※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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81話 フィッシングクルーズ

 朝は昨日より涼しかった。

 海の匂いが近いのに、空気が軽い。

 

 ロビーに降りると、恵がもう立っていた。帽子もサングラスも完璧で、表情は涼しいまま。

 

「おはようございますわ。今日は船ですの」

「船?」

 

 レンが目を丸くする。

 

「クルーザーを出しますわ。フィッシング。貸し切りです」

「え、釣り!?」

 

 レンがそのまま笑って、両手を上げた。

 

「やった! 僕、釣る! でっかいやつ!」

 

 日和が笑う。

 

「朝から元気だね」

「元気! 海の上は元気になる!」

 

 恵は気にせず続けた。

 

「道具は用意してあります。服は濡れてもいいもの。日焼け対策も忘れないこと。以上ですわ」

 

 命は無表情で頷いた。

 ただ、視線が少しだけ海の方へ動く。落ち着く系の予感がしている顔だ。

 

 日和が俺の方を見る。

 

「ハヤトさん、酔いとか大丈夫?」

「大丈夫」

「命も? 船」

 

 命は一拍置いて、丁寧に答えた。

 

「……大丈夫です。静かなら、むしろ助かります」

「うん、静かだよ。釣りだし」

 

 レンがすぐに割り込む。

 

「僕、釣る! 大きいやつ!」

「欲張りすぎですわ」

 

 恵がさらっと斬る。

 

 港までの移動は車だった。

 窓の外に桟橋が見えてきて、レンが身を乗り出す。

 

「うわ、ほんとにクルーザー……」

 

 白い船体。派手じゃないのに、きれいで大きい。

 スタッフが待っていて、恵を見るなり頭を下げた。

 

「九条様。出航の準備は整っております」

「ええ。お願い」

 

 恵は当然みたいに頷く。

 

 乗り込むと、船の中は静かだった。

 冷えた水が用意されていて、タオルも揃っている。釣り具がきれいに並んでいた。

 

 レンが小声で言う。

 

「釣りって、もっとこう……泥臭い感じじゃないんだ」

「恵が用意したんだ。普通の釣りじゃない」

 

 俺が言うと、レンは納得して頷いた。

 

「だよね」

 

 日和が笑う。

 

「レン、手、洗わなくて済みそうで良かったね」

「それは失礼!」

 

 船が動き出す。

 エンジンの音が小さくて、海の音の方が大きい。

 

 命は手すりの近くに立って、海を見ていた。表情は読めない。

 でも肩が少し楽そうだ。波の音が一定だからだろう。

 

 俺が隣に行くと、命は小さく言った。

 

「……海の音は、落ち着きます」

「分かる」

「昨日より、静かです」

「今日は人が少ない」

 

 命は頷いた。

 

「……こういう海なら、平気です」

 

 短い。けど、安心の言葉だった。

 

 ポイントに着くと、スタッフが手早く準備をした。

 竿の持ち方、糸の出し方、餌の付け方。説明は短く、分かりやすい。

 

「力を入れすぎないでください。魚が来たら、ゆっくり巻きます」

「分かった!」

 

 レンが元気に返事をする。

 

「……分かりました」

 

 恵がレンを見る。

 

「レン、あなたは“派手に釣る”より、まず落ち着いて」

「落ち着いて派手に釣る!」

「矛盾ですわ」

 

 日和が笑う。

 

「でもレン君っぽい」

 

 釣りが始まると、時間がゆっくり進んだ。

 波、風、糸の張り。目と手が静かになる。

 

 命は竿を持ったまま、姿勢がきれいだった。

 あまり動かないのに、ちゃんと“待つ”ができる。

 

 命が小さく言った。

 

「……これ、好きかもしれません」

「釣り?」

「はい。静かです。考えすぎなくて済みます」

 

 その言い方が命らしくて、俺は短く頷いた。

 

「合ってるな」

 

 命は一拍置いて、少しだけ視線を外す。

 

「……ハヤトさんが、変な顔をしないからだと思います」

「またそれか」

「はい」

 

