※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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87話 ビーチゲーム

 朝から日差しが強かった。

 今日はイベント日。恵がそう決めた日だ。

 

 ロビーに集まると、恵が涼しい顔で言う。

 

「昼はビーチで遊びますわ。夜はBBQ。最後に焚火ですの」

「BBQ!?」

 

 レンが一気に顔を明るくする。

 

「夜まであるんだ!」

 

 日和が笑う。

 

「レン君、体力残してね」

「残す! でも遊ぶ!」

「両立して」

 

 恵は当然みたいに頷いた。

 

「両立しなさい。倒れたら台無しですわ」

 

 ビーチに着くと、もう準備ができていた。

 パラソル、冷えた水、タオル、遊び道具。全部“整ってる”。

 

 レンは砂浜に降りた瞬間、走り出しそうになって止まる。

 

「……遊んでいい?」

「いいですわ」

「よし!」

 

 レンは日和を振り返る。

 

「日和、行こ!」

「うん」

 

 日和は照れも隠さず、でも自然に頷いた。

 

 恵は俺を見る。

 

「ハヤトさん。今日は“普通に”楽しんで」

「……ああ」

 

 その一言が、刺さった。

 

 普通。

 今の俺は、普通じゃない。

 

 頭のどこかにずっと残っている。

 命に見られたかもしれない、ということ。

 いや、見られた。あの気配。あの一瞬の空気。

 

 それなのに、俺は命に何も聞けていない。

 昨日も今日も、命はいつも通りで――それが余計に落ち着かない。

 

 顔に出すな。

 変に気にするな。

 そう思って、呼吸だけ整える。

 

 日和とレンは浅瀬へ入った。

 レンは泳ぎが速い。今日は“見せる”じゃなく、“一緒に遊ぶ”方に寄せている。

 

「日和、浮き輪いる?」

「いらない」

「かっこいい!」

「レン君、うるさい」

 

 日和が笑う。レンは笑って、でも少し距離を詰める。

 

 恵は砂浜に椅子を置いて、全体を見る位置に立った。

 遊びの顔をしながら、ちゃんと管理している。

 

「水分。忘れないでくださいまし」

「はーい」

 

 日和が返して、レンも頷く。

 

 命は少し遅れて海に入った。

 白い水着は昨日と同じ。でも今日は、昨日より迷いが少ない。

 

 命は浅瀬で止まって、波を見てから一歩進む。

 それだけで、十分“進んでいる”。

 

 俺は命の近くに立つ。

 近くにいるのは自然だ。そう見えるはずだ。

 

「……おはようございます、ハヤトさん」

 

 命は丁寧に言う。表情は読めない。

 でも、目は落ち着いている。

 

「おはよう」

 

 それだけ返す。

 余計なことは言わない。今は。

 

 命は一拍置いて、短く言った。

 

「……今日は、暑いですね」

「暑いな」

 

 会話が薄い。

 本当は聞きたい。昨日のこと。見たのか。どう思ったのか。

 

 でも聞けない。

 聞いた瞬間、俺の動揺が形になる。

 

 命は波に足を取られそうになって、すぐ体勢を整える。

 俺は反射で手を伸ばしかけて、止めた。

 

 触れたら、変に意識する。

 今の俺は、意識しすぎている。

 

 命は自分で立て直して、何事もなかったみたいに言う。

 

「……大丈夫です」

「……そうか」

 

 声が少しだけ硬くなる。

 俺はすぐ、いつもの調子に戻す。

 

「無理すんな」

「はい」

 

 命は短く返して、俺を見ない。

 見ないのが、逆に怖い。

 

 俺は表情を変えない。

 変えないまま、海を見るふりをした。

 

 少し離れたところで、レンが日和に水をかけた。

 

「日和!」

「レン君!」

 

 日和が反撃して、二人で笑う。

 恵が砂浜から言う。

 

「子どもですの?」

「子どもじゃない!」

 

 レンが返して、日和が笑って肩を叩いた。

 

「でも楽しい」

「うん!」

 

 その声の明るさが、羨ましいくらいだった。

 

 命がふと、俺を見る。

 視線が一瞬だけ長い。

 

 俺は何でもない顔で言う。

 

「……疲れたら休め」

「はい」

 

 命は丁寧に返す。

 その“いつも通り”が、俺の胸を少しだけ締めた。

 

 昼のビーチはにぎやかで、光が強い。

 

 少し遊んだところで、恵がパラソルの下から立ち上がった。

 手を叩く。

 

「はい。次。ビーチゲームをしますわ」

「ゲーム!?」

 

 レンが即反応して、日和が笑う。

 

「恵、こういうの好きだよね」

「好きではなく必要ですわ。メリハリ」

 

 恵は砂浜に小さな旗を数本、等間隔で立てた。

 浅瀬の方にも、浮き輪を二つ置かせる。

 

「まずは“ビーチフラッグ”。走って、取ったら勝ち。転ばない。押さない。以上ですわ」

「え、やるやる!」

 

