午前中に海へ入ったせいで、体が少し塩っぽい。
髪も乾ききってなくて、風が当たるたびにひんやりする。
パラソルの影に戻ると、恵がもうタオルと飲み物を並べていた。
「はい。休憩。水飲んで」
「仕切りが早い」
日和が笑って言うと、恵は当然みたいに頷く。
「早い方が楽でしょ」
レンが砂を払って座り、息を吐く。
「……午前でこんなに楽しいって、反則じゃない?」
「反則は島のせい」
日和が軽く返す。
命はタオルを肩にかけたまま、少し離れたところに座った。
白い水着が乾いて、さっきより光が落ち着いて見える。
表情は読めない。でも、さっきより呼吸が整っている。
恵が言う。
「昼は、軽く食べる。ついてきて」
「軽く……」
レンが小声で言いかけて、すぐやめる。恵の“軽い”は信用しない方がいい。
ビーチ沿いに、屋台みたいなカウンターがあった。
木の屋根と白い布。メニューは少ない。匂いだけで腹が減る。
鉄板の上で、エビが音を立てて焼けている。
にんにくの香りが風に乗って流れてきた。
レンが目を輝かせる。
「ガーリックシュリンプ……!」
日和が笑う。
「好きでしょ、そういうの」
「好き! 旅行っぽい!」
恵が一歩前に出て、スタッフに短く言った。
「ガーリックシュリンプ、五つ。あとライスも。飲み物は水で」
「はい、かしこまりました」
恵は財布も出さない。
スタッフが当たり前みたいに動く。
命が小さく言った。
「……屋台、なのですね」
「屋台っぽいだけ」
日和が言う。
「こういうの、リゾートほどあるよ。雰囲気だけ屋台」
「……なるほど」
命は頷いた。納得の仕方が丁寧だ。
レンがハヤトの方へ身を寄せて、声を落とす。
「ねえ、にんにくの匂い、やばい。最高」
「あとで水飲め」
「はい……」
出来上がったパックが並ぶ。
熱い。香りが強い。レモンが添えられている。
恵がそれを受け取って、迷いなく配る。
「はい。食べて」
「恵、配給みたい」
「配給で結構」
日和が笑って、レンに渡す。
「レン、落とさないでね」
「落とさない!」
レンは受け取った瞬間、鼻から息を吸ってしまって、すぐ咳き込んだ。
「っ……にんにく強い……!」
「吸うな」
日和が肩を叩いて、笑いをこらえる。
命はパックを両手で持って、一口だけ小さく食べた。
一拍置いて、目を瞬かせる。
「……おいしいです」
言い方が淡々としてるが、おいしいようだ。
俺は思わず言う。
「味、強いだろ」
「はい。ですが……海の後なので」
命はそう言って、もう一口食べた。
さっきより食べ方が迷わない。
恵が満足そうに言う。
「午後も動くから、ちゃんと食べて。倒れたら意味がない」
「うん」
日和が頷く。
「午後は何する? 泳ぐ? 浮き輪?」
レンが即答する。
「泳ぐ! 今日はちゃんと遊ぶ日!」
「ちゃんと、って何」
日和が笑って、レンは照れたように口を閉じた。
それから小さく言う。
「……楽しく、ってこと」
日和は一瞬だけ目を逸らして、耳が赤くなる。
「……うん。楽しくね」
レンはそれ以上言わない。
でも、嬉しそうにエビを食べた。
命はそのやり取りを見て、視線を落とした。
表情は読めない。でも、さっきより肩が柔らかい。
昼の匂いはにんにくで、風は海で、空はまだ高い。
午後の遊びが、もう待っている。
食べ終わると、恵が手を叩いた。
「はい。午後」
「急!」
日和が笑う。
「でも、そうしないとだらだらするよね」
「そう。だらだらは夜にやる」
恵は当然みたいに言って、砂浜の方を指す。
「浮く道具、用意してある。使う?」
レンが目を輝かせる。
「使う!」
「即答」
恵の合図でスタッフが運んできたのは、浮き輪とボディボードと、フィン。
遊び道具は派手だけど、新品みたいに綺麗で、全部が整ってる。
レンがボディボードを抱えた。
「これ、やりたい。波に乗るやつ」
「浅瀬だけ」
恵が即決する。
「沖はダメ。見張りも付ける」
「はーい」
レンは素直だった。今日は“ちゃんと遊ぶ日”だから。
日和が命の方を見る。
「命はどうする? 泳ぐ? 浅瀬で浮く?」
命は一拍置いてから答えた。
「……浅瀬で、浮くなら」
「じゃあ浮き輪持ってこ」
日和は命に大きめの浮き輪を渡した。
命は両手で持つ。表情は読めない。でも受け取り方が慎重だ。
俺が言う。
「命、無理しなくていい」
命はすぐ返す。
「……はい。ですが、少しだけ進みます」
その返事は、午前より強い。
海に入ると、午後の水は少しだけ温かい。
波も午前より大きい。遊べる波だ。
レンはボディボードを抱えて、浅いところで構えた。
「日和、見てて。いくよ」
「うん。転ばないでね」
「転ばない!」
レンはタイミングを見て、波に合わせて飛び込んだ。
板が前に滑る。体が乗る。波が押す。
レンは一瞬だけ真剣な顔になって、そのまま笑った。
「うわ、いけた!」
日和が拍手する。
「すごいじゃん」
「ね! 僕、できる!」
レンは戻ってきて、息を弾ませて言った。
「もう一回!」
「休憩入れて」
日和が止めると、レンはすぐ頷いた。
「……はい」
恵が砂浜から声を飛ばす。
「レン様、偉いですわ。ちゃんと聞いて」
「恵、うるさい!」
恵は涼しい顔で手を振った。
「褒めてるだけ」
日和が笑って、レンは顔を赤くして海へ戻った。