※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

99 / 238
99話 御堂家

 御堂家の大きな門を車でくぐった時点で、もう「家」じゃなかった。

 敷地が広い。屋敷が見えるまでに距離がある。静かで、整いすぎてる。

 

 玄関に着くと、先に人が待っていた。

 執事のような女性が一礼する。

 

「ハヤト様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました」

「はい。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

 手土産を差し出すと、丁寧に受け取られた。

 

「お預かりいたします。こちらへ」

 

 靴を脱ぐ。床が静かで、足音が吸われる。

 廊下を通されて、扉の前で止まる。

 

「まず、ご家族にご挨拶をお願いいたします」

 

 ……そうだよな。

 命の家に来たんだ。最初はそこからだ。

 

 扉が開く。

 

 広い部屋だった。応接というより“迎える部屋”。

 ソファの配置も、花も、全部が「こうあるべき」で決まっている。

 

 そして、そこに人がいた。

 

 母――綾乃さん。

 お婆様――澄乃さん。

 姉――由紀子さん。

 妹――千佳さん。

 

 ……待って。

 

(綾乃さん? 澄乃さん?)

 

 頭の中が一瞬で真っ白になる。

 

 名乗ろうとした、その瞬間。

 

 綾乃さんの手が止まった。

 持っていた湯呑みが、ほんの少しだけ傾いて、受け皿に触れる音がした。

 

 澄乃さんも同じだった。

 笑っているはずの目が、一拍遅れて細くなる。

 “楽しそう”じゃない。確認する目。

 

 ――二人とも、ここで俺を見る想定をしていない。

 

 空気が固まる。

 

 俺は先に頭を下げた。

 

「本日はお招きいただき、ありがとうございます。天城隼人です」

 

 綾乃さんは、息を一度だけ吸ってから、やっと口を開いた。

 丁寧に整えようとしているのが、逆に分かる。

 

「……ええ。……はい」

 

 声が、一拍遅れる。

 

 澄乃さんがが、遅れて笑う。

 でも、その笑い方がいつもより少しだけ硬い。

 

「……坊や。いらっしゃい」

 

 由紀子さんが、場の温度を測るみたいに俺を見る。

 千佳はきょとんとして、でも何かを感じた顔で黙った。

 

 綾乃さんが、ようやく“母の顔”に戻す。

 

「……驚きました」

「命が“お呼びする”と言ったので……てっきり、別の……」

 

 言い切らない。

 

 澄乃さんが湯呑みを置く。音が静かなのに、部屋が締まる。

 

「私もよ。まさかここで会うとはね」

 

 その言い方は軽い。

 

 俺はもう一度、深く頭を下げた。

 

「……突然で、すみません」

 

 綾乃さんは、返事の前にもう一度だけ間を置いた。

 それから、丁寧に言う。

 

「……いえ。こちらこそ」

「……まずは、座ってください」

 

 その一言で、やっと場が動いた。

 

 部屋の空気が一度固まったまま、女性の執事が静かに言った。

 

「命様でございます」

 

 次の瞬間、命が入ってきた。

 背筋はまっすぐ。表情は読めない。丁寧に整っている。

 

 でも、視線が俺に留まる時間が、ほんの少し長い。

 

 命は家族に向き直り、丁寧に言った。

 

「……お待たせしました」

「本日、お呼びした方をご紹介します」

 

 命が一拍置いて、俺を見た。逃げない目。

 

「……ハヤトさんです」

 

 俺はすぐ立って、頭を下げる。

 

「ハヤトです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

 由紀子さんが黙って見ている。

 千佳は息を止めたまま、俺と命を交互に見ている。

 

 そこで、綾乃さんが箸を置いた。

 動きは丁寧なのに、間が一つ増える。

 

 綾乃さんは俺ではなく、家族の方を見て言った。

 

「……先に、家の中で整理しておきます」

 

 由紀子さんが眉を上げる。

 

「整理?」

 

 綾乃さんは落ち着いた声で続けた。

 

「命が連れてきた相手が、ただの“お客様”ではないことは分かります」

「でも、この家には事情がある」

「だから、今ここで言います」

 

 言い切ってから、綾乃さんは命を見る。責めない目。

 

「命。驚かないで聞きなさい」

 

 命の表情は崩れない。

 でも肩だけがほんの少し固くなる。

 

 綾乃さんは由紀子さんと千佳に向き直った。

 

「由紀子、千佳」

「ハヤトさんは――私のパートナーでもあります」

 

 空気が一瞬止まる。

 

「……は?」

 

 由紀子さんが短く声を出す。

 千佳は口を押さえて固まった。

 

 綾乃さんは崩さない。

 

「驚くのは分かります。でも事実です」

「外で言う話ではありません。家の中でだけ、整えておきます」

 

 次に、澄乃さんが湯呑みを置いた。

 笑っているのに、目が鋭い。“逃がさない”目。

 

 澄乃さんも、俺ではなく家族へ向けて言った。

 

「命、由紀子、千佳。私からも言っておくわね」

 

 命がほんの少しだけ息を止めたのが分かった。

 それでも視線は逸らさない。

 

 澄乃さんはさらっと言う。

 

「坊や――ハヤトさんは、私のパートナーでもある」

 