 レンが前のめりになる。

 

「日和も!」

「私もやるけど、レンは本気出しすぎないで」

「本気出す!」

「ほどほどに」

 

 恵が涼しい顔で言う。

 

「ほどほどに本気。レンはそれ」

「むず!」

「できますわ」

 

 命は少し後ろに下がっていた。

 表情は読めない。でも“走る”は苦手そうだ。

 

 恵が命を見て言う。

 

「命は見ていてもいいですわ」

 

 命は一拍置いて、小さく答える。

 

「……見ます」

 

 俺は命の近くに立ったまま、砂浜を見る。

 

「俺も見学でいいか」

「いいですわ。ハヤトさんは監督」

「監督って何」

「全員が無茶しないように見てなさい、という意味ですわ」

 

 断れない役だ。

 

 スタートの合図。

 

 レンと日和が走る。恵も走る。

 レンは速いけど、恵もちゃんと速い。フォームがきれいで無駄がない。

 

「え、恵速っ!」

 

 日和が笑いながら走る。

 

 最後の一歩で、恵が旗を取った。

 

「一回戦、私ですわ」

「強すぎ!」

 

 レンが悔しそうに砂を払う。

 

 恵は涼しい顔で次を指す。

 

「二回戦。今度は位置を変えますわ。レン、日和、私」

「今度こそ!」

 

 レンが気合を入れて、日和が軽く肩を回す。

 

 合図。

 

 今度はレンが一番に手を伸ばした。

 旗を取って、ガッツポーズ。

 

「よし!」

 

 日和が笑う。

 

「レン君、勝ったね」

「うん!」

 

 その返事が嬉しそうで、日和が少し照れる。

 

 命は少し離れたところから見ていた。

 楽しそう、とは言えない。けど、目がちゃんと追っている。

 

 俺は命の横に立ったまま、何でもない顔で言った。

 

「走らなくていい?」

「……はい。今日は、見ている方がいいです」

「分かった」

 

 そこで命が、ちらっと俺を見る。

 視線が短い。すぐ外れる。

 

 恵が次の道具を示した。

 

「次は浅瀬で“浮き輪リレー”。足がつく場所だけ。走るのは禁止。歩いて移動。手で押して進む。安全に、ですわ」

「制限多い!」

 

 レンが笑う。

 

「でも楽しそう!」

 

 日和が頷く。

 

「命も、これならできそうじゃない?」

 

 命は少し考えて、丁寧に答えた。

 

「……浅いなら」

「よし。命、こっち」

 

 日和が命の手首を軽く引く。命は抵抗しない。

 

 恵がチームを決める。

 

「恵・レン様組、日和・命組ですわ。ハヤト様は審判」

「俺、ずっと仕事」

「光栄に思いなさい」

「思わない」

 

 日和が笑って、命が小さく息を吐く。

 笑いではないけど、硬さが少し抜けた。

 

 浅瀬。浮き輪を押して進む。

 

 レンは勢いがある。水をばしゃばしゃ跳ねる。

 

「いける! 恵、速い!」

「レン、うるさいですわ。押す手を止めない」

「はい!」

 

 日和と命は、速度が安定していた。

 日和が前に出すぎず、命のペースに合わせている。

 

「命、いける?」

「……はい。思ったより、楽です」

「よし、そのまま」

 

 命は浮き輪を押す手が丁寧だ。余計な動きがない。

 結果、じわじわ伸びる。

 

「え、命、地味に速い!」

 

 レンが振り返って叫んで、恵が言う。

 

「前を見なさい」

「はい!」

 

 最後はほぼ同着。

 俺が手を上げた。

 

「同着。引き分け」

「えー!」

 

 レンが砂を蹴る。

 

 日和が笑う。

 

「いいじゃん。平和」

 

 命が小さく言った。

 

「……引き分け、で安心しました」

 

 その言い方が素直で、日和が嬉しそうに頷く。

 

 恵がパラソルの方へ戻りながら言う。

 

「はい。午前の部、終了。水分。休憩。昼にしますわ」

「やった、昼!」

 

 レンが走り出しかけて止まる。

 

「……走らない!」

「学習しましたわね」

 

 恵が満足そうに言う。

 

 命は浅瀬から上がって、タオルを肩にかけた。

 俺はその横に立つ。

 

 言うべきことがある気がする。

 でも、今ここで言ったら、全部が変になる気もする。

 

 だから俺は、表情を変えずに言った。

 

「疲れてない?」

「……少し。でも、大丈夫です」

「そっか」

 

 命は一拍置いて、目を落とした。

 

「……今日は、にぎやかですね」

「そうだな」

 

 それだけで会話が終わる。

 終わるのに、胸の奥は落ち着かない。

 

 昼が来る。

 夜はBBQと焚火。そこでまた、距離が近くなる。

 

 その前に――俺は一度、気持ちを整えないといけない。

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