※この作品はR-18です。

みみみ と ギンガ   作:霧里

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キラキラしたもの

 

村の診療所。

 

外壁に背を預けながら、ギンガは一人、夜風に吹かれていた。

 

やってしまった。口に残る苦さは、後悔ともまた違う。

ミドリを守ってやれなかった。勝手に出歩くなって、ちゃんと言い含めておくべきだった。こうならないように出来ることはあったはずなのに。

 

でも、そうじゃない。

 

「なんであんな所に居たんだよっ!」目を覚ましたアイツを怒鳴りつけた。

心配で、心配で、堪らない。無事で良かった。嬉しいはずなのに、言葉選びを間違える。しゅんっとなって俯く彼女には、普段の青々しさはなかった。

 

「ごめんね……ギンガくん」

 

呟く姿が遠い。いつもの元気はそこになく、しおれた花のようだ。

いろんな事が腹立たしくて、何に苛ついてるのかも分からない。何でもないって、いつもみたいに笑ってほしかった。心配し過ぎだと、茶化されたって構わない。どれも勝手な期待だ。胸の傷ですら嘘であって欲しい願う。

 

危険に晒したのは俺なのにな。

 

知らず知らずに甘えていた。だって、一度も泣き言なんて言わなかったじゃないか。

 

「そんなに、帰りたかったのかよ……」

 

最後に吐き捨てた言葉が本心だ。

 

言ってしまって気づく。あまりの情けなさに逃げ出した。

そんな当たり前を。こんな事になるのなら最初から聞いておけば良かった。

 

質問はたった一つ。

 

何も難しくはなかったのに、後になるほど聞けなくなる。

怖くなった。ミドリの口から、ハッキリと言われるのが。手放したくない。だから閉じ込める。家にいろって。そんなつもりがなくても、彼女が何も知らないのをいいことに。

 

ケイタイデンワに耳を押し当てる。

 

軽くて、固い。木の温もりもなければ、金属の冷たさでもない。

ここにはない異物感に耳が塞がり、少しだけ世界が遠のいた。いつも懐に仕舞ってある母の形見。遠くの人と話せる道具らしいが、今日まで誰かと繋がった事はない。それでも、声が聞きたかった。

 

カッコ悪いな。

 

多分、俺は叱られたかったんだ。

 

 

*******

 

 

怖いと、思ってしまった。

 

傷の痛みに怯んだのもある。怒られてビックリもした。

なにより、引き留めようとした彼の手から血の匂いを感じ取る。

 

聞けるわけがない。

 

なんの臆面もなく「◯した」なんて言われてしまったら、彼の事を遠ざけてしまいそうだ。

 

まったくの迂闊。

 

完全な油断だった。

 

分かってる。私が悪い。

 

ちょっとそこまで。森を歩くのも少しは慣れたつもりだった。

あんな奴らがいるなんて思わないじゃん。ちゃんと言わないギンガくんが悪い。

だとしても。「助けてくれてありがとう」それすら言えなかった自分が恥ずかしくなる。

 

完全に甘えてしまってた。

 

守られてるのも忘れて勝手なことをした。頼まれていた留守番すらほっぽり出して何をやってるんだろう。怪我をしてようやく思い出す。

意地っ張り。あるいは照れ屋。寂しそうな横顔が目に余る。もっと素直に「帰らないでくれ」って言われたほうが、ずっとマシだ。

 

手の掛かる奴。

 

胸が痛い。全身が重くて起き上がるのもやっとだ。

 

「帰れないんじゃ……。しょうがないでしょうよ、ったく」

 

ギンガくんと同じだ。体を引きずりながら寝台を這い出た私は、全然素直じゃなかった。

 

 

******

 

どこまで探しに行けば良いんだろう?

 

そもそもココがドコかも分かってない。見た感じは診療所のようだ。

扉を開けて外に出る。冷えた夜風が心地良い。それと同時に、嫌な想像が頭を過った。

 

まさかアイツ、私を置き去りにしないよな?

 

同じ立場になって考える。預かった子に酷い怪我までさせたんだ。

もう一緒にいられない。放り出したくなる気持ちはわかる。心がざわついた。

これで おしまいなんてそれはイヤ。「ギンガくん……」呟いて、空気が揺れる。

顔を向けたそこには、診療所の隅で丸くなっている彼がいた。

 

「何やってんの?」

 

捨てられた子犬みたいな雰囲気に呆れもしたけど、正直ホッとする。

まだ繋がっていられた。縁が切れてないのなら、仲直りだって幾らも出来るはずだ。

 

ドカっと、断りもしない。隣に座り込んだ私をギンガくんは見向きもしなかった。あっそ……。それならそれでいい。勝手に体を預けるまでだ。正直、ただ座ってるだけでもキツかった。傷が熱を持ってるせいか、彼の体が冷たく感じる。

二人でくっついていれば、まぁ丁度いいくらい。

 

無言のまま。

 

いつまでそうしてるつもりなんだろう?