 千佳が「えっ」と小さく漏らして、由紀子さんが千佳を手で止める。

 

 由紀子さんは言葉を選ぶように、ゆっくり言った。

 

「……つまり」

「命姉が連れてきた相手が、母さんとお婆様の……?」

「そういうこと」

 

 綾乃さんが短く肯定した。

 

 澄乃さんが、いつもの軽さで肩をすくめる。

 

「家ってこういうものよ。驚くのは今日だけ」

 

 ――驚くのは今日だけ。

 その言い方が、一番刺さったのは命だと思う。

 

 命は無表情のまま、でも声だけは丁寧に言った。

 

「……大丈夫です」

 

 誰に向けた言葉でもない。

 自分に言い聞かせている。

 

 俺は何も言わず、ただもう一度頭を下げた。

 

「……失礼のないようにします」

 

 綾乃さんが場を締める。

 

「話は順番に」

「まずはお茶を。――命、あなたの話を続けなさい」

 

 命が小さく頷いた。

 

「……はい」

 

 命が小さく頷いた。

 

「……はい」

 

 綾乃さんが執事に目で合図を出すと、お茶と菓子が手際よく並べられた。

 動きが静かで、余計な音がない。

 

 全員が席につく。

 俺は命の正面ではなく、少しだけ斜めの位置。命が話しやすい距離に合わせたつもりだった。

 

 命は湯呑みに手を添えて、一口だけ飲んだ。

 それから、背筋を伸ばして言った。

 

「……皆さんの前で、言わせてください」

 

 千佳が反射で声を出しそうになって、由紀子さんが軽く手を上げて止める。

 千佳は口を押さえて、頷く。

 

 命は視線を落とさない。

 俺を見る。逃げない目。

 

「……ハヤトさん」

「うん」

 

 命は一拍置いた。

 その一拍が、覚悟の時間だった。

 

 命が立ち上がる。

 執事が、いつの間にか部屋の端に現れて、白い袋を静かに渡した。家紋の入った白い袋。

 

 命はそれを両手で受け取り、俺の前まで来た。

 

「……これを、渡したいです」

 

 袋を差し出される。

 俺は立ち上がって、両手で受け取った。

 

「……ありがとう」

 

 袋の重さは軽い。

 でも、部屋の空気が重い。

 

 命が静かに言う。

 

「……中を、開けてください」

「分かった」

 

 俺は袋を開ける。中に絹の包み。白木の箱。

 

 蓋を開けた瞬間、全員の息が止まったのが分かった。

 黒い布の上に、半月が二つ並んでいる。対になったペンダント。

 

 命が言った。

 

「……対です」

「重ねると、一つになります」

 

 命が一歩近づいて、指先でそっと二つを重ねた。

 ぴたり、と合う。円になる。裏の文様も、一つになる。

 

 千佳が小さく「うわ……」と漏らして、由紀子さんに口を塞がれる。

 

 綾乃さんは動かない。

 澄乃さんは、笑っているのに目が鋭い。

 

 命が俺を見て、はっきり言う。

 

「……これは、婚姻具です」

 

 その言葉が落ちた瞬間、部屋の温度が一段下がった気がした。

 婚姻具、婚約指輪の様なもの、か

 命は続ける。丁寧で、でも止まらない。

 

「……私は、まだ先のこと全部は分かりません」

「でも……ハヤトさんが好きです」

 

 命の声が、ほんの少しだけ震える。

 表情は崩れない。けれど、目が揺れている。

 

 命は深く息を吸って――言った。

 

「……結婚してください」

 

 千佳が立ち上がりかけて、由紀子さんに肩を押されて座る。

 千佳の目は真っ赤になっている。

 

 綾乃さんが小さく目を閉じて、すぐ開いた。驚きはある。でも崩さない。

 澄乃さんは、楽しそうに口元だけ笑った。

 

 俺は、箱の中の半月を見た。

 それから命を見る。

 

 押さない。待ちすぎない。

 俺がするのは、受け取ること。

 

「……はい」

 

 短く言った瞬間、命の肩がほんの少しだけ落ちた。

 それが、命の“安堵”だと分かる。

 

 俺はもう一度、はっきり言う。

 

「結婚しよう。命」

 

 命は目を逸らさないまま、小さく頷いた。

 

「……はい」

 

 部屋の端で、澄乃さんがぽつりと言った。

 

「よろしい。ちゃんと受け取ったわね、坊や」

 

 綾乃さんも、息を吐いて言う。

 

「……命が決めたなら、それでいい」

「ただし、段取りはお母様に任せます。体調のこともあるから」

「わかりました」

 

 澄乃さんが了承する

 

「了解。千佳は私が管理する」

 

 由紀子さんが言う。

 

「管理って何!?」

「今だよ」

「……はい!」

 

 千佳は泣き笑いの顔で、こっちを見た。

 

「命姉……おめでとう……!」

 

 命は照れたのか、ほんの一瞬だけ視線が揺れて――それでも丁寧に言った。

 

「……ありがとう、千佳」

 

 俺は箱を閉じて、両手で持った。

 軽いのに、重い。

 

 命が渡したかったものか。俺は確かに受け取った。





【挿絵表示】

御堂由紀子

【挿絵表示】

御堂千佳
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。