ここへきてゲーニッツは断を下した。ウィッチという最上の獲物は諦めると。
「戦列を組め!」
「クロスボウ、構え!」
オーク、ゴブリンの混成部隊が一斉に矢を放つ。それに無言で大盾を構えるノワールブークリエと、二枚の大盾に持ち換えたブルーウィンド、5人のウィッチを狙う矢は全て盾で止まる。お返しにとエクレールアンブルがノワールの肩越しにピストルを突き出し、ローズフレシェが矢をつがえた。
「エクレール!」
「プリュイ・デ・フレシュ!」
放たれた電光はわずかに突出したオークに直撃すると、その後列にまで電撃が放射される。遅れて上空へ放たれた矢が下降の段階で分裂し、宣言通り雨の如く異形の軍団に降り注いだ。そこかしこでインクブスが膝をつき、倒れ、悲鳴を上げる。
「列を維持しろ!盾をま」
最前列で声を張り上げたオークの首が飛ぶ。下手人のルージュミラージュはそのまま右回転を止めずに水平に二撃目を繰り出すが、屍を踏み越えて駆け寄った大盾持ちの異形がそれを受け止めた。
「このまま押し込め!」
後列から仲間も突き飛ばし大盾のオークが殺到するがその直前、ハルバードを止めたオークの首に槍が突き刺さる。
「がっ」
盾を捨て突出したブルーウィンドのパイクである。槍を引くことなく柄を手放すと彼女は一歩踏み込んで「突く」、間一髪構えた別のオークの盾を、虚空から生じた二本目のパイクが叩いた。
「こいつっ」
警告の叫びも上げられず、オークは盾で塞いだ視界の上からアクスで頭を割られる。崩れ折れる間もなくハルバードを引いたルージュミラージュに盾ごと蹴られ、死んだオークは駆け寄る仲間の方へ吹き飛んだ。それを盾で受け止めたとはいえ体勢は崩れる。盾の縁からはみ出した豚面の目に桃色の矢が突き立ち、その横で盾を上げ直したオークの脇腹に三本目のパイクが生えた。
「野郎!」
後列から更に追い付いたオークが盾を開けて右手でパイクを掴む。力任せに引こうとした瞬間に槍は消え、オークはたたらを踏んだ。転倒直前に掲げた盾に重みが加わると真上からの一撃でその頭が転がる。ルージュミラージュは足場が崩れる前に後方へと宙返りした。
再びゲーニッツが叫ぶ。
「放て!」
矢の雨が魔法少女を襲う、が突出した赤と青の二人はブルーウィンドが一歩前に出て大盾で防ぎ、後衛の黄色と桃色の二人は、エクレールアンブルがブルーウィンドの捨てた盾を持って構えることで無効化する。では黒の魔法少女は?
突進した。
そもそも矢も刃もほぼ通らない彼女である。インクブスの航空戦力も壊滅し避難民も距離を稼げた今、簡易防壁の立場の枷が外された彼女を止められる者はいない。無限軌道が唸りを上げて鉄塊を異形の集団に撃ち込む。ゴブリンは言わずもがな、巨躯のオークでさえ弾き跳ばされ牽き潰される。それでも五列程で勢いが止まると、各々の得物を手に異形が彼女を囲んだ。それに対しノワールブークリエは盾と右の鉄腕を掲げると、
回転した。
鉄腕は鈍器に、盾はその縁が鈍い刃として、インクブスを殴り削った。高速回転する剣呑な人間ベーゴマが解放空間にも関わらずインクブスをミキサーにかけ、次々と雑なミンチを製造する。そうして五列分の下拵えを終えると、彼女はバックギヤで仲間達の元へ後退する。
「乗って」
ルージュミラージュとブルーウィンドも乗せて後進を続ける。
「今ので五十くらいかしら」
戦列を立て直すインクブスの様子を見ながら、ノワールは討った数をカウントする。
「同じくらい残ってるぜ」
「悪い知らせだけど街からお代わりが来てる。もう五十」
愚痴のようなルージュの指摘に、ブルーが「視界外」の事実を告げた。どういうマジックによるものか時折彼女はこういった警告をしてくる事がある。他の四人にとっては共闘出来る時は有り難い事ではあるが、今は聞きたくない事実でもあった。
「厳しいわね」
『警告。魔力残量30%』
ノワールブークリエのパートナー、「トゥールビヨン」が機械的に注意を伝えてくる。ノワールが視線を左手首の内側に目を向けると、小型の液晶ディスプレイで赤字の「CAUTION」と「LOW MP」が交互に点滅していた。
戦列の立て直してでもたつく異形共を尻目にノワールは旋回すると、エクレールとローズも回収して一時撤退を再開した。
「盾、邪魔じゃない?」
二人して片手でノワールブークリエの装甲を掴み、ブルーウィンドの大盾を手にしての立ち乗りである。
「あるのとないのとでは大違いですわ!」
「ああも数が多いと、やっぱりね」
必要になったら再度召喚してもらう、では現状その手間が惜しいと強弁されるとまあ納得するしかない。ブルーウィンドとしても味方が活用してくれる方が望ましい訳で。
山間の上り下り・蛇行の激しい道を撤退すること十数分。
「これ以上は追いついてしまうわね」
ノワールブークリエは徐々に速度を落とすと少しだけ続く直線道路で停止、全員が彼女の走行ユニットから降車する。ローズフレシェは逃げる先を見据える。
「近いね」
僅かに上り勾配の道の終わり、山あいに入る左カーブで一旦目に入るアスファルトは途切れ、その先の山あいから出る低位置の道路上に避難民列が見えてしまった。右手は谷、左手の斜面はどうにか整備できている落石防止の擁壁とネットが大半だ、遮蔽物はない。追ってくるインクブスたちはまだクロスボウを持っているだろう。
「待ち伏せ、というにはまあ心もとないけどね」
ブルーウィンドが武器を召喚する、リピーターと呼ばれるクロスボウ一種だ。
「この距離なら射程の問題も出ないと思うし、後退しながら時間を稼ごう」
「リピーター・クロスボウじゃない」
盾を置いてエクレールアンブルが一丁を受け取ると、来た道の山間へ入るカーブに向けて構える。
「矢の補充はする暇ないから、終わったら捨てて」
ブルーウィンドは無造作にリピーターと盾を路上に並べる。各々がそれを手にし、具合を確かめた。ノワールまでリピーターを手にしたのをブルーは意外そうに見たが、彼女は左手首の表示をブルーに向ける。
『21%』
「上手く行っても、山間部を抜ける頃にはガス欠よ」
冷静に告げるノワールに、ブルーは振り返ってローズを見る。いつの間にか肩にいた白猫が告げた。
『ローズもエナは残り少ない。大技ならあと2回がいいところだろう』
「エクレール?」
「雷撃は一回がいいところね」
ブルーウィンドは黙って剣帯付きのサーベルを彼女に差し出す。
「へえ、いいわね」
受け取ってサーベルを抜くと、二度程振るエクレールアンブル。リピーターを置いてマン・ゴーシュも抜けば、多少は様になった。
「使わせてもらうわ」
銃士は剣帯を身に付けサーベルも腰に下げる。
「ルージュ?」
「あたしはこいつで充分だ」
ハルバードに身を預けてルージュミラージュが強がる。月明かりに照らされるその顔は、疲労の色が濃い。ブルーウィンドは空いた右手で頭を押さえて目を閉じる。
「…了…解…、ここが最終防衛線だね」
最終防衛線。
彼女はそこで終わるつもりだったのだろうと、エクレールアンブルは今でも思っている。ただ終わりが来なかった、ただそれだけだと。