 命は淡々と言い切って、少しだけ耳が赤い。

 本人は気づいてないふりをして、海を見る。

 

 そのとき、レンの竿がぐっと引かれた。

 

「え、きた! きた!」

「レン、落ち着いて!」

 

 日和がすぐ横で支える。

 

「巻いて! ゆっくり!」

「ゆっくり……ゆっくり……!」

 

 レンは真剣な顔で巻いた。

 糸が張って、竿がしなる。

 

 レンの口が小さく開いた。

 

「……日和、見てる?」

 

 日和は一瞬だけ止まって、すぐ頷く。

 

「見てる。ちゃんと見てる」

 

 レンがその一言で笑った。

 釣りの最中なのに、顔が嬉しそうになる。

 

「……よし!」

 

 水面が割れて、小さめだけど綺麗な魚が上がった。

 

「釣れた!」

 

 レンが声を上げかけて、日和が指を立てる。

 恵が腕を組んだまま言う。

 

「レン、合格ですわ」

「合格!?」

「落ち着いて釣れましたもの」

 

 レンは魚を見て、子どもみたいに喜んだ。

 日和は照れたまま、でも嬉しそうに笑っていた。

 

 命はその様子を見て、何も言わない。

 けれど、口元がほんの少しだけ柔らかい。

 

 船の上の時間は、静かで楽しい。

 海は青くて、波は小さい。風が一定で、糸がまっすぐ落ちる。

 

 スタッフが竿を四本並べて言う。

 

「竿は軽いものです。糸が引かれたら、慌てずに巻いてください。分からなければ声をかけてください」

「分かった!」

 

 レンが即答して、竿を取る。

 日和も続く。恵は迷いなく手袋をはめた。命は一歩遅れて竿を持つ。動きが丁寧だ。

 

 俺は命の隣に立った。

 

「困ったら言え」

「はい、ハヤトさん」

 

 命はそう言って、海面を見た。

 深さを測るみたいな目だった。

 

 レンの次に反応が出たのは恵だった。

 恵は竿先が小さく震れた瞬間、指で糸を止めて、短く巻き始めた。

 

「来ましたわ」

 

 声は落ち着いている。

 引きに合わせて、一定の速さで巻く。迷いがない。

 

 日和が感心した顔で言う。

 

「恵、慣れてるね」

「慣れていませんわ。教えられた通りにやっているだけですの」

「それができるのがすごい」

 

 恵は表情を変えずに、最後まで巻き切った。

 小ぶりの魚が上がる。綺麗な色だ。

 

「一匹目ですわ」

 

 恵はさらっと言って、スタッフに渡す。

 

 レンが目を輝かせた。

 

「え、恵すご! じゃあ僕も!」

 

 レンは糸を落とすと、じっと待てなくて竿先を見つめ続けた。

 波が揺れるたびに「今!?」って顔になる。

 

「レン、焦りすぎ」

 

 日和が笑って言う。

 

「焦ってない。集中してる!」

「集中、顔に出すぎ」

 

 日和が言い終わる前に、レンの竿がぐっと引かれた。

 

「え、きた! きた!」

 

 レンは反射で巻き始めて、勢いが強い。

 

「ゆっくり!」

 

 日和が横から声をかける。

 

「竿立てて。そう。落ち着いて、落ち着いて」

 

 レンは日和の言葉を聞いて、すぐ速度を落とした。

 顔が真剣になる。竿がしなる。

 

 レンが小さく言う。

 

「……日和、見てる?」

 

 日和は一瞬だけ止まって、すぐ頷いた。

 

「見てる。ちゃんと見てる」

 

 レンはその一言で笑った。

 そして最後まで巻き切って、小さめだけど綺麗な魚が上がる。

 

「釣れた!」

 

 レンは素直に喜んで、日和も笑った。

 

「うん。釣れた」

 

 レンは魚を見て、嬉しそうに言う。

 

「僕、今、ちょっとだけかっこよかった?」

「……ちょっとじゃない」

 

 日和が照れて目を逸らす。

 レンはそこで黙らずに、笑って頷いた。

 

「よし」

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