゃなくていい。

 命は今、ちゃんと前に進んでる。

 

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