【3人の母達】
ロンドン郊外にある高級ホテルの一室
1986年7月7日 13:00
大理石の床と壁を隔てる金屏風の向こう側で三人の女性が向き合っていた。
【エヴァ】は深い紫色のドレスに身を包み、優雅にソファに座っていた。
金色のパーマのかかったショートヘアは完璧に整えられ、その瞳には余裕と鋭さが同居している。
【アリア】は赤いカクテルドレスを着ており、かつての気弱さが嘘のように健康的な美しさを放っていた。
アリアの胸元は大胆に開かれ、彼女の豊かなバストが露わになっている。
そして【メアリー】。
白のシンプルなブラウスと黒のパンツを着ているが、その襟元には小さな皺があり、袖口には掃除の汚れが僅かに見えた。
彼女の手首には安物の時計がはめられており、足元は磨耗したヒール付きの靴。
長女アンの養育費を稼ぐ為の仕事の途中だった。
「久しぶりね、アリア」
エヴァの声には微かな嘲りが含まれていた。
「相変わらず派手な格好ね」
アリアは鼻で笑い返した。
「エヴァこそ、いつも同じ古臭い服ばかり。年を取りたくないんでしょうけど」
メアリーは居心地悪そうに視線を彷徨わせた。
二人の女性の鋭い眼光が交差する中、彼女は椅子に縮こまる様に座っていた。
「あの……なぜここに私が呼ばれたのでしょうか……?」
メアリーは小さな声で尋ねた。
エヴァとアリアが同時に彼女を見た。
「当然じゃない」
アリアが言った。
「私たち三人ともジョンに愛された女なんですもの」
「愛……ね」
エヴァは冷笑した。
「アリア、あなたは彼に一番愛されていると思っているの?」
「当たり前よ!」
アリアは胸を張った。
「私は彼の子供を産んだのよ!ジュニアをね」
「それはそうね」
エヴァは煙草に火をつけた。
「でも私もデイビッドを産んだわ。子供を産んだのは貴方だけじゃないわ」
「それが何?」
アリアは挑発的に唇を歪めた。
「ジュニアの方が彼に似ているわ。あの瞳はまさに彼の遺伝よ」
「確かに」
エヴァは同意した。
「でも重要なのは彼から愛される事じゃなくて、彼を愛するという事ではなくて?」
「愛する……?」
アリアは鼻で笑った。
「あなたこそ愛されるのは諦めたんでしょう?」
「どうしてそう思うの?」
エヴァの声はやや鋭くなった。
彼女はゆっくりと立ち上がり、窓辺へと歩いた。
「彼は私を必要としているわ。私の方をね」
「嘘よ!」
アリアの声が高くなった。
「彼は私を選んだの!私とジュニアを選んだのよ!」
「そうかもしれないわね」
エヴァは振り返りもせずに言った。
「でも私は彼の側にいる。貴方のいない時は特にね」
「……!」
沈黙が流れた。
メアリーは居心地悪そうに指輪を弄んだ。
彼女の左手の薬指にはまだ結婚指輪が残っている。
「それで」
エヴァがメアリーに視線を向けた。
「貴方はどうなの?」
「え?」
メアリーは戸惑った表情を見せた。
「貴方も彼との子供がいるのでしょう?」
エヴァの声は氷のように冷たかった。
「しかも本来の夫の知らないところで」
「それは……」
メアリーは俯いた。
「私には選択肢がありませんでした……」
「言い訳ね」
アリアが割り込んだ。
「あなたみたいな既婚者の女が一番残酷よ。夫を裏切り、子供まで授かって……」
「私だって苦しんでいるんです!」
メアリーの声が震えた。
「夫とは離婚になったし、上の娘とは会えない。でも私は……」
「可哀想に」
エヴァは皮肉な笑みを浮かべた。
「あなたの元夫と娘さんがね」
「あなたは違うわ」
アリアが厳しい声で言った。
「あなたは不倫女。汚れた身分よ」
「……その通りよ」
メアリーは拳を握りしめた。
「だけどジョンは私を選んだの。それが全てじゃないですか?」
再び沈黙が訪れた。
三人の女性の視線が交錯する。
窓の外では雨が降り始めていた。
「さて」
エヴァが煙草を灰皿に押し付けた。
「これからどうする?」
「決まっているわ」
アリアが立ち上がった。
「私たちで彼を共有しましょう。彼もそれを望んでいるはずよ」
「共有?」
メアリーは驚いた顔で見上げた。
「そう」
エヴァは微笑んだ。
「彼は私たち三人を愛している。そして私たちも彼を愛している。それなら……」
