※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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89話 二人の距離

 昼前のビーチは、昨日より人が少なかった。

 風がちょうどよくて、海の色がはっきり見える。

 

 恵が日傘をくるっと回して言う。

 

「今日は動き方を少し変えますわ。午後の準備もありますし、昼は軽めにしておきましょう」

「レンは日和と一緒に飲み物を取りに行って。私はスタッフと確認してきますわ」

 

 ロビーに集まると、恵が予定表みたいに言った。

 

「今日は動き方を少し変えますわ。昼は軽め、午後に海のメニューを入れますの」

 

 レンが頷く。

 

「海のメニュー?」

「カヤックですわ。説明の時間もありますから、今のうちに準備しておきますの」

 

 恵はさらっとレンと日和を見る。

 

「レン、日和。飲み物とタオルを取りに行って。二人で。すぐ戻ればいいですわ」

「うん、行こ」

 

 日和がいつも通りに言って、レンも自然に頷く。

 

「……うん」

 

 恵はそのまま命を見る。

 

「命は日陰で休んで。ハヤト様は付き添って」

「……はい」

「了解」

 

 レンと日和が飲み物を取りに行くのを見送って、恵は何でもない顔でスタッフの方へ向かった。

 わざとらしくない。いつも通りに動いているだけに見える。

 

 命は日陰の席に座って、海を見た。

 表情は読めないけど、今日は落ち着いている。

 

 俺も向かいに座る。

 

「昼、軽めって言ってたな」

「ええ」

 

 恵が少し離れた位置から返す。

 近くにいない。距離を保っている。

 

「午後に備えますの。日差しが強い時間に無理をさせません」

 

 日和なら“優しい”って言うところを、恵は“予定”として言う。

 でも実際、そういう気遣いだ。

 

 命が小さく言った。

 

「……助かります」

「当然ですわ」

 

 恵は淡々と返して、飲み物の確認に戻った。

 

 しばらくして、レンと日和が戻ってきた。

 両手にペットボトルとタオル。日和が先に配って、レンが後から渡す。動きが自然だ。

 

「はい、命さん」

 

 日和が言って、命は丁寧に受け取った。

 

「……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 レンは俺にも渡しながら、小声で言う。

 

「……なんか、暑いね」

「暑いな」

 

 レンはそれ以上言わない。

 言いたいことがある顔をしてるのに、言葉を選んで飲み込む。

 

 日和がレンを見て笑う。

 

「レン君、今日変」

「変じゃない」

「変だよ」

「……普通」

 

 恵がすぐ挟む。

 

「普通でよろしいですわ」

 

 レンが一瞬だけ救われたみたいに頷いた。

 

「……はい」

 

 昼は本当に軽かった。

 サンドとフルーツ。冷たい飲み物。重くない。

 

 恵は席を少しずらして、レンと日和の並びを自然に作る。

 命の前には食べやすいものが置かれる。説明もなく、当然のように。

 

 レンがサンドを持ったまま、日和を見る。

 

「……昨日の焚火、楽しかった」

「うん。楽しかった」

 

 日和は目を逸らさない。

 レンはその返事に少しだけ肩の力が抜ける。

 

 恵は会話に混ざらない。

 ただ、空になった皿を静かに下げさせる。気配だけで場を整える。

 

 命は言葉が少ない。

 でも、二人の会話を聞いている。眉は動かない。けど視線が時々、二人の方に向く。

 

 俺はそれを見て、何でもない声で言った。

 

「食べられてる?」

 

 命は一拍置いて答える。

 

「……はい。大丈夫です」

「よかった」

 

 昼が終わるころ、恵が立ち上がった。

 

「では午後。カヤックですわ」

「さっき言ってたやつだね」

 

 日和が確認するように言うと、恵はさらっと頷いた。

 

「二人乗り。レンと日和で」

 

 レンが声を出しそうになって、口を閉じる。

 代わりに頷いた。

 

「……やる」

 

 日和が笑う。

 

「うん。やろ」

 

 恵は命を見る。

 

「命は無理をしません。見ていてもいいですわ」

 

「……はい」

 

 俺を見る。

 

「ハヤトさんは一緒に待機。近づきません」

「了解」

 

 恵はそれで満足したみたいに頷いた。

 

 カヤックの前、恵が荷物を一度まとめさせた。

 そのとき日和が小さく言う。

 

「……あ、タオル」

「置いてきた?」

「うん、たぶんパラソルのとこ」

 

 レンが反射で立つ。

 

「取ってくる!」

 

 恵が涼しい顔で言った。

 

「レン。日和と一緒に行きなさい。道、砂で滑りますわ」

「え、僕だけで──」

「一緒に、ですわ」

「……はい」

 

 日和がレンを見て笑う。

 

「じゃ、行こ」

「うん」

 

 砂浜の端を二人が歩いていく。人が少ない。

 レンは何度か口を開きかけて、閉じる。

 日和が何か言って、レンが小さく頷いた。

 それだけで、空気が“今から”だと分かった。

 

 戻り道。

 二人の距離が、さっきより近い。

 

 午後。カヤック置き場に行くと、準備は全部できていた。

 ライフジャケット、説明、コース。安全第一。

 

 インストラクターが言う。

 

「沖へ行きすぎないでください。ブイの内側。疲れたら手を上げて合図」

 

 レンが真面目な顔で頷く。

 

「はい」

 

 日和も頷く。

 

「レン、いける?」

「いける」

「よし」

 

 日和が笑って、レンが少しだけ息を吐いた。

 

 二人がカヤックに乗る。

 日和が前、レンが後ろ。

 

「方向、言って」

 

 レンが言うと、日和が頷いた。

 

「了解。ゆっくり行こ」

「うん」

 

 俺たちは少し離れたテラスに移動する。

 海が見える場所。声は届かない距離。

 

 恵が低い声で言った。

 

「……良い流れですわ」

 

 命が小さく頷く。

 

「……はい」

 

 俺は海を見ながら言う。

 

「放っておく方がいいな」

「ええ」

 

 恵は短く答えた。

 

 昼はただ、穏やかに過ぎていく。

 夜に向けて、空気だけが少しずつ整っていく。

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