※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

95 / 238
95話 連絡が来る

 朝、目が覚めた瞬間に思った。

 体は自分の部屋なのに、頭の中だけまだ海の音が残ってる。

 

 こひながドアの前で小さく鳴く。

 ココはもう起きてるらしく、廊下のどこかで爪の音がした。

 

 リビングに行くと、母さん──沙織がコーヒーを淹れていた。

 

「おはよ」

「おはよう。……早いね」

「帰ってきた翌日は目が覚める。あるある」

 

 母さんは笑って、俺の顔を見た。

 

「で、どうだった? 島」

「やばかった」

「語彙」

「語彙なくなるタイプのやばさ」

 

 母さんが満足そうに頷く。

 

「うん。帰ってきた顔してる」

「何それ」

「分かるの。家の空気に戻ってる感じ」

 

 その言葉で、昨日の「帰ってきたんだな」を思い出す。

 俺はコーヒーを一口飲んで、スマホを手に取った。

 

 通知は──来ていた。

 

 命から。

 

 画面に出た文面を見ただけで、背筋が少し伸びる。

 変な緊張じゃない。ちゃんとしたやつ。

 

 命

『おはようございます、ハヤトさん。日程をお送りします』

『四日後の午後、時間をいただけますか』

『家に来てください。渡したいものがあります』

 

 短い。丁寧。

 でも最後の一文だけ、まっすぐで強い。

 

 俺はすぐ返した。

 

 隼人

『おはよう。四日後の午後、大丈夫』

『時間は何時がいい?』

『行く。約束』

 

 送って、スマホを伏せる。

 

 母さんがちらっとこっちを見た。

 

「誰?」

「命」

「あー……」

 

 母さんは察した顔をして、コーヒーをもう一口飲む。

 

「帰ってきたのに、続きがある顔」

「……命を口説いたからな」

「あいかわらずやるわね」

 

 母さんはそれ以上突っ込まない。

 そこが助かる。

 

 こひなが俺の足元に鼻を押しつけてきて、尻尾を振る。

 ココはテーブルの上に乗って、俺のスマホを一回だけ見て、興味ないふりをした。

 

 四日後。

 命の家。

 渡したいもの。

 

 俺はもう一度、画面を開いて命のメッセージを見直した。

 

 コーヒーを飲んでると、母さん──沙織がこひなの頭を撫でながら言った。

 

「帰ってきたのに、顔が落ち着かない」

「……命を口説いたからな」

「ふーん。やるじゃん」

 

 軽い。軽いけど、変に茶化さない。母さんはそこが助かる。

 

 俺はスマホをもう一度見る。

 命から来た日程は、四日後の午後。

 

 約束はできた。

 あとは、そこまでの“日常”をどう使うか。

 

 昼前、スマホが震えた。

 画面に出た名前で、背筋が少しだけ伸びる。

 

 綾乃さん。

 

 通話じゃない。メッセージだ。

 

 綾乃

『ハヤトさん。少しだけ時間、いただけますか』

 

 俺はすぐ返す。

 

 隼人

『大丈夫です。どうしました?』

 

 返した直後に、既読がついて、次の文が来た。

 

 綾乃

『妊娠しました』

 

 短い。

 でも一行で、空気が変わる。

 

 俺は息を吸って、指を止めない。

 

 隼人

『おめでとうございます。体調は大丈夫ですか』

 

 数秒置いて、返事。

 

 綾乃

『ありがとうございます。体調は今のところ問題ありません』

『病院にも行きました。まだ初期なので、無理はしないようにと言われました』

『ハヤト君に、先にお伝えしたくて』

 

 現実的で、綾乃さんらしい。

 曖昧にせず、先に整える。

 

 俺は短く打つ。

 

 隼人

『伝えてくれてありがとうございます』

 

 隼人

『おめでとうございます。体調を最優先で』

『急ぎません。落ち着いたタイミングで、改めて話を聞かせてください』

 

 綾乃

『ありがとうございます』

『今はまだ初期なので、外ではあまり大きくしないでおきます』

『ただ、近いうちに関係者には整理して伝えます』

 

 隼人

『分かりました。必要なら、いつでも言ってください』

 

 送って、スマホを伏せた。

 

 こひなが足元で尻尾を振ってる。

 ココはソファの背で目だけ動かして、俺を見ている。

 

 母さんが台所から言った。

 

「あら嬉しそうね何かあった?」

「……連絡が来た」

「友達?」

 

「違う。パートナー綾乃さんから。妊娠」

 

 母さんの手が一瞬止まって、それから普通に動いた。

 

「そう。おめでとう」

 

 母さんはコーヒーを一口飲んで、さらっと言った。

 

「玲奈さんの件もあるしさ。これで、パートナー三人の妊娠だよね」

「……ああ」

「この世界だと“義務は果たした”って言われるやつ」

 

 言い方は軽いのに、目だけは真面目だった。

 俺は少しだけ息を吐く。

 

「……言われるな」

 

 母さんはそれ以上言わない。

 それが、やっぱり助かる。

 

 午後、レンからも通知が来た。

 

 蓮

『ハヤト! 日和と結婚の約束した!』

 

 わかりやすすぎる。

 俺は短く返す。

 

 隼人

『よかったな』

 

 すぐ返ってくる。

 

 蓮

『うん!!! 夏休み中にまた会ってくる!!!』

 

 “放課後”じゃなくて、ちゃんと夏休みの話になってる。

 俺はそれでいいと思った。

 

 その流れで、日和からも来る。

 

 日和

『レン、落ち着かないけど元気。かわいい』

 

 俺は笑いそうになって、やめた。

 

 隼人

『よかった。無理させるなよ』

 

 すぐに返事。

 

 日和

『わかってる。ハヤトさんもね』

 

 夕方、恵から来た。

 

 恵

『帰宅後の体調、問題ありませんか』

 

 恵らしい文面。

 

 隼人

『問題ない。そっちは?』

 

 恵

『私は常に問題ありませんわ』

『それより、命の件。ちゃんと次へ進めなさい』

 

 隼人

『ああ』

 

 恵

『余計な口出しはしません。ただし、止まるのは駄目ですわ』

 

 止まらない。

 止まる気もない。

 

 隼人

『分かってる』

 

 送ると、一行で返ってきた。

 

 恵

『よろしいですわ』

 

 画面を見て、俺は小さく息を吐いた。

 相変わらず強い。強いのに、ちゃんと引き際も分かってる。

 

 ……恵、いい女だな。

 

 俺はそのまま返す。

 

 隼人

『恵、いい女だな』

 

 既読がつくのが早い。

 

 恵

『当然ですわ』

 

 夏休みはまだある。

 でも、ただダラダラするには、もう戻れない。

 

 スマホがもう一度震える。命からだ。

 

 命

『時間は14時で大丈夫です。場所は、家で』

『……緊張しますが、来てください』

 

 俺は短く返す。

 

 隼人

『14時了解。行く』

『俺も緊張してる』

 

 送った直後、既読。

 少し遅れて、命らしい一文が来た。

 

 命

『……それは、少し安心します』

 

 俺はスマホを置いた。

 

 夏休みは続く。

 でも、次の四日間はただの空白じゃない。

 

 ちゃんと進めるための、日常だ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。