周囲が青白い光で照らされた直後、轟音とともに爆風が左右を抜け、圧力で強制的に後退させられる。その間も姿勢だけはどうにか維持したが、盾を何かが頻繁に叩き不快な音を立てた。遠のいていく悲鳴が下に落ちていき、谷底で何かが潰れたような音が耳に入る。
尽き掛けた気力を振り絞って、俯いてしまっていた顔を上げた。後方を見れば3人が無事―座り込んだ状態でそこにいた。少なくとも盾の防護範囲には入っていたようだ。周囲を見れば転がる武器防具に混じり何か塊が散乱している。その一つの「手」を認識して―多分ゴブリンの手首から先が落ちていて。それからバラバラと小石と肉の破片が続けて落ちてきた。
「これ…って」
「何が、起きたの」
月明りでも蒼白なのが分かるローズとエクレール。ノワールブークリエは盾の左縁から向こうを覗き見て、少しの猶予―前面の敵の壊滅を確認した。立ち上がった二人を無視して、倒れ込んだままのルージュミラージュを見る。暁篝は向きを変えて無造作に近寄ると、鋼の右腕で佐竹杏奈を吊り上げた。
「あたしの…せいだ」
己の顔よりも高く杏奈を掲げると、篝はただ口にする。
「彼女の「戦果」を確認するわ。私たちには、その義務がある」
4人で元来た道に向き直る。国道は不完全な半球状に削り取られて崩壊していて、その新たな斜面で四肢の一部を失った異形が、悲鳴を上げて谷底へずり落ちていった。体表の焼け爛れたインクブスが剣を新たな地面に突き立てながら、何とか崩れたアスファルトの上に逃げ込んで倒れ込む。ぼとりぼとりと上空から肉片が落ち―ぐしゃりと大きな肉塊が、僅かに残ったガードレールに落ちて半ばまで斬られる。ギャ、とゴブリンの声で鳴くとそれは沈黙した。
「見ろ!あと4人だけだ!」
わずかに残ったインクブスが11体。後方―カーブの街側にいて直撃を免れたコーザを含むオーク9体、こちら側で倒れ込む全身大火傷のオーク1体、そして半球に窪んだ土の上で短剣を支えにするオーク―指揮官のゲーニッツ。左手で短剣を地に突き刺し、焼け焦げた手首のない右腕で4人のウィッチを指して叫ぶ。
「獲物は…仇は目前だ!討てぇ!蹂躙し」
ゲホゲホとゲーニッツが咳込み血を吐く。顔の右半分は焼け爛れ、右目も白く濁っていた。それでも彼は叫ぶことをやめずひとり進軍を再開し、最後方のコーザたちもそれに追従する。新しい斜面から這う這うの体で残ったアスファルトに上がったゲーニッツは倒れ込んだおそらく中衛だったオークを叩き起こす。
「起きろ!まだ夜は長いぞ!」
瀕死のオークを引き上げ起こし、のろのろと歩を進める2体。その後ろで遅れて歩を進める9体。それに対し4人のウィッチは駆動音を響かせて逃走を開始する。
「奴らが逃げるぞ!」
彼はもう正気ではない、そんなことは分かっているが正気のコーザ達も落とし処を求めていた。奴らが逃げ切っても良し、追い付くのも良し、哀れな指揮官殿が半ばで力尽きるのでも良し。最後まで―最期までこの哀れな同胞に付き合ってやろうと。瀕死だったオークが今度こそ倒れる。
「おい、どうした。夜明けはまだだぞ兄弟!」
「ゲーニッツ、そいつはもう死んでる」
指摘に彼は顔の爛れた右半分側でコーザの方を向く。
「残念だ。だが分け前は増えたな!そうだろう兄弟?」
「そうだとも、兄弟」
ハハハハハと笑ってまたノロノロと進軍する。それも少しして止まった、聞こえてきた地響きの為に。
「なんだ?」
コーザが後にしてきた街の方角を見ると、山々の上空が青い光で少し明るくなっていた。更に続けて二度の遠雷の如き響きが耳に入り、空が青白い光で満たされる。
「後続も、全滅だな」
コーザの出した結論に残りの8体も黙り込む。
「おおい、兄弟。足が止まっているぞ!」
早く来いと狂ったゲーニッツがない手を振っている。
「ここは地獄だ」
「まったくだぜ」
侵略軍の最後の10人は、半死人の狂人を先頭に最期の侵略を再開した。
「ガス欠よ」
山々が切れ日があるうちなら海さえ見える平地に差し掛かる直前、無限軌道が急に回転を落として停止すると、ノワールブークリエはエナ切れを告げた。重い盾を傷んだアスファルトに落としその場で彼女は膝をつく。
「ノワール?」
エクレールの問いかけの直後、わずかに発光するとノワールブークリエの鎧も盾も消え去る。いるのはただの少女、暁篝だ。
「エクレール、その大盾いいかしら」