 

私も意地になって何も言わないでいると、おもむろに何かを押し付けられた。

「……持って帰ってくれ」そう言ったきりだ。彼はまた塞ぎ込んでしまう。

 

携帯電話……か。

 

それも馴染み深いやつ。裏返してみれば案の定だ。

「みみみ」と「ねねね」私の愛称と お姉ちゃんの愛称。まだ、小さかった頃の私と彼女のプリが貼ってあった。

 

思ったより、驚かないもんだな。

 

それより嬉しかったのかも。急に居なくなったお姉ちゃんが、ちゃんと大切に思われていた。胸の奥に支えていた針が、すぅっと溶けていくみたい。

 

「ねねねーちゃん……元気にしてた?」

 

彼女の名前を聞いて、ギンガくんの耳がパタリと跳ねた。

 

「やっぱり……。母さんの知り合いなんだな」

 

ようやく合点がいった。今日までずっと、私に向けられていた懐かしさの訳。

似てるけど、似てない私。聞きたくて、聞けなかった言葉の正体。

ここで落ち着けてよかった。冷静な自分とは裏腹に、頭の中はパニックだ。

 

「は? かあ……さん? は?」

 

思考が止まる。

 

居なくなったお姉ちゃんの痕跡がこんな所で見つかった上、結婚して子供もいて、ギンガくんがそうだっていうじゃん。一度に飛び込んできた情報が多すぎて、どうしていいか分からない。

 

「悪かったよ……」

「え、いや、まって? 何が? 怪我のこと? それなら別に……」

「最初にあった時、脅かしたろ?」

「そっち? 今なの? ちょっ、まって。話が分かんない。じゃあ、なに? 知ってて助けてくれたわけ?」

「いや」

「あ、違うんだ……」

 

会話じゃない。ほとんど彼の独り言に付き合ってる感じだ。

それですら追いきれないのは、目の前の男の子が ねねねーちゃんの子供だって事実を受け止めきれていないせい。

 

「ギンガって、母さんも良く俺のことをそう呼んでた。お前が「みみみ」って名乗った時驚いたよ。そこの絵になんとなく似てる気はしたけど……」

「あ、これ? 小さいころの私。可愛いでしょ~♪」

 

もう何でも良かった。

 

会話の主導権を取り返そうとして、手近な話題を掴み取る。

顔の横に並べて、携帯の裏側を見せつけた。今と昔。交互に指さしながら、彼の好みに伺いを立てる。まさか頷くとは思ってない。それでもせめて「まぁな」くらいは言ってくれるものだと信じてた。なのにギンガくんは、小さく鼻を鳴らしただけ。私とプリとを見比べて、なにか理解を拒んだようだ。

 

「どうしてこうなったんだろうな……」

「は?」

 

カチンときた。コイツは今一体何を笑ったんだ?

可愛いは否定しない。それはいい。けれど目の前の私を見据えた彼は、何か残念なものを見るようだ。

 

「今だって可愛いでしょうがっ……っぁ。ぃたいたいたい……!」

 

勢いこんで急に尻すぼむ。

ギンガくんに迫ったまでは良いものの、胸の痛みに躓いた。「ぎゃふっ」と、彼の膝の上へ倒れ込んでしまう。

 

「ばーか」

 

罵倒の言葉がくすぐったい。見上げた顔はようやく綻んで、いつになく穏やかだ。

「大人しくしてろ」雑に頭を撫でつけられた私は言われるまま。彼に膝枕をされながら空を見る。

 

「ねぇねぇ、知ってる? ギンガって言葉の意味?」

 

細い腕が夜空を指差した。浮かぶ笑顔の眩しさに、ギンガはつられて視線を逃がす。

 

お前のこと……。

 

いいかけて、やっぱり止めた。

 

空の更に向こう側の世界だと、母さんは言っていた。目に見えてるのに手を伸ばしても届かない。そのくせキラキラ輝いて眩しいもの。今の俺にとってはミドリがそれだ。知らないと首を振って、頬の熱を夜風に晒す。

 

ニコニコだ。

 

何を思いついたのか、その続きが聞きたくなった。

 

「世界一カッコいい男の子って意味♪」

 

その自信はどこからくるんだ? 聞いてるこっちが恥ずかしくなる。

そういうところは、母さんに似ているのかもしれない。「世界で一番愛してる」__母から貰った愛情を思い出したギンガは、思いっきり翠のおでこを指で弾いた。

 

 




ここまで御覧いただきありがとうございました。

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