総勢で百かそこら、数人のウィッチを蹂躙するなら充分過ぎる手勢が山間部を往く。だが、士気は決して高くない。訝しげにコーザは来た道を振り返った。道の先の夜空は僅かに赤い。
「ゲーニッツ、妙だ」
オークの戦士達は指揮官であるゲーニッツに告げる。
「後続が来ない。ゴブリン共なら仕方ないが、アントン達が合流していないのはおかしい」
殺し尽くした筈だ、あの燃える街にはもう敵も獲物もいないと。その言葉にゲーニッツも同意した。故に僅かな懸念が口に出る。
「まさか、厄災か」
我々は獲物の残りを追っているのか?
それとも追われる獲物なのか?
「厄災」の眷属は誰も目にしていなかった。運良く奴らのいない地に橋頭堡を得る事になったのか、それともたまたま不在だっただけなのか。
「インプ共が全滅したのが痛いな」
もともと参戦した数が少なかったにしても、飛行戦力の損失が痛手だった。
「とはいえ、奴らはあまり言うことを聞かん」
飛ぶことが出来、強力なマジックを使える。それだけに抜け駆けに走るインプも多い。今回はそれが裏目に出た。獲物の殿のウィッチはよりによって弓兵と銃士だった。身体的には貧弱なインプではひとたまりもない。
「待ち伏せだ!」
堂々巡りに陥る寸前に警告がゲーニッツを現実に引き戻す。
「盾を!」
曲がり角で声を上げたノーザが直後に矢に倒れる。前衛達の盾に次々と短矢が刺さり、脇に反れた一部が哀れなゴブリンの首を突き抜けた。
左カーブの出口、クロスボウ・ボルトが間断なく撃ち込まれる。弓兵の一団がいったいどこに?戦列をかき分けゲーニッツが角まで出てみれば、先程のウィッチ共がクロスボウを文字通り「連射」していた。
「戦列を押し上げろ!」
正面は奈落、そびえる山肌を登る余裕などなく、左折した先を撃たれながら駆け抜けるしかない。
「クソッ、なんて夜だっ」
ほとんどのウィッチは「個人」でしかない。インクブスにとってつけ込める隙なのだ、少なくともオークの戦士達にとっては。だが、こいつらは。
「武器も持ち出せば連携もこなす、ましてこちらの戦力さえも分断してくる」
振り返り鉄火場の喧騒から僅かに聞こえたそれを認識する。アントン達は引きずり回されている、合流を意識出来ない程度には「価値ある獲物にして敵」に見える何かにだ。
「うおおおお!」
身を守る盾も攻撃に対して目潰しとなり、ともすれば足場として利用される。一体のオークが盾頼りに突貫するが同時に突貫した赤いウィッチが盾そのものに蹴撃と跳躍を行い、たまらず転倒した戦士に矢が殺到する。連射出来ようとも矢は尽きるもの、しかし僅かな間で再開する射撃にゲーニッツはその仕掛人を目撃した。
「なんて奴だ!」
撃ち尽くしたボウをその場に落とし、青いウィッチが投げ渡すボウで3人のウィッチが射撃を再開する。補給もへったくれもない暴挙だ、しかもマジックらしいエナもろくに感知出来ないマジックだった。
「クロスボウを!奴を殺せ!」
指示に従い数体のゴブリンが放った矢は「飛来した大盾」で止められる。空手で投擲動作を行う途中に、青いウィッチの手に盾が出現していた。
「武具を生成するマジックか!」
しかも武器・矢弾に至ってはエナの障壁を抜けてくるのである。
「あの青いウィッチを殺せぇ!」
これは狩りではない。
これは蹂躙ではない。
インクブスとウィッチの「戦争」と化している。
青いウィッチの存在により軍隊としての拮抗が造り出されてしまっている。
それでも、均衡は崩れる。
前列のオークの、破れかぶれの槍の振り回しがわずかに跳躍の遅れたルージュミラージュを捉えた。ただ足先に当たっただけのまぐれ当たり、だが空中の彼女は立て直せずに道の半ばに転落する。
「う、くっ」
ハルバードこそ手放さなかったものの右半身を打ち付け、身を起こす速度は遅い。今だ、と誰かが上げた声に雄叫びが響く。一歩踏み出したインクブスの群れ、そこにカウンターでマジック―雷撃と輝く矢が撃ち込まれて動きが止まる。だが、ルージュミラージュはまだ動けない。異形の群れを前に竦む彼女の眼前で、石突がアスファルトを突いた。
ダン、と強い踏切りの音。月の光に青がひるがえる。目前の赤いウィッチから空中の青いウィッチに顔を上げ、異形の群れは完全に足を止めてしまった。飛び込んだ穂先が小鬼の頭を突き抜けると、隣の豚頭が反射的に剣を突き出した。剣先は落ちてきた女のチュニックを貫きその白を赤く染めるが、お返しに伸ばされた白い手がオークの喉に短剣を埋め込んだ。剣、槍、棍棒、短矢、その全てがブルーウィンドに襲いかかるが彼女は身をかわす素振りさえなく動く腕を振り回した。肩に剣を食い込ませたオークには同様に肩に剣を。脇腹に短槍を刺したゴブリンには腹に新たな槍の穂先を。棍棒で側頭を殴られた瞬間には相手を見ずにメイスを投げつけ、胸に刺さった矢の返礼に中空に生じたクロスボウからボルトが飛び出した。結果など彼女はもう見ない。
「ノワール…防御たのむ!」
ノワールブークリエはブルーウィンドが飛び出すと同時に自分も飛び出していた。しかし加速にわずかに時間がかかり、目にした光景にルージュミラージュを抱えて撤退することを選択した。ブルーウィンドはもう助からない。
「防…御」
張り上げた彼女の声に、後退の勢いのままルージュミラージュを道奥に投げ、駆けだそうとするエクレールアンブルとローズフレシェも同様に押し返す。振り返って見詰めた先、八つ裂きのブルーウィンドが青い光をたたえていた。半球状に青白い光が広がるのを見てノワールブークリエ―篝は盾の縁をアスファルトに叩きつける。
「やめろぉぉぉ!」
己を囲む青い光―エナの光にゲーニッツは叫びと共に剣を振り下ろす。刀身は抵抗なく少女の脳天から入り首元まで埋まった。
「ほんなはのみはひけはいね」
頭を真っ二つにされてもウィッチは死なずに笑う。
そして全てが青で満たされる。
◎2026/03/26誤字修正
「坊…御」→「防…御」