エナ切れでも彼女の戦意は残っていた。エクレールアンブルがどうにか拾ってきた大楯―ブルーウィンドの盾を受け取って両手で掲げ、そして縁を地に落とす。
「流石に重いわね」
「ローズはどう?」
「このクロスボウだけだと思う」
リピーター・クロスボウ装填されているボルトが5本、未使用だった。
『今の君のエナだと、矢を1本作るのが限界だと思う』
エミリアの指摘で都合6本がローズフレシェの残弾である、と結論が出た。
「ならあとはあたしと」
ルージュミラージュがハルバードを掲げる。
「私ね」
受け取ったサーベルと、自前のマン・ゴーシュの二振り。ピストルの琥珀は、輝きが戻らなかった。
『吾輩は可能な限りの撤退を進言するぞ』
ボナパルトはそう提案したが、アンリエッタが反論する。
『アンナのエナも限界ですわ、迎撃するならここで待つしかありません』
歩いて逃げるならあまり意味がなく、少しでも速度を維持しての撤退を行うなら確実にエナ切れを起こす。そうなれば武器を振るう力など残らない。「戦闘」を考えるならここが限界点であった。
『警告。爆発と思われる振動を検知。北西の方角』
トゥールビヨン―エナ切れで篝の左手首のデジタルウォッチ姿の彼が上げた警告に、全員が北西の空を見上げた。青く輝いたあともう二度、同じ光でその方角の空が―おそらく街の上空が明るくなった。わずかな地響きと爆音が響く。
「ブルー?」
同じ光に見えた、彼女の最後のマジックと同じものに。
「いたぞぉ!」
悲しみに沈む暇も感傷に耽る時間もなく、インクブスの叫びが響く。走っているようで歩いているような遅さで異形たちが道を駆けてくる。手にした得物は剣と短剣と棍棒だけ、自分たちを追い立てた軍隊の成れ果てとはいえくたびれた印象を受けた。それでも彼女たちの方が不利だった。
また爆音が響く。
双方は空を見上げるが何もない。だが音は響き続け、一際大きい音が「通り過ぎる」と爆発と閃光が双方の視界を眩ませた。インクブスの断末魔が響き、ウィッチたちの頭の上を複数の爆音が過ぎ去る。続けて連続した銃声―砲声が残存するインクブスを駆逐する。
「国防…軍」
エクレールアンブルがその正体を口にした。国防軍の戦闘ヘリ、初手は恐らく対地ミサイルかロケット、そして現在は機首下部の20mm機関砲だろう。異形たちの不幸は、エナの障壁をブルーウィンドに剥がされていたことだ。完調の彼らならもっと耐えていた筈だった。
「なん…で、もっとはやく」
眼前で駆逐された敵を前に、彼女は膝をつく。
「そうすれば」
彼女はその先を言葉に出来なかった。その背を装甲車のライトが照らす。
「報告のあった要救助者を―待て、4人しかいない」
キューポラから車上に体を出した隊員がインカムに語り掛ける。
「ヘリ隊に国道上を確認させてくれ」
少しのやり取りの後、上空に留まっていた爆音が一斉に彼女たちが来た道の上を移動し始める。識別等をぼんやりとながめていた篝は、盾を引きずりながら向きを変えると、こちらに寄って来る隊員達に自分から近づいた。
「君、すまないが」
「死にました」
全てを素っ飛ばした言葉に隊員は呆気に取られる。
「彼女は、死にました。もう私たちだけです」
「…場所を教えてくれるかな、遺体だけでも」
「残ってないわよそんなもの!全部あの子が吹き飛ばしたわ!」
顔を上げた彼女の剣幕に隊員が後ずさる。座り込んでいた杏奈は、虚ろな表情でそんな篝を見つめた。
「こんなものしか、あの子の武器しか残ってない!他にはなにも!」
なにも、そう繰り返して少女はくずおれる。
「要救助者の収容急げ。先で国道が崩落している、一度後退するぞ」
「その、武器を所持したままのようですが」
「…刺激を控えて、丸ごと運べ」
「あの、クロスボウの少女と猫もですか」
「そうだ」
本来なら何者であっても武装解除してしかるべきだが状況と相手の問題があった。武器が見た目通りの武器とは限らない上にそれだけを支えにしていた可能性のある相手だ、下手に引き剥がすと状況が拗れる。上官の無茶な指示に従い、隊員達がうずくまる少女たちを車両に運び入れる。剣にハルバード、クロスボウ(リピーター)、盾。隊員から見れば前時代的な武器ばかりだが、それでもローズフレシェはかなり丁寧に、引き金から指を外すように静かに諭され、彼女も従った。
そうして全員が収容されると車両の列は引き返す。
彼女たちの知らない街へ向かって。