※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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90話 二人の告白

 夜のビーチは昼と別物だった。

 風が少し冷たくて、波の音が近い。照明は控えめで、空が広い。

 

 恵がスタッフと短く話して、こちらを振り返る。

 

「始まりますわ」

「花火だよね」

 

 日和が言うと、恵は涼しい顔で頷いた。

 

「ええ。島のイベントとして用意してありますの」

 

 レンは落ち着かない顔で、でも逃げない。

 手を握って、開いて、また握る。昼からずっと続いている癖。

 

 俺が横に立つ。

 

「寒くない?」

「寒くない。……大丈夫」

 

 レンは俺を見て、息を整えた。

 

「ハヤト、見てて」

「見てる」

 

 それだけで、レンの肩が少しだけ落ちる。

 

 命は少し離れた位置にいた。表情は読めない。

 けど花火を見る準備はできている。視線がもう空に向いている。

 

 最初の一発が上がった。

 低い音が腹に響いて、次の瞬間、空が明るくなる。

 

 でかい。

 島の夜が、花火の光で一瞬だけ昼みたいになる。

 

「うわ……」

 

 日和が小さく声を漏らす。

 レンはその横顔を見て、それから空を見た。

 

 次、また次。

 連発じゃない。間がある。だから一発一発が重い。

 

 花火の光が海に落ちて、波が光る。

 砂浜も、人の影も、短い時間だけくっきり出る。

 

 レンの顔も、そのたびに見える。

 決めてる顔だ。怖いのに、行く顔。

 

 恵が俺の隣で言った。

 

「ハヤトさん。私は少し戻りますわ」

「用事?」

「本家から連絡ですわ。確認だけ。すぐ戻ります」

 

 恵はそれ以上言わず、砂浜を離れた。

 わざとらしくない。さっきまでいたのに、もういない。いつもの恵だ。

 

 花火が少し落ち着いて、間が長くなる。

 砂浜に残るのは、波の音と、遠い話し声だけ。

 

 レンが日和の横で、何度か息を飲んだ。

 それから、いつもの調子を作るみたいに言う。

 

「……ちょっと歩かない? 人が少ないとこ」

「うん、いいよ」

 

 日和は軽く返した。

 

 俺は一歩下がる。

 命も、同じように距離を取る。追わない。

 

 レンと日和が、海の方へ歩き出す。

 照明が薄い場所。波の音が少し大きくなる場所。

 

 花火がまた上がる。

 光が二人の背中を白くして、すぐ暗くなる。

 

 俺は少しだけ距離を取る。

 命も同じように一歩下がる。目が合う。命は何も言わない。頷きもしない。

 でも“分かっている”目だった。

 

 レンと日和が、海の方へ歩き出す。

 照明が薄い場所。波の音が少し大きくなる場所。

 

 こっちは追わない。

 追わなくても見える距離だけ残す。

 

 花火がまた上がる。

 光が二人の背中を白くする。

 

 声は届かない。

 でも、レンが立ち止まったのが分かった。

 

 日和も止まる。

 二人が向かい合う。

 

 レンの手が動く。

 胸のあたりに手を置いて、それから下ろす。言葉を探している動き。

 

 花火が上がる。

 光が二人の顔を一瞬だけ照らす。

 

 レンが何か言った。

 日和が固まる。ほんの一瞬。

 それから、日和が前に出た。

 

 走るほどじゃない。

 でも迷わない距離の詰め方。

 

 日和がレンに抱きついた。

 レンの体が一瞬揺れて、それから受け止める。

 

 その瞬間で、全部分かった。

 

「ああ……」

 

 俺は声に出さずに息だけ吐いた。

 告白は、成功した。

 

 命の方を見ると、命は遠くの二人を見ていた。

 表情は読めない。でも、目が少しだけ柔らかい。

 

 花火がまた上がって、海が光る。

 二人の影が、くっきり砂浜に落ちる。

 

 日和は離れない。

 レンも離さない。

 

 それが答えだった。

 

 二人の影が、花火の光で砂浜に落ちた。

 抱きついた日和を、レンが受け止めている。

 

 それだけで十分だった。

 告白は、成功した。

 

 俺は息を吐いて、視線を戻す。

 隣にいる命は、まだ遠くを見ていた。表情は読めない。けど、目だけが少し柔らかい。

 

 花火の間が空く。

 波の音が大きくなる。

 

「……ハヤトさん」

 

 命が小さく呼んだ。

 その声は、いつもより弱い。

 

「ん?」

 

 命は一拍置いて、それから言った。

 

「……あの日のことを、言います」

 

 俺の体が一瞬だけ止まる。

 命は目を逸らさない。逸らせない、みたいな目をしている。

 

「……恵とハヤトさんが、キスしているところを見ました」

 

 言葉が真っ直ぐで、逃げ道がない。

 胸の奥が熱くなる。でも、顔には出さない。

 

「……そうか」

 

 それしか返せない。

 命は小さく頷いて、続けた。

 

「見たとき、嫌でした。理由が分からなくて……ずっと、もやもやして」

 

 命の声が少しだけ震える。

 それでも丁寧に言葉を揃える。

 

「それで……」

 

 命は一度、息を吸った。

 

「……私も、キスしてみたいです」

 

 驚いた。衝撃と言ってもいい。

 まさか命がそんなことを言うなんて

 命は言った直後、少しだけ俯いた。

 恥ずかしいのが分かる。表情は崩れないのに、耳が赤い。

 

 俺は、すぐに答えを出せなかった。

 一瞬戸惑ってしまった

 

 花火が上がって、夜が一瞬だけ明るくなる。

 その光の中で、命が小さく身を固くした。

 

「……だめ、ですか」

「だめじゃない」

 

 俺は短く言って、命を見る。

 

「命がそう思ったなら、いい」

 

 命が小さく息を吐いた。

 それだけで、肩が少し落ちる。

 

 俺は命に手を伸ばして、距離を確かめるみたいに止めた。

 

「……怖い?」

 

 命は首を振る。ゆっくり。

 

「怖い、というより……恥ずかしいです」

「……分かった」

 

 俺はそれ以上言わずに、命に近づく。

 命も、逃げない。

 

 花火の音がひとつ鳴って、光が消える。

 暗くなった瞬間、俺たちは短い時間だけ、距離をなくした。

 

 終わって、命が小さく息を吐く。

 表情は読めないまま。でも、目が揺れている。

 

「……変な顔、していませんか」

「してない」

「……してます」

 

 命がそう言って、少しだけ視線を落とした。

 それが、命なりの正直だった。

 

 俺はそこで、ずっと言わずにいたことを言う。

 今なら言ってもいいと思った。

 

「命」

「……はい」

「俺、ずっと好きだった」

 

 命の目が止まった。

 驚きじゃない。受け止めるために止まった目だ。

 

「……ずっと、ですか」

「ずっと」

 

 俺は少しだけ息を吐いた。

 

「最初に会ったときからだ。……一目惚れだった」

 

 命の目が一瞬止まる。驚きと、受け止めるための間。

 

 命は何も言わない。

 でも、ほんの少しだけ頷いた。

 

 遠くで、レンと日和がまだ並んでいる。

 花火がまた上がって、海が光る。

 

 俺は命の隣に立ったまま、空を見た。

 

 今日の夜は、うるさいくらい明るいのに。

 俺の中だけ、静かに決まった。

 

 この一週間の終わりに向けて。

 俺はもう、命から目を逸らさない。

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