※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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84話 海の後の夜

 ダイビングのあと、体の芯が少しだけ冷えていた。

 シャワーを浴びて着替えると、ようやく呼吸が戻る。髪を乾かす音が部屋に落ち着きを作った。

 

 集合の時間にロビーへ行くと、恵が先にいた。いつも通り涼しい顔。

 でも今日は、服が少しだけ“夜用”だった。派手じゃないのに、ちゃんと違う。

 

「遅くないですわね。よろしいですわ」

「よろしいって何」

 

 日和が笑う。

 

「褒めてるんでしょ」

「当然ですわ」

 

 レンは落ち着かない顔で、ネクタイの位置を触った。

 

「なんか、緊張する。僕、今日ずっと水の中だったのに、今の方が緊張する」

「分かる」

 

 日和が頷いて、レンの袖を軽く引く。

 

「大丈夫。食べるだけ」

「……うん」

 

 命は静かに立っていた。

 表情は読めない。でも、髪がきちんと整っていて、視線が落ち着いている。昼よりも“夜の命”だ。

 

 俺が命を見ると、命は小さく言った。

 

「……今日は、ありがとうございました」

「何が」

「……隣にいてくださったことです」

 

 言い方が丁寧で、短い。

 でも、ちゃんと刺さる。

 

「どういたしまして」

 

 俺がそう返すと、命は一拍置いて頷いた。

 

 ダイニングは海が見える場所だった。

 窓の外はもう暗い。波の音だけが残っている。

 

 席に案内される。個室じゃないのに、周りの気配が遠い。

 静かに豪華だ。

 

 レンが小声で言う。

 

「ここ、映画みたい」

「黙って食べなさい」

 

 恵が即座に言って、でも目は楽しそうだった。

 

「今日は頑張ったご褒美ですわ」

「ご褒美……!」

 

 レンが目を輝かせる。

 

 最初に出てきたのは、冷たい前菜。

 彩りがきれいで、味が軽い。海の後でも入る。

 

 日和が一口食べて、目を丸くする。

 

「……おいしい」

「当然ですわ」

 

 恵はさらっと言って、グラスを持つ。

 

「今日は無事に終えました。乾杯ですわ」

 

 グラスが触れる音は小さい。

 でも、それだけで一日が締まる。

 

 命はグラスを持って、丁寧に言った。

 

「……乾杯」

 

 レンが日和を見て、照れたまま言う。

 

「今日、楽しかった」

「うん。楽しかった」

 

 日和も照れて、すぐ料理に逃げた。

 

 魚料理が来た。昼の釣果とは別物みたいに、上品な味。

 肉も来る。ソースが重くない。全部が“疲れてても食べられる豪華”だった。

 

 恵がナイフを置いて言う。

 

「明日は無理をしません。午前は自由。昼から動きますわ」

「また予定あるんだ」

 

 日和が笑う。

 

「もちろんですわ。来た以上、遊びますもの」

 

 命が小さく言った。

 

「……私は、今日だけでも十分です」

 

 恵がすぐ返す。

 

「だめですわ。命はもっと遊びなさい」

「……はい」

 

 命は断らない。

 でも、その返事が少しだけ柔らかい。

 

 俺はその横顔を見て、思った。

 

 海に入れた。潜れた。笑ってはいないけど、逃げていない。

 命は少しずつ前に出ている。

 

 レンは日和の隣で、何度も言いかけて、飲み込んでいた。

 言葉を溜めている顔だ。たぶん、まだ言えないのだろう。

 

 夜は、静かに豪華で。

 今日の疲れを、ちゃんと“良いもの”で上書きする時間だった。

 

 食事が終わるころには、体の疲れがいい感じに出ていた。

 満腹で、眠い。でも今すぐ寝るのは惜しい。

 

 部屋に戻ると、レンがソファに沈みながら言った。

 

「……なんか、締めがほしい」

「締め?」

 

 日和が笑う。

 

「レン、文化祭みたいなこと言う」

 

 恵が当然みたいに言った。

 

「締めならありますわ。トランプ」

「あるんだ」

「ありますわ」

 

 恵はテーブルの引き出しから、白い箱を出した。

 新品みたいに角が揃っている。

 

「大富豪でいい?」

 

 日和が言うと、レンが即答する。

 

「いい! 僕、勝つ!」

「気が早い」

 

 俺が言うと、恵がさらっと言った。

 

「私が勝ちますわ」

「恵まで言う」

「ゲームですもの」

 

 命は少し離れて座っていた。

 でも箱を見る視線が、ほんの少しだけ長い。

 

 日和が命に言う。

 

「命もやろ。簡単だよ」

 

 命は一拍置いて、丁寧に答えた。

 

「……はい。やります」

 

 配られたカードを見て、レンが一瞬だけ顔を曇らせた。

 

「……弱い」

「声で出すな」

 

 日和が笑って止める。

 

「出しちゃダメだよ」

 

 恵は涼しい顔でカードを揃える。

 

「ルールは通常で。ジョーカーあり。革命ありですわ」

「恵、容赦ない」

「当然ですわ」

 

 最初の一手で、レンが小さくガッツポーズをした。

 

「……いける」

「さっき弱いって言ってたのに」

 

 日和が笑う。

 

 恵は淡々と強い札を切っていく。

 迷いがない。無駄もない。

 

「はい。流しますわ」

「強っ……」

 

 レンが呻いて、日和が肩を叩く。

 

「レン君、頑張れ」

「頑張る……!」

 

 命の番が来る。

 命はカードを見て、少しだけ迷う。表情は読めない。

 でも指先で、カードの角をきれいに揃えた。落ち着くための癖。

 

 命は静かに出した。

 

「……同じ数字が、三枚あります」

「出し方が丁寧すぎる」

 

 日和が笑って、恵が言う。

 

「命、よろしいですわ。出しなさい」

 

 命は頷かずに、三枚を置く。

 場が一気に進む。

 

 レンが目を丸くする。

 

「命、強いじゃん!」

 

 命は無表情のまま、丁寧に言った。

 

「……偶然です」

「偶然じゃないよ!」

 

 日和が笑う。

 

 終盤、レンがカード一枚になって、勢いよく言った。

 

「いける!」

「それも声で出すな」

 

 日和が笑って止める。

 

 恵が最後に一言。

 

「レン、詰めが甘いですわ」

 

 恵が革命を出して、場がひっくり返る。

 レンが崩れ落ちる。

 

「うそ……」

 

 日和が笑いながら言う。

 

「恵、強すぎ」

「当然ですわ」

 

 命は小さく言った。

 

「……楽しいです」

 

 その一言が出た瞬間、今日の締めは成功だった。

 

 

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