※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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88話 ビーチBBQ

 夕方、部屋に戻ると、体がやっと“遊んだ疲れ”を思い出した。

 シャワーで塩と砂を落とす。冷房の風が気持ちいい。

 

 鏡の前で髪を整えながら、俺は自分に言い聞かせる。

 

 普通でいけ。

 余計なことを考えるな。

 

 服を替えるだけで気分が切り替わる。

 今日はイベント日だ。夜は食って、休む。それでいい。

 余計なことは考えず、ロビーへ向かった。

 

 ロビーに集まると、恵はもう準備ができていた。

 派手じゃない。でも、きちんと綺麗。全体を見て、完璧に整っている。

 

「行きますわ。夜風が出る前に始めますの」

「はーい」

 

 日和が返事をして、レンも頷く。

 

「体力、残してる!」

「残してない顔ですわ」

「残してる!」

 

 命は静かに並んでいた。

 表情は読めない。でも昼より硬い。いや、硬いのは俺かもしれない。

 

 俺が命を見ると、命は丁寧に言った。

 

「……よろしくお願いします、ハヤトさん」

「よろしく」

 

 それ以上は言えない。

 言ったら、声が変になる気がした。

 

 プライベートビーチに着くと、すでにBBQの準備が整っていた。

 明るすぎない照明。波の音が入る距離。テーブルには飲み物と皿が並ぶ。

 

 レンが目を輝かせた。

 

「うわ、もう匂いが勝ち!」

「勝ち負けではありませんわ」

 

 恵が涼しい顔で言う。

 

「美味しく食べるだけですの」

 

 日和が笑う。

 

「レン、今日は焼き係する?」

「する! 僕、焦がさない!」

「昼もそれ言ってた」

「今日は焦がさない日!」

 

 恵が即答する。

 

「焦がしたら没収ですわ」

「厳しい!」

「当然ですわ」

 

 席は自然に決まった。

 ……自然に見えるように、恵が整えた。

 

 命の位置を風上に変えて、俺の隣が空く。

 恵は何でもない顔で、そういうことをする。

 

 俺はその仕組みに気づいても、顔に出さない。

 今は、普通のままでいないといけない。

 

 恵が手を叩く。

 

「では始めますわ。焼く人は、焦らない。食べる人は、待つ。以上」

「仕切りが強い」

 

 日和が笑って、レンはトングを握った。

 

「よし……!」

 

 肉が鉄板に乗る。音がして、匂いが一段上がる。

 レンが真剣な顔になる。

 

「日和、これ、今?」

「まだ」

「まだか……」

「待てる?」

「待てる!」

 

 日和が笑う。

 

「えらい」

 

 レンはそれだけで嬉しそうに頷いた。

 

 命は皿を持って、静かに座っていた。

 目線は鉄板じゃなく、海の方に向く。にぎやかから少し離れるためだ。

 

 俺は命にだけ聞こえる声で言う。

 

「疲れてない?」

 

 命は一拍置いて答えた。

 

「……大丈夫です。少し、眩しいだけです」

 

 命らしくて、俺は頷くだけにした。

 

 ここで余計なことは言わない。

 

 恵が肉を一枚、俺の皿に置いた。

 

「ハヤト様。食べてくださる」

「ありがと」

「当然ですわ」

 

 次に、恵は命の皿にも同じように置く。

 

「命も。食べなさい」

「……ありがとうございます」

 

 命は丁寧に頭を下げる。

 その動きがいつも通りで、俺は少しだけ救われた。

 

 レンが声を上げる。

 

「日和、できた! これ、絶対うまい!」

「うん、うまい」

 

 日和が一口食べて、頷く。

 

「レン君、普通に上手」

「えっ」

 

 レンの耳が赤くなる。

 

「……もっと言って」

「欲しがるな」

「欲しい!」

 

 日和が笑って、レンの肩を叩いた。

 

「後でね」

「後で!? 今じゃないの!?」

「今は食べる」

「はい……」

 

 レンは素直に従った。素直すぎる。

 

 恵は飲み物を一口飲んで、俺を見る。

 

「ハヤト様。今日は”普通”に楽しんで」

 

 昼にも言われた言葉。

 俺は短く返す。

 

「楽しんでる」

「嘘ですわね」

 

 恵がさらっと言う。

 

「顔が固い」

 

 俺は言い返せない。

 でも表情は崩さない。

 

「……固くない」

「固いですわ」

 

 恵は笑わないまま言って、視線を外した。

 

 命はそのやり取りを、見ていないふりをしていた。

 見ていないふりのまま、俺の方を見ない。

 

 それが、余計に胸に残る。

 

 食べ進めるほど、空気は柔らかくなる。

 肉、野菜、魚。恵の指示で、順番もちゃんとしている。

 

「次は野菜ですわ」

「恵、健康」

「常に健康ですわ」

 

 日和が笑う。

 

「恵、結局“管理”なんだね」

「運営ですわ」

 

 その言葉が出た瞬間、俺の頭に昨日の場面がよぎる。

 恵の距離。俺の返事。命の気配。

 

 心臓が一回だけ強く鳴った。

 

 顔に出すな。

 俺は箸を動かして、普通のふりを続けた。

 

 命が小さく言う。

 

「……おいしいです」

 

 その一言が、俺を現実に戻した。

 

「それはよかった」

 

 命は頷かない。

 でも、もう一度だけ小さく言った。

 

「……はい」

 

 短くて、丁寧な返事だった。

 

