※この作品はR-18です。

みみみ と ギンガ   作:霧里

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どこ吹く風

 

あまり寝付けなかったな。

 

気になることがありすぎて、うつらうつらとしている内に夜が明ける。

彼女はもう起きているだろうか? 朝の支度を終えたギドは、寝室の扉に手を掛けた。

 

……じゃあじゃあ、ギンガくんって訳だ?

 

あの言葉が耳から離れない。呼ばれて、心臓が飛び出しそうだった。

ただの偶然。名前を縮めて呼ぼうとすればこうもなる。一つだけなら飲み込めた。

見慣れない格好をしていて、知っているはずのことを知らない。

時折混ざる聞き慣れない言葉と「みみみ」という名前。その殆どが母さんから聞いたものと同じ。

 

ただ助けたわけじゃない。

 

聞きたいことは幾らもあった。

 

「おはよぉ、ギンガくぅん……」

 

不意打ちだ。にへらと、寝起きで溶けた笑顔に胸が締め付けられる。

ちがう。全然似てない。その筈なのに、懐かしさが振り払えなかった。

 

「母さん? __ぃ、ぁっ」

 

口にして、ハッとする。自分でもわからない。

母さんは こんなチンチクリンじゃなかったし。こんな だらしなく笑ったりもしなかった。髪の色も、瞳の色だって。分かってる、なのに……。

 

「おいでギンガ……にひひっ♪」

 

やめて ほしい。どうして そんな所ばっかりそっくりなんだ。子供がそのまま大人になったような緩さ。当たり前に育つはずの警戒心がまるでない。人懐っこくて、温かい日溜まりみたいな。

 

つい、やりすぎた。

 

からかわれて恥ずかしくなった。子供扱いされてイラついた。

向けられた愛情。その腕の中に飛び込みたい。頭を冷やしたいなら自分で被ればいいものを。

 

バッシャーン!

 

次の瞬間には、手にした水桶をひっくり返していた。

「あっ……」声が出たときにはもう遅い。寝室の床も、ベッドの上も、びしょ濡れになった彼女は、両腕を広げたまま項垂れる。

 

くつくつと肩が揺れ動く。

 

流石に怒るか。たしかに俺が悪い。少しからかっただけ。彼女からすれば、あんまりに理不尽だ。聞きたいことも何一つ聞けてないまま、関係がこじれるのは不味い。

 

「その……悪かった」

 

正しく頭を下げられなかった。妙なプライドが邪魔をする。

昨日拾ってきたばかりの少女に、母親の面影を見てしまってバツが悪い。ぶっきらぼうに呟く俺を、けれど彼女は責めなかった。

 

「ぷはっ♪ はははははっ♪ ごめんて、そんな怒んなくてもさぁ……♪」

 

見惚れたんじゃない。

 

眩しくて目をそらしただけ。翠の髪が朝日にきらめく。お腹を抱えて笑う彼女の姿を、直視できなかった。

 

 

*******

 

 

森を歩けばすぐ転ける。ウサギを締めれば卒倒する。部屋にクモが出ただけで大騒ぎだ。今放り出したら次の瞬間にはどうなってるかもわからない。

 

コイツ……今まで良く生きてられたな。

 

よっぽど過保護に育てられてきたんだろう。

大人しくしていれば見栄えもするのに、落ち着きが足りてない。あっちへフラフラ。こっちへフラフラ。怪我をしたって懲りないで、どうにも目が離せない。

 

その後姿に面影を追っていた。

 

幼い日、もっぱら叱られていたのは俺の方だったけど。

「ねーねー、ギンガくんっ。りんごっ、りんご があるよっ♪」呼ばれて顔を上げる。同時に弓を番えた。

 

「ミドリ……っ。動くなよ、頼むから」

「え、なに?」

 

ギョッとした。目を離したのなんて数秒もあるかどうか。悪いとは思うけど、説明してる余裕がない。ジンジャに向かうその途中、獣道から外れたミドリは、リンゴの実に手を伸ばしていた。指先は届かない。背伸びをしてようやく触れられるかどうか。ぴょんぴょんと飛び跳ねるのに夢中になって、枝葉に潜んだ蛇の視線に気づいてさえいない。

 

”これは何?” ”食べれるの?” ”食べていい?”

