※この作品はR-18です。

みみみ と ギンガ   作:霧里

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場違い

 

 

「行ってらっしゃいギンガくんっ♪」

 

彼の背中を見送って、私は一人お留守番。

ちょっと新婚さんみたいだなって、身悶えていられたのも最初だけ。本当は連れて行ってほしかった。

 

扉の前。振り返ってみた家の中はあんまりに広い。

寒々とした土間には かまど と、一纏めになった狩猟道具。持ち出された外套が彼の不在を印象付けた。貸して貰った寝室はイヤに綺麗だったな。普段使われてる様子はない。「おやすみ」を交わした後の彼は、いつも居間の隅で寝っ転がっている。まるでそこが定位置のようだ。

 

一人暮らしの家じゃないな。

 

きっと、私が使っているベッドがそうだったんだろう。

どうしたの? なんて聞ける訳がない。私を「母さん?」と呼んだ彼は一体どんな気持ちだったんだろうか? 照れ隠しじゃなかったよね? 胸の痛みから目を逸らすみたいだった。

 

忙しさが寂しさを埋めてくれるわけじゃない。

私には耐えられないな。今日までギンガくんが付き合ってくれたから尚更思う。

手を休めた隙に。眠る前の僅かな時間にも。一人を意識する瞬間は、いくつもあったはずだ。

 

同情……なのかな? 彼の心持ちを、今の自分と重ねてみる。

 

もう慣れた。みたいな顔してさ。それでも寂しさの影はでる。

仏頂面の裏に押し込めた、苛立ちや呆れ顔が好ましく思うくらい。そんな余裕も無いくせに、どうして私を助けてくれたのか。彼が見た目通りの少年なら、まだ誰かに甘えたいときもあるはずだ。

 

飯でも作って待っててみるか?

 

ますます新婚さんみたいで面映ゆい。

 

けれども途方に暮れてしまう。

 

私には火の起こし方も、カチコチになった干し肉の食べ方すら分からなかった。

 

 

*******

 

いつの間にか、森の中を歩いていた。

 

意外と道はあるものだ。慣れてくると、緑の隙間にも筋が通って見える。

暗がりをズッコケながら歩いていた頃が懐かしい。さぞ、やきもきしたんだろうな。

 

迷惑を掛けっぱなしだ。

 

恩返しをしようにも、彼の好意に甘えるしかないのが心苦しい。

 

ダメだな。一人になると余計なことばかり考えてしまう。

ちょっと家の周りを回るだけ。気ばらしの散歩のつもりが、気づけば森の奥へ。

神社のある方へと足が向いていた。

 

懐かしい匂いに誘われる。

 

古びた社は今も口を閉ざしたまま。

 

神隠し。きっと、向こうではそう言われているんだろうな。

両親に、友人たちにも、皆に心配をかけてしまっている。心細い、寂しい、帰りたい。放り出されて初めて分かる。いなくなってしまった お姉ちゃんも、こんな気持ちだったのかもしれない。

 

あー、だめだめ。俯いてばかりだと気が滅入る。

拾い物……なんて言ったら失礼かな。だって、拾われたのは私の方。ギンガくんに会えたことは紛れもない幸運だ。キャンプ気分で今を楽しめているのも彼のお陰。

 

帰りたい。

 

それはそう。

 

だけど、今すぐは少し困るかな。

 

急に私がいなくなっていたら、きっと心配させてしまうから。

「ありがとう」「ばいばい」ありきたりな言葉でも伝えたい。でも、ちょっとだけ胸が痛む。私が帰っちゃったらギンガくんはまたあの家で一人きり。

 

お節介でしょうとも。

 

むしろ、私がいるほうが非日常なんだから。

 

パンっ、パンっ……

 

社の前。そこにいるかもわからない神様の前で頭を下げた。

願ったことは分からない。帰りたいと思う反面、彼を一人残す不安はある。

そんな私の願いに答えてくれたのは、神様でも、ましてやギンガくんでもなかった。

 

社の裏から聞こえる声。

 

ガヤガヤと耳障りな音は、酒と煙草を思い浮かべるには十分だ。

覗き込む勇気なんてでない。慌てて鳥居の後ろに駆け込んで息を押し殺す。

山賊か、盗賊か。二人三人と現れた男達は、いかにもな見た目をしていた。

粗野で粗暴。痩せた狼の方がまだ理知的な目をしてる。

 

どうしよう……?

