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「やっほ〜! 今をときめく美少女アイドル・如月 八重だよ♡ 今日もみんな楽しんでいってね〜!」
場所は収容人数三万人の東京でも名のあるスタジアム。
念願のソロライブは超満員。倍率が高く、ファンクラブに入っていてもチケットの入手が困難と言われていても、俺を見たさにファン達は鎬を削り、チケット争奪戦を勝ち抜いた猛者達相手にステージの上で最高のパフォーマンスを繰り広げていた。
「それでは……一曲目! わたしのデビュー曲を聴いてください! プラチナ★ポップス!」
オリコンチャート一位を取ったデビュー曲を披露すれば、会場は湧き立ち、この日の為に俺を推して来たファン達から阿鼻叫喚にも似た歓声が上がる。
ステージの上からソレを眺める俺は、ペンライトのキラキラした光景に目を奪われて……今日この日、最高のライブを成し遂げられる確信をしたのだった。
★
「…………性奴隷になりたぁ〜い」
「バカなこと言ってないでサッサと帰りますよ。今日はお疲れ様でした」
「ひどいよマネージャーちゃん! ライブ終わりの疲れたアイドルにもっと労いの言葉とかないの!? 『八重ちゃんの汗、聖水として売ろうか?』くらいの提案があってもいいと思うんだけど!」
「しませんし、言いません。コンプライアンス的にアウトですし、そもそも貴方、中身オッサンじゃないですか」
氷点下の視線をタブレットに向けたまま、マネージャーの冷たい一言が俺の心臓を貫く。
……あぁ、いい。そのゴミを見るような目。ゾクゾクする。
俺こと如月八重は、ソファの上でだらしなく足を放り出しながら、深いため息をついた。
「だからだよ! だからこそだよ!
男だった頃はさぁ、社会の歯車として上司に怒鳴られ、取引先に頭を下げ、満員電車で揉みくちゃにされる……そんな『その他大勢』の扱いが日常だったわけ。
それがどうだ? TSしてアイドルになった途端、世界が一変しちゃったんだよ!」
そう、世界は俺に優しすぎる。
道ですれ違えば「可愛い」と振り返られ、コンビニに入れば店員が頬を染めてオマケをしてくれ、仕事現場に行けば「八重ちゃん、寒くない?」「お水常温でいい?」と過保護なまでにチヤホヤされる。
最初のうちは良かった。
「へへっ、美少女イージーモード最高!」と調子に乗っていた。
だが、俺の中に眠っていた『何か』が目覚めてしまったのだ。
「みんなが俺を崇めれば崇めるほど……逆に、底辺まで堕とされたいって欲求がムラムラ湧いてくるんだよぉ……! 三万人の歓声を浴びた反動で、今は誰かの靴の裏を舐めたい気分なの! わかる!?」
「わかりませんし、わかりたくもありません。
大体、貴方のその『完璧なアイドルムーブ』が原因でしょう。ステージであんなにキラキラした笑顔を振り撒いておいて、裏で虐げられたいとかただの営業妨害です」
マネージャーは淡々と業務連絡を続ける。
彼女は俺の性癖(と元男であること)を知る数少ない人物だが、残念ながらサディストではない。ただのドライな仕事人だ。
俺が這いつくばってお願いしても、「衣装が汚れるので立ってください」と真顔で言ってくるタイプなのだ。惜しい。非常に惜しい。
「はぁ……。どこかにいないかなぁ。俺のファンじゃなくて、俺を『肉便器』としてしか見てないドSのご主人様」
「いませんよそんな人。八重さんは『国民の妹』であり『清純派のカリスマ』なんですから」
「そこなんだよ! そのレッテルが俺を苦しめるんだよ!
あーあ、いっそSNSの裏垢で『トップアイドルだけど性処理係募集します』って書き込んだらどうなるかな?」
「やった瞬間に社会的抹殺と損害賠償請求が待ってますけど、やります?」
「やりません……」
シュン、と項垂れる俺。
社会的地位と美貌を手に入れた代償に、俺は『被虐』という快楽を失ってしまったのだ。
コンコン、と楽屋のドアがノックされた。
「失礼します! 如月さん、お車の手配ができました!
お疲れでお荷物も重いでしょう、僕がお持ちします!」
入ってきたのは、若手の制作スタッフの男性だ。
俺を見る目は、まるで女神を見るかのようにキラキラと輝いている。
違う。そうじゃない。
そこは「おい、邪魔だドケ」って蹴り飛ばしてくれよ。
「荷物くらい自分で持てよこの穀潰し」って罵ってくれよ。
「ぁ、ありがとぉ〜♡ 助かっちゃう〜♡」
けれど、俺の口から出るのは、条件反射で作り上げられた完璧なアイドルボイス。
俺が上目遣いで微笑めば、スタッフくんは顔を真っ赤にして「は、はいっ! お任せください!」と張り切ってしまう。
──あぁ、虚しい。
三万人の愛も嬉しいが、今はたった一人の軽蔑が欲しい。
俺は心の中で血の涙を流しながら、今日も「みんなに愛されるトップアイドル」の仮面を被り、送迎車のふかふかのシートへと沈み込むのだった。