 

弾んだ声。輝く瞳。咲いた笑顔の花びらには、言いたいことが ごまんと書いてあった。眩しいまでの好奇心。いや、ただの食欲か? やめてくれ、俺が飯をやってないみたいじゃないか。

 

矢羽が駆ける。

 

ミドリが腰を抜かすより早く、蛇が悲鳴を上げた。

ヘナヘナと その場に崩れ落ちた彼女は、ようやく危険を理解する。事切れた蛇を見上げて大きく息を吐いた。

 

「大丈夫か?」

「う、うん……ごめんね? また、迷惑掛けちゃって」

「無事ならいい。お前みたいのを狙ってるんだから、気をつけろよな」

「お前みたいなのって……」

 

小動物扱いされた自覚はあるんだろう。ムスッと膨らんだ頬は、そこのリンゴにそっくりだ。言い返したいけど、言い返せない。なんとか立ち上がろうにも指先にすら力が入っていなかった。

 

「ほら……」

「なんだよぉ、人を食いしん坊みたいにさぁ……はむ」

「そのものじゃねーか」

「にひひっ」

 

差し出したリンゴを一口齧ったミドリは、ご満悦だ。

小腹が満たされて落ち着いたのか、もうすっかり夢中になっている。

 

めんどくさ……。

 

コイツを拾ってからの数日が慌ただしい。アレは何? コレは何? 俺が質問をする前に出鼻をくじかれる。ようやく落ち着いたと思えば問題を起こされた。

世話を焼かされ続けて、結局は何も聞けてないまま。「ギンガくん♪ ギンガくん♪」馴れ馴れしく呼ばれるのにも、すっかりと慣れてしまった。

 

今度は何だ……。

 

隣で座る彼女に肩を突かれた。溜息を一つ。顔を向けた俺に差し出されたのは、齧り掛けの赤いリンゴだった。

 

「あーん♪」

「……」

 

なんだろうなぁ。自分のほうがよっぽど危なっかしいのに、どうして こいつは ちょくちょく子供扱いしてくるのか。ちょっと背が高いからって、妙にお姉さん感を出してくる。突っぱねてもいい。けれど、それでからかわれるのは面白くはない。「照れてるんだぁ?」ニヤつく顔を思い浮かべるのは簡単だった。

 

カキンっ……。

 

いっそ噛みついてやろうかと、思い切って歯を立てた。

懲りるとは思わないが、やられっぱなしも癪に障る。無機質な音が木々の間を飛び回った。舌打ちを一つ。ニヤけ面を湛えた彼女の顔が絶妙に腹立たしい。柔らかい胸の内をカリカリと引っ掻かれるみたいだ。

 

よせばいいのに……。

 

取り上げられたリンゴに手を伸ばす。当然彼女は身を引いて、俺に渡そうとはしない。そのまま追いかけっこが始まっていた。自分でもバカをやってるとは思う。

 

「このっ、ちょこまかと……っ!」

「あははっ。ギンガくんって鬼ごっこは下手な方?」

「いい加減にっ」

「あ、ちょっ、そんなムキになっちゃっ……ぎゃふっ」

「おい、ばかっ!」

 

手を伸ばした拍子に、ミドリが足をすべらせた。庇おうとして間に合わない。

慌てた彼女に腕を掴まれる。踏ん張りが効かない。勢い余った俺は、そのまま引きずり込まれてしまう。

 

押し倒して、転がって、見つめ合う。

 

顔が近い。お互い肩で息をしていた。丸く開いた瞳が水面のように揺れている。

「にひっ……あはははっ♪」子供みたいに笑いだした彼女につられて、俺の頬まで緩んでしまいそうだった。素直にはなれない。小言を言おうと開いた唇を塞いだのは、齧りかけの赤いリンゴだった。

 

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