朝が早い。
ロビーに降りた瞬間、もう「最終日」だと分かる空気があった。
恵が当たり前みたいに言う。
「帰る前に、もう一回遊びますわ」
レンが即反応する。
「遊ぶ! 派手に!」
「派手に、ですわ」
恵はさらっと肯定した。
「最後ですもの。中途半端は嫌ですわ」
日和が笑う。
「恵、こういう時だけ素直」
「素直で結構ですわ」
命は静かに並んでいた。表情は読めない。
でも、目が落ち着いてる。昨日までとは少し違う。
俺が小声で聞く。
「暑くない?」
「……大丈夫です」
丁寧な返事。
それだけで、俺も落ち着く。
車で島の端へ向かった。
人が少ない、静かな浜。スタッフも最小限だけで、準備だけきっちり揃ってる。
砂浜が見えた瞬間、レンが声を上げた。
「うわ……ここ、貸切?」
「ほぼ貸切ですわ」
恵が涼しい顔で言う。
「朝は人が来ませんもの。こちらの都合で使えます」
「都合で海使えるのやばい」
「やばくありませんわ。普通ですわ」
「普通じゃない!」
日和が笑って、レンの腕を軽く叩いた。
「レン君、今日は沢山叫んでもいいよ」
「いいの!?」
命は砂浜に降りて、海を見た。
水面の光が跳ねてる。波は小さい。今日はコンディションがいい。
準備されてた道具が、やたら本気だった。
大きめのフロート。ビーチボール。水鉄砲。
それと、ロープがついたソファ型のボート。
レンが指をさす。
「なにこれ! 引っ張るやつ!?」
「ソファボートですわ」
恵が淡々と言う。
「沖へ行きません。浅い範囲で。安全に派手に」
「最高!」
日和が笑う。
「レン君、落ちても泣かないでね」
「泣かない!」
「絶対?」
「……たぶん」
「たぶん禁止」
日和のツッコミで、レンが笑った。
最初は水鉄砲から始まった。
レンが構えて日和を狙う。
「日和!」
「レン君!」
日和が同じのを持って即反撃。水が光って、朝の海に弾ける。
「うわ、つめたい!」
「気持ちいい!」
二人が走って笑って、波を蹴る。
恵は最初、涼しい顔で見てたのに、日和の水が飛んだ瞬間に表情を変えた。
「……やりましたわね」
「え、恵もやるの!?」
「やりますわ。最終日ですもの」
恵の一発が正確で、レンが一撃でやられる。
「うわ! えぐい!」
「レン君、騒がない」
「騒ぐ!」
日和が笑って、恵がさらっと言う。
「日和、もう一発いきますわ」
「やめて!」
恵が追う。日和が逃げる。レンが混ざる。
朝から全力で、ちゃんと派手だった。
命は最初、少し離れてた。
にぎやかなのが苦手なのは分かってる。
でも今日は、日和が命を振り返って手を振った。
「命さん! こっち来て!」
命は一拍置いて、ゆっくり近づいた。
俺も横につく。
「無理しなくていい」
「……はい」
命は丁寧に答える。
でも、歩みは止めない。
波が足に触れた瞬間、命の肩が少しだけ上がる。
それでも下がらない。
恵が命を見て言った。
「命、今日は派手でいいですわ。静かなのは明日から」
「……はい」
命は短く返して、波を見た。
分かりにくいけど、口元がほんの少し緩んだ。
ソファボートの準備ができた。
スタッフが説明する。
「スピードは出しません。手は必ず持ち手を握ってください。落ちたらすぐ止めます」
レンが勢いよく手を上げる。
「乗る! 僕、最初!」
日和が笑う。
「私も乗る」
「え、二人で?」
「二人で」
レンの耳が赤くなる。
「……うん」
恵が当然のように言った。
「二人で乗りなさい。最終日ですもの」
レンと日和がボートに座って持ち手を握る。
合図で、ゆっくり引かれた。
「うわ、動いた!」
「レン君、握って!」
「握ってる!」
波を越えるたびに二人が揺れて、日和が笑って、レンも笑う。
その途中で大きめに揺れた瞬間、レンが日和の腕を支えた。
日和が一瞬だけ驚いて、それから笑って頷く。
……昨日までとは少し違って見えた。
次は恵が乗る番だった。
恵は涼しい顔で座って、俺じゃなくレンを指名した。
「レン様、引いてください」
「僕が!?」
「あなたが」
「え、僕が引く側!?」
「そうですわ」
レンは慌てながらロープを持って、スタッフと一緒に動かす。
「こわ……! 責任重い!」
「重くありませんわ。ゆっくりでいいですの」
恵は揺れても姿勢が崩れない。
日和が笑って言う。
「恵、強い」
「当然ですわ」
レンが小声でぼやく。
「強すぎ……」
最後に、命の番が来た。
命はボートの前で一度止まった。
それから、丁寧に言った。
「……乗ります」
俺は横で短く言う。
「ゆっくりでいい」
「……はい」
命が座って、持ち手を握る。背筋がまっすぐ。
恵が言った。
「ゆっくりですわ。怖かったら言いなさい」
「……はい」
ボートが動き出す。
最初の揺れで命の肩が少しだけ上がる。けど、目は閉じない。
波を越える。もう一回。
命の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
俺は、つい小さく言った。
「……似合う」
命は聞こえたのか、聞こえないふりをしたのか。
表情は変わらない。だけど耳が少し赤い。
遊び終わるころには、全員びしょ濡れだった。
笑って、疲れて、でも顔は明るい。
恵がタオルを配りながら言う。
「よろしいですわ。最後にふさわしい」
日和が息を吐く。
「全力だった……」
レンも頷く。
「最高だった……」
命はタオルで髪を押さえながら、海を見ていた。
終わりが近いのは分かる。だけど今は、寂しさより先に、楽しかったが残ってる。
そこに恵が言った。
「……写真を撮りますわ。全員、並びなさい」
「撮る!」
レンが即答して、日和が笑う。
「命も、ね」
「……はい」
命が小さく頷いて、俺の隣に立つ。
もう迷わないみたいに。
シャッターの合図がかかる。
俺は海を背にして、命の隣で前を向いた。
この一週間の最後の一枚。
ちゃんと、ここに残す。