 

あれは違うのだ。最初に出会ったのが彼で本当に良かった。

短くても、ここで暮らしてたから分かる。完全な異物だ。驚いて飛び立つ小鳥たち。慌てたウサギが私の横を駆けていく。

 

ギンガくんに知らせないと……。

 

こっそりと逃げ出そうとして、失敗した。

私だってそうだ。この世界に馴染んでるという点では、山賊たちの方が自然だった。

小枝を踏み抜いて、ずっこける。また彼に呆れられてしまうかもしれないけど、そんな心配をしてる余裕は無くなった。

 

「あ、どうも……」

 

警戒されたのも最初だけ。私が女だと分かるやいなや、値踏みするような男達の視線に肌を舐められた。「おい、女だぜ?」「結構上玉じゃねーか」胸元を押さえて、スカートの端を握りしめる。身に降りかかる不幸を想像するのは簡単だった。普段は可愛いと思ってる制服が酷く頼りない。こんな薄っぺらい服なんてすぐにも破られる。

 

気味が悪い。

 

向けられた欲望から、少しでも遠ざかりたかった。

後退り、にじり寄られて、先に痺れを切らしたのは私の方。

 

もう、形振りかまっていられない。

 

脱兎のごとく、カモシカのように__そのどれにも当てはまらない私は、獣道を躓きながらも走るしかなかった。下草に足がとられる。肌が擦り切れそう。

背後に迫る男達の怒号に心臓が潰されそうだ。獲物を嬲って愉しむような いやらしさが腹立たしい。

 

ギンガくんっ……。

 

助けを求めて、一瞬迷ってしまった。

 

このまま逃げて良いの?

 

ギンガくんのお家。この世界で唯一の安全圏。でも、でもだ。

こんな奴らを連れ立って、彼の生活が滅茶苦茶になったらどうしよう?

 

躊躇いが足を鈍らせた。

 

手首を掴まれてゾッとする。力が強い。なんとか振り払えたけど、次に掴まれたら分からない。イヤだ。こんないきなり。こんな訳わからない人達に。どうせなら、彼に迫られた方が万倍もマシだ。

 

ダメだ、折れそう。

 

「いやっ、はなしてっ!」

 

滲んだ涙が視界を塞ぐ。「たすけて……」思わず零してしまった。足がもつれて、前のめりに倒れ込む。イヤ。このままじゃ……私。大きな男の手に肩を掴まれ、地面に押し付けられた瞬間__。

 

優しい風が頬を撫でた。

 

「伏せてろっ!」

 

たったそれだけ。途端に背中が軽くなった。

もうちょっと心配してくれたっていいのに、ギンガくんは私のことなんて見向きもしない。不満が半分。ううん、四分の一くらいにまけといてやる。

見上げた背中の安心感と言ったらなかった。ズルいんだ。お姉さん風を吹かせていた自覚はある。だから余計に恥ずかしい。こんな時に、カッコいいだなんて思ってしまった。

 

でも、彼一人で大丈夫かな?

 

そんな心配がいらないくらい、ギンガくんは強かった。

本当にヒーローみたい。素人目にも時間の問題だ。次の瞬間には、ド派手な必殺技が炸裂してるかも。

 

それでももし、何かあるとすれば私の方。

 

慌てて顔を上げた。人質にでもされたら堪らない。フクロウみたいに首を回して、それを見つけてしまう。

 

「あ、だめ……」

 

気づいたときには足が動いていた。嫌な予感が私を駆り立てる。

鈍い光が伸び切る前に、体を割り込ませた。「伏せてろ」て言われたのにな。完全に足手まといだ。声を掛けるだけでも良かったはず。ギンガくんの言いつけも、内心の警告も振り切った。

 

ストン……

 

何かが胸に落ちる。

 

なんだ、意外と平気じゃん。

 

「ミドリっ!」

 

そんな泣きそうな顔しないでよ。別に死にやしないって。

 

でも、ごめんね? ちょっと……起きてらんないかも。

 

 

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