「でも私……」
メアリーが言いかけると、
「嘘つき!」
アリアが声を荒げた。
「あなたはもうジョン無しでは生きられないのよ!」
メアリーは言葉に詰まった。
確かにその通りだった。
彼女の心はすでにジョンに支配されていた。
元夫への罪悪感と同時に、ジョンへの依存が日に日に強くなっている。
「そうね」
エヴァが静かに言った。
「私たちはもう戻れないのよ。彼の世界に足を踏み入れてしまった以上はね」
窓ガラスを叩く雨音が次第に強くなっていく。
三人の女性の影が壁に揺らいだ。
彼女たちはそれぞれ異なる形でジョンに囚われていた。
そして今、三人の運命が交差し、新たな展開を迎えようとしていた。
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【師と生徒の対峙】
同時刻、同ホテルで
髭面で眼鏡をかけた痩せぎすの男で、ジョンの友人で元裏社会の人間、通称【ジャンク屋】が煙草に火をつけながら笑った。
「いや〜まさかブラザーに3人も恋人がいるとはなあ。やるじゃねえか!」
その隣で【ポモーナ・スプラウト】教授は腕を組み、厳格な表情でジョンを見据えていた。
ホグワーツ特有のローブを着ているものの、現在は公式訪問ではなく個人的な立場で来ていた。
「在学中は……」
教授の声は静かだが重みがあった。
「貴方は周りに馴染めていなかった。親しい友人もほとんどいなかった。その貴方が……愛する人と結ばれ、家庭を持つというのは……」
「ああ、そうですよ、ブラザーの先生。彼女らはみんなブラザーに愛された女達だぜ」
ジャンク屋は愉快そうに笑った。
スプラウト教授は咳払いをした。
「元教師としては歓迎すべき事です。しかし……限度というものがあります」
ジョンは縮こまっていた。
「……はい、先生のおっしゃる通りです」
部屋の隅では三つの小さな影が動き回っていた。
デイビッド(エヴァとの子)は小さな箒で床を掃き「パパ!僕偉い?偉いでしょ?」と誇らしげに声を上げた。
一方、ジュニア(アリアとの子)は積み木を並べていたが「これ俺のだ!」と突然怒り出し、近くにあった積み木を蹴り飛ばした。
マリア(メアリーとの子)は人形を抱きしめながら静かに座っていたが「弟たちがケンカしてる」と大人びた声で言った。
「見てみろよ」
ジャンク屋が煙草を灰皿に揉み消した。
「あの子達はちゃんと仲良く遊んでるぜ」
「表面的にはね」
スプラウト教授は三つの影を見つめながら言った。
「母親達の関係が安定すれば、彼らも自然と仲良くなるでしょう」
ジョンは溜息をついた。
「本当に……どうしよう……」
「そんな顔すんなよ」
ジャンク屋がジョンの肩を叩いた。
「子供達は素直に育ってるじゃねえか。問題は親達の方だ」
その時、部屋のドアが勢いよく開いた。
【アリア】が息を切らせながら駆け込んできた。
「ジョン!聞いたわよ!貴方に他の女との子供がいるなんて!」
続いて【エヴァ】が冷静な表情で入ってきた。
「当然よね。貴方がいない時は、私が彼の相手をしてきたんだから」
最後に【メアリー】が申し訳なさそうに現れた。
「あの……ごめんなさい……私は本当は来るべきじゃなかったかもしれないんですけど……」
部屋の空気が一変した。
スプラウト教授は呆れたように額に手を当てた。
ジャンク屋は楽しそうに笑っている。
「いやあ」
ジャンク屋が笑いながら言った。
「最高のショーが始まるぞ」
ジョンは助けを求めるように教授を見た。
「先生……」
「自分で解決しなさい」
スプラウト教授はピシャリと言った。
「それが今の貴方への宿題です」
三つの家族が一つの部屋に集まり、それぞれの子供達は母親達の争いを物珍しそうに眺めていた。
デイビッドは箒を振り回し始め、ジュニアは積み木を高く積み上げ、マリアは人形に優しく語りかけていた。
この混沌の中、ジョンは覚悟を決めたように立ち上がった。
「みんな聞いてくれ」
彼の声には決意が込められていた。
「今日は大切な話があるんだ」
窓の外では嵐が近づいていた。
雷鳴が轟き、稲妻が窓ガラスを照らす。
その光の中で、3人の女性と彼女の子供達はジョンの言葉を待っていた。