※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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83話 サンゴの海

 午後の光は強かった。

 でも、今日は焦らない。恵が決めた通り、いったん休んでから動く。

 

 集合は夕方前。ロビーに降りると、恵がもう揃っていた。帽子を指で整えて、涼しい顔。

 

「準備はできまして? 今日は体験ダイビングですわ」

「できてる!」

 

 レンが即答する。昼の勢いのまま。

 

 日和が笑って言う。

 

「レン、落ち着いてね」

「落ち着いてる! たぶん!」

 

 恵が一言で切る。

 

「たぶんは禁止ですわ」

「はい!」

 

 命は静かに立っていた。表情は読めない。

 でも視線が一度、俺に向く。すぐ外れる。落ち着かないときの動きだ。

 

 俺が小声で言う。

 

「嫌ならやめていい」

 

 命は一拍置いて、丁寧に答えた。

 

「……はい。でも、やってみます」

 

 短いけど、逃げない返事だった。

 

 車で少し移動して、別の入り江に着いた。

 水が透けていて、浅い場所でも底が見える。ここならサンゴがある。

 

 器材が並び、インストラクターが集めて言った。

 

「ここは浅いリーフです。サンゴがあります。触らない、踏まない。足は上げて移動」

「合図はこれだけ覚えてください。OKは一番使います」

 

インストラクターが指で丸を作る。

 

「水の中は話せません。不安がないか、苦しくないかの確認は全部これです。こちらが聞いたら、必ず返してください」

 

 恵が涼しい顔で頷く。

 

「ええ。壊したら許しませんわ」

 

 日和が笑う。

 

「恵、こわい」

「当然ですわ」

 

 レンは水面を覗き込み、目を丸くした。

 

「え、下にもう見える……すご」

 

 命も同じように水を見る。

 すぐ目を逸らすけど、気になってるのが分かる。

 

「ペアはどうします?」

 

 インストラクターの問いに、恵が即答した。

 

「ハヤトさんは命。日和はレン。私はスタッフと入りますわ」

 

 レンが一瞬止まって、それから小さく頷く。

 

「……うん」

 

 日和が少し照れて笑う。

 

「うん。ついてるよ」

 

 レンはそれで落ち着いた顔になった。

 

 命は俺の隣で、短く言う。

 

「……お願いします、ハヤトさん」

「ああ」

 

 ウェットスーツを着ると、空気が少し変わる。

 命も肩の力がほんの少し抜けた。

 

 浅瀬まで歩く。波が足に当たって、スーツの中がひんやりする。

 

 レンが器材の重さに顔をしかめた。

 

「これ、重い……」

「水に入れば軽く感じるよ」

 

 日和が言うと、レンは素直に頷く。

 

「……うん。日和、近くにいて」

「いるよ」

 

 日和の返事で、レンが笑った。照れも隠さない。

 

 命は一歩ずつ、確認するみたいに進んだ。

 俺を見る。

 

「……呼吸、できるでしょうか」

「最初は変。慣れる」

「……はい」

 

 命は丁寧に返して、レギュレーターをくわえた。

 

 最初は水面で練習。

 吸って、吐く。吸って、吐く。

 

 レンは一回目で目を見開いて、すぐ日和を見る。

 日和が“OK?”のサイン。レンもぎこちなく“OK”。

 

 命も同じだった。

 一度だけ呼吸が止まりかける。でもすぐ立て直す。

 

 俺が“OK?”を出す。

 命は一拍置いて“OK”を返した。指先が少し震えてる。

 

 恵はもう落ち着いている。インストラクターの横で、淡々と準備を終えていた。

 

「行きますわ」

 

 恵が先にゆっくり沈む。

 

 俺と命も沈む。

 水の中は静かで、音が減る。自分の呼吸だけが聞こえる。

 

 そして、下にサンゴが見えた。

 

