【少女と魔法使いとの出会い】
1974年8月15日 20:12
マンチェスター市街地 夜の路地裏
少し涼しい夏の夜だった。
街灯の光が届かない薄暗い路地裏で、若い少女が客待ちをしていた。
【エヴァ・カーター】16歳。
艶やかな金髪を簡素なヘアバンドでまとめたその少女は、古びた革ジャンとブラトップ、ミニスカートという出で立ちで壁に寄りかかっていた。
その青い瞳には10代半ばの若さに似合わぬ諦念が浮かんでいた。
「おいおい、今日は景気悪そうだなぁ」
突然現れた中年男がエヴァに向かって声をかけた。
派手な柄のシャツに身を包み、胸元には金鎖がちらついている。
街角の売春の元締めをしているポン引きの男だ。
「お前みたいな小娘が勝手に商売してたら困るんだよ。この界隈は俺のシマだ。わかってるのか?」
エヴァは黙ったまま男を睨みつけた。
今日も売り上げは芳しくなく、帰り際にこんな男に絡まれる始末だ。
「この辺で商売したいならな、ショバ代払えよ。週に売上の3割だ」
「お金がないわ」
エヴァの声は乾いていた。
「明日も学校に行かなくちゃいけないから」
「学校だと?」
男は笑った。
「嘘をつけ。この時間にここにいる時点でわかるだろ。お前みたいなガキがどんな風に金稼いでるか」
「……妹がいるの」
エヴァは俯いた。
「あの子には良い教育を受けさせてあげたいの」
「くだらねぇ」
男は唾を吐いた。
「じゃあその妹の為に体売るんだろうが。だったら大人しく金払えよ」
エヴァは首を横に振った。
「嫌よ。私のお金は妹の学費に充てるの」
男の表情が豹変した。
彼は懐から刃物を取り出した。
「調子に乗るなよ、小娘!」
エヴァは反射的に身を引いたが、狭い路地では逃げ場がない。
男はナイフを振りかざして迫ってきた。
「死ねぇ!」
エヴァが目を閉じた瞬間——
パチン!
不思議な音とともに、男の持っていたナイフが弾き飛ばされ、男の身体が宙に浮き上がった。
まるで見えない手に掴まれたかのように空中で仰向けになり、苦しそうにもがいている。
「ぐうっ……、な……なんだこれは?!」
エヴァが目を開けると、路地の入口に黒ずくめの青年が立っていた。
年齢は二十歳前後だろうか、整った顔立ちと涼やかな目元が印象的だ。
彼の周りには微かな青白い光が漂っている。
「レヴィオーソ」
青年が唱えると、男の身体はさらに高く舞い上がり、近くの壁に叩きつけられた。
男は泡を吹いて気絶した。
エヴァは呆然と立ち尽くした。
目の前で起こったことが理解できない。
魔法?超能力?夢ではないか?
「大丈夫か?」
青年が近づいてきた。
彼の手には30㎝位の長さの、棒の様な物が握られている。
「あ……あなたは……?」
エヴァの声は震えていた。
「通りすがりの魔法使いだ」
青年は淡々と言った。
「怪我はないか?」
エヴァは首を横に振った。
「信じられない……本当に魔法なの?」
「ああ」
青年は杖をしまった。
「危ないところだったな」
エヴァは恐怖と興奮が入り混じった表情で青年を見つめた。
彼女の青い瞳に映る青年の姿は、子供の頃に妹と一緒に読んだ童話に出てくる魔法使いそのものだった。
「ありがとう……助けてくれて」
エヴァは震える声で言った。
「気にするな」
青年は踵を返そうとした。
「もう安全だから……」
「待って!」
エヴァは思わず叫んだ。
「名前を教えて」
青年は一瞬ためらい、振り返った。
「……ジョンだ」
「私はエヴァ」
彼女は微笑んだ。
「助けてくれて本当にありがとう。恩に着るわ」
ジョンは微かに頷き、言った。
「……ここは治安が悪い、女が一人でいるところじゃないな」
そう言うとジョンは再び杖を振るい、小さな光球を放った。
すると気絶しているポン引き男のズボンのポケットから、札束が次々に空中に舞い上がってきた。
「な……何をするの?」
エヴァは驚いて尋ねた。
「正当な報酬だ」
ジョンは言った。
「こいつの所持金の一部だ。これで今日は帰れるだろう?」
「え?でも……」
「妹さんの学費の足しにするといい」
ジョンはエヴァに札束を手渡した。
「必要な金額は分からないが……今の俺にも出来る事はある」
そう言うとジョンは杖をエヴァの方へ向けた。
すると突然エヴァの服装が一瞬煌めき、汚れたミニスカートとブラトップは新品同様にピカピカになった。
「まあ!素敵!どうやったの?!」
エヴァは喜んで言った。
「呪文さ……やっぱり君の様な美人が、汚れた服を着てちゃいけない」
ジョンはエヴァの事を褒めた。
エヴァは顔を赤くした。
「もし良かったら……どこかでお礼がしたいんだけど……」
「気にするな」
ジョンはそう言うと軽く微笑んだ。
「じゃあな……」
「え?ちょっと待って!」
エヴァは焦って追いかける。
しかしジョンの姿はもうそこには居なかった。
これが【ジョン】と【エヴァ】の初めての出会いだった。