 食べ進めるほど、空気が柔らかくなる。

 肉、野菜、魚。レンは焼き係に集中して、日和は横で火加減を見ている。恵は全体を見て、必要なときだけ手を出す。

 

「レン、今のは良いですわ」

 

 恵が淡々と言う。

 

「え、褒められた」

 

 レンが嬉しそうに日和を見る。

 

「日和、聞いた?」

「聞いた。よかったね」

「よし、もう一枚焼く!」

「焦るな」

 

 日和が笑って止める。

 

 命は静かに食べていた。

 会話に無理に入らない。でも、聞いている。たまに口元が少しだけ緩む。

 

 恵が皿を置いて言う。

 

「はい。食事はこれで終わり。次は焚火ですわ」

「来た!」

 

 レンが手を叩く。

 

「マシュマロ!」

「用意してありますわ」

「最高!」

 

 日和が笑う。

 

「レン、結局それ」

「だって大事!」

 

 砂浜の少し奥に、火が用意されていた。

 風を避ける位置。近くにバケツと砂。安全がちゃんとしてる。

 

 恵がブランケットを配る。

 

「冷えますわ。羽織りなさい」

「ありがと」

 

 日和が受け取って、レンにも投げる。

 

「レン、はい」

「うわ、日和が投げてくれた」

「はいはい」

 

 レンは照れたまま、すぐ肩にかけた。

 

 命にも恵が渡す。

 

「命、夜風が来ますわ。羽織って」

「……ありがとうございます」

 

 命は丁寧に受け取って、肩に掛ける。少しだけ安心した顔になる。分かりにくいけど。

 

 俺もブランケットを受け取って、火の近くに座った。

 

 串とマシュマロが配られる。

 レンが真剣な顔で火にかざした。

 

「焦がさない……焦がさない……」

「さっきも聞いた」

 

 日和が笑う。

 

「でも分かる。焚火って、意外と焦げる」

「焦げたら負け?」

「負けじゃない。食べるだけ」

 

 恵が涼しい顔で言う。

 

「焦がしたら私が取り上げますわ」

「え!」

「冗談ですわ。半分」

「半分こわい!」

 

 レンが言って、日和が吹き出した。

 

 命は火を見ていた。

 火の揺れは一定じゃないのに、見ていると落ち着く。そういう種類の時間だ。

 

「……きれいですね」

 

 命が小さく言う。

 

「火?」

 

 俺が聞くと、命は一拍置いて答えた。

 

「はい。……動いているのに、同じです」

「分かる」

 

 それだけで、会話が成立する。

 

 レンがマシュマロを引き上げて、日和に見せた。

 

「できた!」

「……きれいに焼けてる」

「でしょ!」

 

 レンは嬉しそうに言って、すぐ一口食べた。

 

「熱っ……でも、うまい!」

「ゆっくり食べなよ」

「うん!」

 

 日和は自分のマシュマロを少しだけ焼いて、レンに言う。

 

「レン、そっち焦げてない?」

「焦げてない!」

「うそ、ちょっと焦げてる」

「ちょっとならセーフ!」

「セーフ判定甘い」

 

 二人のやり取りが、焚火の音に混ざってちょうどいい。

 

 恵は少し離れた椅子に座って、波の音を聞いていた。

 それでも全体を見ている。目線が届く位置から動かない。

 

「……いい夜ですわね」

 

 恵がぽつりと言う。

 

「うん」

 

 日和が頷く。

 

「こういうの、好き」

「好きと言ってよろしいですわ」

 

 恵は涼しい顔のまま、でも満足そうだった。

 

 命はマシュマロを焼くのが上手かった。

 火に近づけすぎない。回す。待つ。焦らない。

 

「……焦がしたくないだけです」

 

 命が淡々と言うと、日和が笑った。

 

「命、丁寧すぎ」

 

 レンが頷く。

 

「丁寧って強い」

「強くありません」

 

 命は即答して、でもマシュマロは完璧だ。

 俺はそれを見て言った。

 

「上手いな」

 

 命は一拍置いて、少しだけ視線を外す。

 

「……ありがとうございます」

 

 その返しが、いつも通りで、少しだけ柔らかい。

 

 火が少し落ち着いたころ、レンが急に静かになった。

 マシュマロを見ながら、日和に言う。

 

「……日和」

「なに?」

「今日さ、昼も夜も、一緒にいてくれてありがとう」

 

 日和が一瞬止まる。

 でも目を逸らさずに言った。

 

「うん。楽しいし」

「……うん」

 

 レンはそれ以上言わない。

 言えないというより、今日はここで止めておく顔だった。

 

 恵は何も言わない。

 でも、レンのその止め方を見て、少しだけ頷いた。

 

 焚火の前は、無理に話さなくてもいい。

 火の音と波の音が、沈黙を悪いものにしない。

 

 命が火を見て、ほんの少しだけ息を吐いた。

 それが“落ち着いた”のサインに見えた。

 

 恵が立ち上がる。

 

「そろそろ戻りますわ。冷えますもの。今日はこれで終わり」

「はーい」

 

 日和が返して、レンも名残惜しそうに火を見る。

 

「明日もやりたい」

「明日は別ですわ」

「別かぁ……」

 

 恵は涼しい顔で言った。

 

「別があるから、楽しいのですわ」

 

 火を消して、砂浜を戻る。

 夜は静かで、疲れが気持ちよかった。

 

 今日は、いい意味で“何も起きない”まま終わった。

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