 丸いの、枝みたいなの、広がるの。形が全部違う。

 その上を、色のきれいな魚が小さな群れで流れていく。青いの、黄色いの、細い線が入ってるの。光に当たるたび、色が変わる。

 

 少し先では、もう少し大きい魚が一匹、ゆっくり回っていた。

 近づくと逃げる。でも、視界からは消えない。ここが住処なんだと分かる。

 

 命が目を見開いた。

 怖いじゃない。驚きだ。

 

 命は魚を見て、俺を見る。

 もう一度、魚の群れを見る。

 

 俺は“OK?”のサインを出す。

 

 命は一拍置いて、“OK”を返した。

 さっきより手が落ち着いている。

 

 命が“OK”を返したあとも、景色は止まらなかった。

 

 魚の群れが、サンゴの上をすっと割って通る。

 群れの形が一瞬だけ崩れて、すぐ元に戻る。その動きがきれいで、目が追いつかない。

 

 命が指先を少し動かして、遠くを指した。

 “あれ”と言いたいのに、声は出せない。

 

 視線の先に、細い魚が一本みたいに泳いでいた。

 ゆっくりで、落ち着いている。近づきすぎない距離を保っている。

 

 俺は命に頷いて、距離を変えずに横へ移動した。

 足は上げたまま。サンゴを踏まない。

 

 命も同じように動く。

 さっきより動きが硬くない。呼吸も乱れていない。

 

 少し先で、レンと日和が見えた。

 レンは大げさなくらい丁寧に足を上げていて、日和の横から離れない。

 

 日和がレンに“OK?”を出す。

 レンが大きく“OK”。指が元気すぎる。

 

 日和が笑ったみたいに目を細めて、レンの腕を軽く叩く。

 水の中でも分かるくらい、レンが嬉しそうに頷いた。

 

 さらに前に、恵。

 恵はインストラクターの横で、きれいに進んでいた。迷いがない。

 魚の群れが恵の前を横切っても、慌てずに待つ。全部が落ち着いてる。

 

 命が一瞬だけ恵を見る。

 それから俺を見る。

 

 比べてるわけじゃない。

 “みんなでやってる”のを確認してる目だ。

 

 俺はもう一度“OK”を出した。

 命はそれに返して、少しだけ目を柔らかくした。

 

 そのとき、目の前を青い魚が一匹、横切った。

 命が一瞬、呼吸を止めかけて、すぐ吸い直す。驚いてる。

 

 命が俺を見る。

 俺は何も言わずに、ただ頷いた。

 

 命はそれで落ち着いて、魚の行方を目で追う。

 白い泡が少しだけ上がって、光の中で消えた。

 

 少し進むと、レンと日和が見えた。

 レンは日和の近くを守るみたいに泳いで、ちゃんと足を上げている。

 

 日和がレンに“OK”を出す。

 レンが大きく“OK”。わざとらしいくらい大きい。

 

 恵は少し先で、サンゴの上をきれいに通っていた。無駄がない。

 

 命がふっとこっちを見た。

 言葉はない。でも「見せたい」が分かる目だった。

 

 俺は頷いた。

 

 水面に戻ると、レンが先に顔を出して息を吐いた。

 

「……やばい! サンゴすごい!」

 

 日和が笑う。

 

「声でかい」

「ごめん! でもすごい!」

「うん、すごいね」

 

 レンが日和を見て、まっすぐ言う。

 

「日和がいたから、できた」

 

 日和が一瞬止まって、耳が赤くなる。

 

「……もう。そういうの、ずるい」

「ずるくない。本当」

 

 命はゆっくり顔を出して、息を整えた。

 それから俺を見て、小さく言う。

 

「……できました」

「できたな」

 

 命は一拍置いて、丁寧に続ける。

 

「……ハヤトさんがいたので」

「俺は隣にいただけ」

「……それが、いいです」

 

 命の声は小さい。

 でも、はっきりしていた。

 

 夕方の海は、光が柔らかい。

 サンゴの景色が頭に残る。

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